879.私が苦手でユリアーナは得意
はっとして顔を上げる。ローズの手を握ったまま、転寝したみたい。わずかな時間だと思うけれど、大急ぎでローズの頬に触れる。少し体温が下がった?
「お姉様、もう少し寝ていたらよかったのに」
ベッドを挟んだ向かい側で、ユリアーナが残念そうに呟く。寝てしまったので、その間、ローズを見ていてくれたのね。感謝を伝えて、熱が下がり始めた気がすると伝えた。ユリアーナもローズに触れて、笑顔になる。
「さっきより落ち着いたのかしら」
マスクをしていても笑顔はわかる。互いに安心して大きく息を吐きだした。肩が凝った気がするわ。ストレッチを兼ねて、首や腕を大きく動かした。頭がすっきりして、すっきり目が覚めた感じね。
「私が来てから一度も吐いていないの」
ユリアーナの報告に「よかったわ」と声が零れた。ローズは口で呼吸するのをやめて、鼻で息をしている。体調が落ち着いて、苦しさが和らいだのね。まだ頬は赤いけれど、明らかに回復し始めていた。
「ねえ、刺繍しててもいい?」
「大丈夫よ」
今は私も起きているし、ユリアーナも寝ていていいけれど。責任感の強い子だから、そう伝えても断られるでしょう。本当に眠くなったら、勝手に体がスイッチを切ってしまうわ。さっきの私のように。だから、危なくなったら刺繍針を回収するのが私の仕事ね。
下絵の入った布に、丁寧に刺繍が施されていく。絹のハンカチと違い、綿は少し硬い。
「絹と綿ならどちらが楽?」
「……うーん、仕上がりは絹のほうが綺麗よ。でも綿は針が刺しやすいの」
今の刺繍はマスク用の生地ね。だからガーゼに近い、目の粗い生地が使われている。縦糸と横糸の隙間が大きくて、針がするりと入るのでしょう。絹用の針を使っているから? いろいろ考えながら、ユリアーナの手元を見つめる。
私は刺繍の才能がなくて、糸が絡まったり切れたり。お裁縫も酷い出来だった。見かねたのか、近所の奥さん達に習って覚えたのがユリアーナで。やんちゃなユリアンが空けた穴を塞ぐのは、私より早くて上手だった。お父様のお下がりを着るエルヴィンの裾上げも、ユリアーナだったわ。
「いつもありがとう。とても助かっているわ」
「お姉様に比べたら、私は何もしていない。だからお姉様が苦手で、私は得意な刺繍や裁縫が大好きになったの」
役に立てた実感があるから? 素敵な考え方だわ。そう褒めたら「お姉様はいつもそう」と笑われてしまった。そんなにいつも褒めている? 伯爵家では叱ってばかりいた気がするわ。




