877.侍女長を怒らせるな ***SIDEユリアン
レオンが欲しがったのは、母猫アイだ。でも母親が移動したら子猫も付いてくるもので……俺は四匹の猫を連れていた。といっても抱き上げたのはアイだけ。残りは自由にしながら付いてくる。しがみついたのはシロで、サビーネとミアは後ろを歩いてきた。
今日はこの部屋だったよな? 実家と違い、広すぎる屋敷は扉が多い。防犯上の理由かもしれないが、基本的に同じ扉が使われていた。何枚目の扉か、確認しながら歩かないと……帰れなくなる。今回は猫部屋まで十二枚の扉があった。
十二枚目、だっけ? それとも扉を出てから十二枚なら十三枚目か。立ち止まって考えこむ。客間なので普段使うことが少なく、絨毯が擦り切れた様子もない。どうしたもんだろ。
扉の前を通り過ぎると、母猫のアイがぺちんと尻尾を振った。腕に絡ませていた尻尾で叩くのだ。ひとつ前の扉に立てば、耳がぴこぴこと動いた。これは、内部の音を聞き取って反応している? そうだ、音だよ。
俺は耳を澄ませて扉に押し付けた。公爵家の屋敷は、安い板の扉を使っていない。立派な扉は厚くて、中の音が遠かった。それでも物音が聞こえる!
「ここだ!」
帰ってきたぞ! 心の声と口に出た音が違ったが、ご愛敬だ。開いた扉の先で、なぜか三人が固まっていた。レオンの頭を撫でる二人と目が合い、続いてレオンがご機嫌で「あい!」と叫んだ。ああ、そうだった、猫を連れに行ったんだっけ。
「ほら、自由にしていいぞ」
四匹とも中にいるのを確認して、扉を閉めた。
「あい、一緒に寝るの」
母猫に駆け寄るレオンの足元で、ミアが手を出す。ちょいちょいと手で叩く仕草を見せた。その手をシロが弾く。喧嘩が始まり、二匹が走り回った。うぎゃぎゃ! にぃ! とんでもない声が響き……すぐに侍従が飛んできた。
ノックして礼儀正しく入室した侍従の後ろに、侍女長のイルゼさんがいる。ぐるりと部屋を見回し、まだ転げまわって喧嘩する二匹を見つめた。無言で今度は俺を見つめる。なんだ? 連れてきたのが俺だってバレているのかも。
「旦那様が、猫をお部屋に入れる許可を出されたのですか?」
「あ、ああ」
さすがに公爵閣下でも怖いらしい。くすっと笑う余裕もない。だって、俺は睨まれたままだぞ? 視線を落として、理由に気づいた。俺の服に猫の毛がべったりだ。すぐに払えばよかった。
「承知しました。ではお部屋を整えましょう」
「お、俺も手伝う」
言いつけられた侍従と並んで猫部屋へ戻った。トイレの箱や水入れ、餌の器も持っていく。部屋の前では扉が開いていて、まだイルゼさんが立っていた。
猫が逃げるんじゃ? と思ったが、猫もイルゼさんに近づかない。人が扉代わりになるなんて、知らなかったな。もう怒らせないようにしようと心に決めた。




