709.予想外の赤ちゃん返り
「お母様ぁあああ!」
突然の大声に驚いて顔をあげる。視線の先、扉が開いていた。叫んだのはレオンで、泣きそうな顔をしている。扉から手を離して走ってきた。受け止めたいけれど、私の左手はラルフに貸しているのよ。
「レオン?」
首を傾げた私を目がけて、レオンはベッドを回り込んだ。突撃した勢いはかなり強い。どんと衝撃があって、レオンが膝に抱き着いた。泣きながら私の膝に頬を寄せる。じんわりと温かい涙が沁みてきた。
「どうしたの……」
自由になる右手を伸ばして頬に触れれば、ぐっしょりと濡れている。しゃくりあげるようにしながら「お母、さまは、ぼくの、っ」と口走った。何か勘違いしているのかしら?
「そうね、私はレオンのお母さまよ」
ひとまず肯定して落ち着いてもらおう。あやすように頬を撫でる私の視界に、今度はローズが見えた。走ってこないのは、ユリアーナと手を繋いでるからね。こちらは騒がず、静かに部屋の様子を窺っていた。息をひそめている感じ?
「にぃ、あか、ちゃ……してゆ」
赤ちゃんみたいなことをしている? そんな風に見えるのね。微笑んだら、ユリアーナの手を引っ張って部屋に入ってきた。レオンの後ろを通って、ラルフを覗く。ローズはにこにこと笑顔だった。
この状態でまだ起きないラルフが凄いわ。医師のお薬ってこんなに効くの? ご両親が来ても目が覚めなかったら、困るわね。
「ぼく……いいの」
赤ちゃんに見えてもいい。レオンの主張に「まあ、可愛い赤ちゃんで嬉しいわ」と小声で同意した。また赤ちゃんの時期を一緒に過ごすのも素敵だわ。もちろん成長して、立派になる姿も見たい。でも遠回りしてもいいわよね。レオンが生まれたばかりの頃を、私は見逃してしまったんだもの。
「でも、にぃになの」
お兄ちゃんだから、と立ち直ろうとするレオン。まだ唇が尖っているし、頬も濡れたまま。目だって潤んで赤いわ。それでも洟を啜り、頑張って立ち上がった。
「立派な騎士様ね」
「うん」
涙声でも頷いた。愛おしさが溢れて、右腕で抱き寄せた。素直に首に手を回すレオンに合わせ、屈んで受け止める。と……最後の乱入者はヘンリック様だった。
「……俺がいない間に、何があった?」
心底不思議そうに呟きながら大股でベッドを回り、ローズを抱き上げる。ユリアーナが手を離そうとしたのに、ローズは嫌なのね。ぎゅっと握る手に力を込めた。せっかく広いお部屋なのに、全員が一か所で固まっている。
ふふっと笑いが漏れた。
「昼食はまだでしょう? 準備してもらいましょうね」
皆が頷いて動き出すところで、ラルフが目を覚ます。ぱちくりと大きな目が瞬き、部屋の中にいる人を順番に追った。慌てて起き上がろうとする彼を、ユリアーナが止める。
「ダメです、まだ寝ていて」
その止め方、私にそっくりね。




