722.教育に正解なんてないけれど
「ぼく、お絵かきしてたの。ろじぃがここ、赤を塗ったの……やだって言った」
レオンが説明する内容を聞いて、ローズを振り返る。絵の具が飛び散った服と顔で、むっと唇を尖らせる娘に尋ねた。
「ローズ、悪いことをしたの?」
「んん」
違う。そう示す娘に、尋ね方を間違えたと気づいた。
「では、お兄ちゃんが嘘をついたと言いたいのね?」
「んん! ちあう」
レオンを悪者にする気はないみたい。まずは汚れた手を掴んで、手の甲を叩いて視線を合わせる。丸く目を見開くローズは、叱られたことに驚いた様子だった。
「ローズ、あなたのしたことは悪いことよ。レオンの絵に手を出したのね? 人の邪魔をしてはいけないの」
じわっと涙が浮かぶ。ローズがずずっと洟を啜った。けれど、ここで許す気はないわ。
「さっき、絵の具を叩いたでしょう? その分よ」
八つ当たりはいけないこと。そう教えながら、もう一度手の甲を叩いた。パチンと音がして、やや赤くなる程度よ。それだけでも、甘やかされたお嬢様には堪えるはずだわ。ぽろりと涙が落ちるのを見て、レオンが私の袖を引いた。
「あのね、ぼく……平気」
「人の痛みに気づいて優しくするのはいいことね。でもローズは悪いことをしたの。罰を受けるのが当然です。もしレオンが同じことをしたら、私が叩くわ」
「……ぼくも?」
「同じことをしたら、よ」
言い聞かせるのは、あなたもローズもディも同じ横並びという事実。筆頭公爵家嫡男だけれど、家の中では私の子供よ。いい意味でも悪い意味でも、特別扱いはしない。子供の個性で多少の調整は必要だけれど、叱るのは全員同じ。
「おなじ」
繰り返したレオンが首を縦に振る。ローズは「いやぁあああ」と大声で泣いた。困惑した顔のリリーが手を差し伸べようか迷っているので、問題ないと仕草で示した。首を横に振る私に、彼女は数歩引いて立つ。
「ローズ、レオンにごめんなさいは?」
「やっ!」
掴んだままの手の甲から、またペチンと叩く音を響かせた。うわぁあ! ローズの大きな泣き声に数人の侍女や侍従が集まり、イルゼが呼ばれる。それでも誰も入室はしなかった。
「奥様、これは……」
「イルゼ。ローズが汚した部分を掃除するから、拭く布を頂戴。これは命令よ」
もう少し年齢が上なら、ローズ自身に拭かせる。でもまだ無理だから、私が代わりに拭くの。その姿を見て何かを感じ取れるなら、ローズは大丈夫でしょう。何も感じず八つ当たりを続けるなら、厳しくしないとダメね。
叱ってくれる人の有難さを理解させないと、ただの我が儘姫になってしまうわ。ローズの手を離すと、少し離れた場所でこちらを睨んでいた。
イルゼの命令で準備された布を固く絞り、汚した場所を拭いていく。テーブルの上、床、絨毯……その姿をじっと見つめるローズが、そろそろと近づいてきた。レオンが真似をしようとしたので「これはお母様のお仕事よ」と止める。
「あたち……すゆ」
「どうして?」
「ぺち、した」
自分で理由を言えた。ローズの成長に微笑んで、綺麗な布を渡す。不器用ながらもテーブルの脚に付いた絵の具を拭いて、そのまま顔を拭こうとしたので止めた。びっくりした、子供は突拍子もないことをしでかすのよね。




