875.レオンの成長 ***SIDEヘンリック
アマーリアはいつも優しい。だから「僕も」と言ったら、連れて行ってもらえると思ったのだろう。拗ねたレオンは、彼女が出ていく後ろ姿を見送らなかった。
「うっ……うわあああぁ……むぐぅうう」
扉の閉まる音で、仰け反って泣いた。だが、すぐにまた顔を埋める。声が聞こえるのが嫌なのか。屈んで抱き上げてやりたいが、膝の近くにしがみつかれたら動けない。伸ばした手で黒髪を撫でた。腰を曲げた姿勢なので、やや苦しいが……。
俺の腰の痛み以上に、レオンは悲しくて苦しいのだろう。それでも我慢しようと決め、実行している。泣き声で引き留めないよう、自分で声を殺した。だけど涙は止まらない。
「レオン、抱っこしよう」
「ん……ずずっ」
了承か否定かわからない返事をして、顔を上げた。しゃくりあげながら、洟を啜る。器用だな。どちらか片方にしないと、咳き込みそうだ。そう思った途端、けほっ、げほっと咳き込んだ。やっぱり、と思いながら緩んだ腕を引き剥がして、抱き上げる。
初めて抱き上げた頃より重くなった。ぽんぽんと背中を叩いてやれば、落ち着いてきたのか。指を咥えて頭を揺らす。まだ嗚咽の余韻が残っているらしい。
「よく我慢したなぁ、凄く偉いぞ」
ユリアンの褒め言葉にも、イヤイヤと頭を横に振る。褒められるより、付いていきたかった。子どもらしい素直な感情だ。大人になれば嫌でも隠さなければならない本音だが、今は自由に表現したらいい。
はっとする。アマーリアの言っていたのは、このことか。後継者教育は早ければ早い方がいい。貴族の間ではその認識が一般的だ。それなのに、五歳までは家庭教師を付けないと言い出した。感情を押さえてしまえば、大人になって表現できない子になる、と。
特にレオンはその傾向が強い。アマーリアが来るまで、手がかからない子だったと聞いている。甘えられる相手がおらず、俺も興味を示さなかった。たまに屋敷に戻っても相手をした記憶がない。フランク達が愛情を注いでも、足りなかったのだろう。
今なら理解できる。水をやらなかった草花が枯れるのと同じで、愛情を注がれなかった子どもは愛情の注ぎ方を知らない。俺も該当する。だからアマーリアが根気強く愛情を注いで、ようやく人並みに愛情を感じて返せるようになった。
レオンもまだ成長の途中なのだ。そう思うと愛おしく、泣いている姿も受け入れられる。以前の俺なら「公爵家嫡男ともあろう者が!」と叱りつけただろうな。
「ヘンリック殿……その、私も抱っこさせてもらえないだろうか」
義父殿の申し出に「もちろんだ」と頷く。レオンも素直に義父殿の首に腕を回して移った。軽くなった腕が寂しく感じられ、苦笑が浮かぶ。
「おお、重くなった! 大きくなった証拠かな」
明るい声で話しかける義父殿に、駆け寄ったユリアンが手を伸ばす。躊躇いなく黒髪をくしゃくしゃにかき乱し、にやりと笑った。
「明日にはローズちゃんも元気になるさ。温室、楽しみだな。猫も連れていくか」
こくりと頷くレオンの涙は止まっていた。




