725.すごく贅沢な時間だわ
家庭菜園の植物は順調、ラルフの回復も良好ね。お茶会のお誘いは出したし、お土産のはつか大根の準備も手配した。ユリアンから返事が来たので、春祭りの予定も立てて……あら、意外と忙しかったわ。
貧乏だったシュミット伯爵令嬢時代は、どうしたって時間が足りなかった。お料理を作る、掃除、草抜き、屋敷の修繕、繕い物、洗濯……とにかく手が足りなかったの。食器洗いをユリアーナが手伝ってくれるようになって、本当に助かったくらいよ。
お買い物はユリアンが担当してくれたし、お金はお父様が必死にやり繰りした。エルヴィンは他家に手伝いに出て、多少なり賃金をもらっていたわ。皆でぎりぎりで家を維持して、家庭菜園もあの頃に試したの。でも手が足りなさ過ぎて、雑草に埋もれてしまった。
ほとんどが収穫前に枯れてしまったの。栄養不足もあるし、雑草が作る日陰で萎れていた。水やりの時間もなかなか取れなかったもの。使用人がいれば違ったでしょうね。ただ賃金を払う余裕がなかった。住み込みでお小遣い程度も一般的だけれど、それすら賄えなかったの。
あの頃に想像した貴族の奥様やお嬢様の生活は、日々着飾ってお茶を飲む。優雅に読書をして、時間が余れば刺繍をする。毎日風呂に入って豪華な食事を楽しみ、月に何度か夜会に呼ばれるから着飾って出かけると思っていた。
実際、想像に近い生活もできるでしょうね。でも弟妹の面倒を見ていた私は、贅沢すぎる生活に馴染めなかった。誰かに命じたり頼んだりするより先に、自分が動いてしまう。そのほうが早いし、任せる習慣が身についていない。
家庭菜園の土が湿っていくのを見ながら「すごく贅沢な時間だわ」と呟いた。可愛い我が子が素敵な友人と、夢中になって楽しい時間を享受している。それを目の前で見ているなんて……。
「お母様、こっちも!」
拙かったレオンの言葉もだいぶ上手になった。隣でローズも「ありぇも」と指で示す。人参とは明らかに違う葉が生えていた。
「本当ね、何の芽でしょう」
微笑んで首を傾げれば、ラルフが札を見つけた。レオンがじっと見つめて、読めるところまで口に出す。それをラルフが補った。
「だい……?」
「だいこん、です」
こそこそ話しているのに、全部聞こえてしまう。もちろん、聞いていない振りをするわ。口の中で「だいこん」と繰り返して練習したレオンが、立ち上がって走った。
「らいこん!」
「まあ、大根だったの? 二人とも物知りね」
話す間に、手の離れたローズがトマトの苗に近づく。小さい葉っぱを掴んだので「ちぎってはダメよ」と伝えた。頷いて手を離すも、なぜか指先の匂いを嗅ぐ。これって、猫もやるわね。わざわざ触れておいて、その匂いを確認するのよ。
「おか、しゃ……くしゃっ!」
「トマトの匂いね。嗅いだことあるはずよ」
うーんと悩むローズを見て、ラルフとレオンがすぐに真似をした。葉っぱを撫でて匂いを嗅ぐ。それから葉っぱに顔を近づけた。チクチクしないかしら?




