721.花は庭師、赤子は乳母、イヤイヤ期は?
芽が出るまではマメに水を与え、特に追肥も必要ない。日当たりの良い場所に置いて、水をあげるだけ。それも表面が濡れる程度……なるほどと頷きながら、これなら私でも育ちそうと嬉しくなった。小さな蕪のような赤く丸い根を収穫して食べる。
「あっ! 収穫タイミングはどうやって判断したら?」
「二十日前後ですな」
名前の通りなのね? 前世ではラディッシュとしてサラダに使われていたわ。育てたことはなかったけれど、私もチャレンジしましょう。
「先に肥料が入った土を用意するんでな、いくつほどいりやすか?」
「そうね……二十あれば足りるわ」
多い分には屋敷で育てればいい。足りないより余るほうがいいの。レオン達も一つずつ鉢を欲しがるでしょう。そう伝えたら、ティムはあっさりと承諾した。というのも、もっと数が多いかと心配していたそうよ。素焼きの鉢を用意すると言われ、意味が分からないけれど任せた。
そんな専門用語はわからない。いえ、聞いたことはある。思い出せないのよね。でも、庭師の彼が選ぶなら問題ないはずよ。
機嫌よく屋敷へ戻り、ディとの触れ合いの時間を取る。抱っこして顔を見て声をかけるだけ。育児としては一番軽くて美味しい部分を堪能した。にこにこと笑顔の増えたディは、顔がふくふく! お饅頭のように丸くて、少し太りすぎかしら? と心配になるほど。
赤ちゃんのうちは太っていていいの。極端でなければ、髪が少なくても動作が鈍くても平気。大切な我が子だもの。ゆっくり大きくなって、いずれ兄のレオンを助けてくれたら嬉しいわ。何か才能が見つかって、そちらの専門へ進むのも素敵ね。
「早く一緒に食事できるようになるといいわね」
「奥様、まだまだ先の話です」
「ふふっ、わかっていても成長が楽しみなの」
乳母にディを渡して退室した。ローズが「いやぁああ!」と絶叫している。何か気に入らなかったみたい。私の知る前世のイヤイヤ期は、もっと理不尽な要求が多いのよ。たとえば、空が青いから嫌とか、スプーンが丸いのが気に入らないとか。
それらと比べたら、ローズの要求なんて可愛いわ。思い通りにならないのが嫌! 程度ですもの。のんびり歩いて、声が聞こえた勉強部屋をノックする。開いた扉の先で、レオンがお座りして絵を描いていた。その正面に座るローズが「いやぁああ、やっ!」と身を捩ってごねる。
「何があったの? お母様に教えて頂戴」
尋ねる先はローズではなく、レオンよ。泣いているローズに理性的な話は期待できない。宥めるリリーに首を横に振った。
「好きにさせて」
「ですが……奥様」
珍しくリリーが反論した。侍女の目が離れた隙に、ローズがお絵かき用の絵の具に手を突く。バシャ! 派手な音がして、絵の具が飛び散った。なるほど、止めたかった理由がわかったわ。




