730.話し合いの準備万端ね
ヘンリック様には寝室で伝えた。明日のオイゲン訪問に「俺も……」と同席を口にしかけて、止まる。どうやら外せない会議があるみたい。ぶつぶつと呟いていたが、無理だと判断して諦めた。
「すまない、同席したかったんだが」
ティール侯爵も会議に出席すると聞いて、あちらの家でも同じような騒動が起きているのでは? とおかしくなる。以前は冷たく見えた家族関係も、今では修復されて温かい。きっとハンナ様やオイゲンに同行したかったと呻いているわ。
「そうだな、妻の溺愛は昔から有名な人だった」
諦めがついたので、ヘンリック様も苦笑いしながら同意する。今日からラルフとレオンが一緒に眠る。ローズはマーサが付き添う予定だった。ディは乳母がいるし……久しぶりに二人で邪魔されない夜だけれど。ユリアーナと同じ屋根の下で、そんな気分になれないわ。
横になったヘンリック様が広げる腕に転がり込み、背中から抱きしめられる形で目を閉じた。
「おやすみ、リア」
聞こえた甘い声に「おやすみなさい、あなた」と返したけれど、きちんと声になって届いたかしら。まったく思い出せない。
朝はいつも通り朝食を食べる。ユリアーナは言葉が少なくなっていたけれど、目の腫れはだいぶ引いたようね。専属侍女のアンネの化粧が上手なのかも。顔色も幾分回復したように見えた。
「アナ、ぐあい……わるい?」
不安そうに尋ねるレオンへ、ユリアーナが笑顔を作った。淑女教育の賜物というより、昔からこんな子だったわ。心配されると笑顔になって誤魔化してしまうの。最初の頃は騙されて、徐々に見抜けるようになった。懐かしさに口元が緩む。
「平気よ、ちょっとお腹が痛かったの」
食べる量が少ないことも誤魔化せるよう、頭痛ではなく腹痛を言い訳にした。その様子を見つめるヘンリック様が眉尻を下げる。まだ引き摺っているのかしら? 同席できないのだから、諦めて頂戴。
「あなた、お見送りしますわ」
食べ終えたでしょう? 仕事です。促す私に頷いて立ち上がる。玄関でヘンリック様を見送り、皆で絨毯の部屋へ移動した。ローズは場の空気を読んでいるのか、きょろきょろしながら黙っている。普段と違う、そう感じているのかもしれない。
「今日は私とユリアーナが一緒に過ごす日よ。ラルフとレオンは何をするの?」
「遅れた勉強をします」
「ぼく、絵を描く!」
私の宣言に、二人は勢いよく答えた。専属の教師がいるから、侍従が二人ほど付き添うだけでいい。
「ローズは?」
「んとね……にんにん、みりゅ」
昨日潰してしまった人参の芽を確認したい。こちらはマーサに任せることにした。念のため、ティムかハンスに顔を出してもらいましょう。あれこれ決めていたら、馬車が到着した。オイゲンが来たとはしゃぐレオンには可哀想だけれど。
「お昼は一緒に食べてくれるよう頼むわ。だから今は我慢してね」
黒髪を撫でながら告げれば、レオンはしばらく黙った後で頷いた。




