726.緑の手に任せたら大丈夫よ
「とまとの匂い!」
レオンが嬉しそうにはしゃぐ。ラルフも頷いて笑った。二人の様子に、もう一度匂いを嗅ぎに行ったローズが、躓いて花壇に手をついた。
「うわぁあああ」
大泣きするローズをリリーが助け、すぐにレオン達が駆け寄る。手のひらの土を払い、大丈夫と繰り返す姿は微笑ましかった。ローズの手形が付いた土に、何か生えていたみたい。首を傾げる私は近づいて土を払った。たぶん、さっきの人参の一部ね。
「にんに……ぺちゃ……」
人参がぺちゃんこ。ローズの表現が可愛くて、頬が緩みそうになる。でも笑ったと思われたら、泣いてしまうわ。きゅっと引き締めて、深呼吸した。気持ちを落ち着けてから「大丈夫よ、ティムが直してくれるわ」と伝える。
「できるの?」
驚いた顔で声を上げたのが、ラルフだった。植物を育てた経験がないとわからないかも。まあ、枯らしてばかりだった私が偉そうに言えないけれど。
「ティムとハンスに任せたら戻るわ」
たしか、植物の種を植えたら芽を選別するのよね。抜いた芽を別の空いた場所に植え直したり、または処分することもある。適度な隙間が、立派な野菜を育てるんだもの。このくらいの知識はあるわ。それを伝えたら、抜いた芽が可哀想と言い出すと思う。だから笑顔で、庭師の名前を出した。
「あの二人が失敗するわけないでしょう? 緑の手の持ち主よ?」
絵本に出てきた、緑を広げる魔法使いの名を借りた。わっと目を輝かせた子供達は、期待に満ちている。ちょっと煽りすぎたかしら? でも嘘ではない。あの二人は、この広い庭を手入れする魔法使いのような存在だもの。
この世界には魔法がなくて、御伽噺として存在するだけ。子供にとっては夢のある話でしょう。
「ではお散歩は終わり。屋敷に戻りましょう」
促して手を差し伸べる。きちんと礼をしたレオンと手を繋ぎ、ラルフも左手を取って前を向く。ローズは……まだリリーに抱っこされたまま、洟を啜っていた。
「屋敷で猫達と遊ぶのはどう? もちろん、アイ達が嫌がらなければ、だけど」
条件付きで提案すれば、ローズの表情が変わった。嬉しそうに頷くローズと喜びすぎてくるりと回るレオン、控えめながら先を歩いて私を引っ張るラルフ。あらあら、私がモテモテじゃないの。
弟妹と暮らしていた令嬢時代なら、ここで競争が始まって走る。スカートを少しだけ捲って、元気よく全力で。いまは叱られてしまうから、速足が限界ね。整えられた小道を進み、芝生に出た。
空はやや曇り、眩しさはない。雨が降る気配もないから、転ばないよう速度を抑えて屋敷の玄関をくぐった。迎えるフランクに微笑んで、イルゼに「猫と過ごす」と告げる。
「さきほど、ユリアーナお嬢様がお探しでした」
礼儀作法の授業が終わったのね。先に猫と遊んでいいと子供達を送り出し、私は一人で二階へ向かった。




