870.母親の嫌な予感は当たるのよ
子どもは突然体調を崩す。それはお父様も私も知っている事実で、エルヴィンだって双子の看病を手伝ってきた。慣れていると表現するほど熟練ではなくとも、手際は悪くないはずよ。
病室として用意した部屋へ移動し、ローズのお着替えをする。お父様とエルヴィンは一度外へ出された。私ともう一人の侍女が手際よく着替えさせる。マーサはディの世話をしているし、私専属のリリーはマスク配りに走り回っていた。
私が頼んだのよ。これ以上屋敷内で感染者を増やせない。たぶんだけど、ディの風邪とは違う気がするの。ディが咳き込んだり吐いたりしなかったのが、一番の理由ね。まるで口に含んだ水を垂らすように、ローズは苦しそうな様子もなく吐いた。
嫌な感じがする。部屋に出入りする者を限定しないと! それから手洗いとマスクの徹底、何の菌に感染したかわかれば、もう少し手が打てるのだけれど。
医者や看護師ではなかったから、病名の診断は出来ない。でも保育士だった記憶には、大量の経験値と知識があった。幼子は病気のデパートよ。手足口病や風疹、おたふく風邪、水疱瘡もあった。りんご病や食中毒まで、とにかく幅広いのが特徴ね。
あちこちに触れて、体に取り込んでしまう。この世界に予防接種はないし、母子手帳のような制度もないわ。レオンは途中から、ローズとディは生まれてから記録している。でも、ヘンリック様の病歴は不明だった。もし耐性のない菌だったら、接触したら感染するわ。
使用人達も貴族家の子が多いけれど、たぶん……記録はないでしょう。過去に罹ったことがある人が対応するのが一番いいのに、困ったわね。
汚れたワンピースを脱がせ、お湯に浸したタオルで拭いていく。そのついでに、ローズの体を確認した。肌に発疹はないわね。ほんのり赤いのは、発熱かしら? お湯に手を浸したので、体温が測れない。あとで判断しましょう。
髪はあまり汚れていないので、拭くだけに留めた。お湯からラベンダーの香りがする。沸かすときに入れたのかもしれない。
「おててを上よ」
頷くローズが両手を素直に上げた。すぽんと被るタイプの寝着の腰を結んで整え、抱き上げる。不安なのか、ぎゅっとしがみつく手が温かい。やっぱり熱がありそうね。ベッドの上に横にしたら、袖をしっかり握って離さない。
「ここにいるわ。大丈夫よ、ほら……これを飲む?」
レモンの輪切りが浮かぶ水を見せ、一口だけ含ませた。ごくんと飲んで、ベッドに体を沈める。頬も赤いし、回復まで数日かかりそうね。
「にぃに?」
「レオンは別のお部屋なの。ご飯の後で会えるわ。今日はこの部屋にお泊りしましょうね」
不満なのだろう、唇が尖る。いつもなら艶のある唇が、カサカサに乾いていた。リップの代わりになるもの……油? 何ならいいかしら。オリーブオイルとか……考えながら子守唄で寝かしつけた。




