882.マスクが怖いのは間違いない
大泣きする状態で説明しても耳に入らないので、落ち着くまで待った。ところがマスクを見るたびに泣くので、仕方なく私だけ外す。これでうつったら、もう……諦めるしかないわ。ずっと泣かせておいたら、脱水になりそうなほど涙が出るんですもの。
目元も腫れちゃうし、泣きすぎて吐いたら可哀想よ。ベッドの端に腰かけ、抱き寄せてぽんぽんと背中を叩いた。向き合った状態で私の首に手を回し、肩に顎を乗せてしゃくり上げている。念のため、ユリアーナには離れてもらった。
マスクをしたままだから、視界に入ったらまた泣くと思うの。壁を背にするよう向きを変え、部屋に立ち入る侍女が見えない角度でローズを抱っこし続けた。段々と落ち着いてきたローズに「もう大丈夫かしら?」と声を掛ける。
「ん……」
否定か了承か、わからないわ。苦笑いしながら、ローズを抱っこし直して額を合わせた。こつんと触れた額は熱くない。もう熱は下がったみたいね。ほっとした私に、ローズが洟を啜りながらしがみつく。一度離れたのが嫌だったのかも。
いつもはヘンリック様の抱っこだし、お兄ちゃん子だから。私にこんなに甘えるのは久しぶりね。背中を撫でて、寝着が湿っていることに気づいた。その分だけ汗を掻いて熱を逃がしたのね。
「着替えましょうか」
「……ん」
これは了承だと思うわ。侍女に着替えの準備を頼み、ユリアーナには退室していいと伝えた。熱が下がったし、もう吐き気もなさそう。容体が落ち着いたのなら、隣の部屋の侍女や侍従で世話の手は足りる。
「ありがとう、ユリアーナ。午前中はしっかり休んで頂戴」
「ええ、そうします。おやすみなさい、お姉様」
朝に「おやすみ」なんて変な挨拶だけれど、これから寝るなら普通よ。だから「おやすみなさい」と送り出した。隣の部屋にいるエルヴィンにも声をかけたようで、ノックしてから扉を開け、弟は顔だけ覗かせた。
「姉上、もう平気そう?」
「ええ、ありがとう。落ち着いたから皆にも伝えて。しっかり休んでね」
頷いたエルヴィンが扉を閉める。淑女だけの部屋だから、足を踏み入れなかった。こういうところ、あの子の判断力は優れているわ。貴族として生きていくのに必要よ。そういう点で甘いのは、ユリアンね。一番不安だもの。
私の考えを裏付けるように、扉がノックなしで開く。
「リア姉、ローズ良くなったって?」
「ダメよ、ユリアン。そこで止まって。病がうつったらどうするの」
ぴたりと足を止めたユリアンが、逆再生のように後ろに戻っていく。振り返って普通に出たらいいのに、こういうところがユリアンらしい。くすっと笑ってしまった。これがユリアンの処世術として機能しているなら、それでいいわ。




