704.まず「ダメ」を徹底しましょう
朝食がまだだったので、食堂へ集まった。ローズはずっと「やっ」とそっぽを向いたまま。困った子ね。レオンが「ダメだよ」と言っても、よくわかっていないみたい。説明が難しいわね。
「ローズ、もし痛いときにそこを触られたら嫌でしょ?」
「……ん」
そこは「やっ」じゃないのね。くすっと笑ってしまった。怒られないよう、笑みをすぐに消す。
「今のローズがしようとしたのは、そういうことよ」
「なんれ?」
ケガしてないのに。その眼差しが素直に疑問を浮かべる。子供の言葉は省略されて短く、すべての気持ちを伝えてはくれない。けれど表情は豊かだった。まだ感情を制御して隠す術を知らないから、顔や目にすべてが現れる。
「猫を思い出して? 無理に触ると怒るわ。それに隣に寝転んでも逃げてしまう。ラルフは具合が悪くて動けないのに、ローズが隣で寝ていたら気にするわ」
「あたち、へーき」
「ローズが平気でも、ラルフは平気じゃないわ」
驚いたように目を丸くして、そうなの? と眼差しでヘンリック様に問う。振り返った娘の顔に何を思ったのか、ヘンリック様は静かに頷いた。レオンが「ぼくも嫌だと思う」と付け足した。ここでようやく、ローズに言葉が届く。
「治るまで我慢できるかしら?」
レオンとは違う意味で、ラルフは兄のような存在よ。頼れて、何かあれば守ってくれる。ローズはそう思っているから、倒れたことがよく理解できない。強いと思っていたはず。
「…………ん」
すっごい渋々の承諾だった。顔は泣きそうだし、答えるまでの間も長かった。それでも我慢すると自分で決めたのは偉い。イヤイヤ期だから、もっと盛大に駄々を捏ねるかと心配したわ。
ちょうどいいタイミングで、料理が運ばれた。子供だから、いい匂いで空腹を思い出したみたい。そちらに気が逸れた。
「あたち、ありぇ」
ヘンリック様の膝に立ち上がって指さすローズは、身を乗り出す。とっさに支えるヘンリック様はそれでいいわ。この家で子供達を叱る役は母親の私ね。ぴしゃんとローズの手の甲を叩いた。大きな音はするけれど、さほど痛くないはずよ。
「ダメよ、ローズ。テーブルに手をついて立ち上がったら……お父様の膝が汚れるでしょう? それに踏まれた場所が痛いかもしれない。テーブルが自分のほうへ倒れたら困るでしょ。だから立ったらダメなの」
まず「ダメ」を伝える。この言葉は、してはいけないことをしたときに効く。そう覚えさせるの。それから理由を話す。きちんと目を合わせて、子供だからと言葉を置き換えずに説明した。たとえ赤子であっても尊厳を守る大切なことよ。一人の人間と認めているから、誤魔化さない。
厳しいと言う人もいるでしょう。逆にまだ甘いと叱咤されるかも。それでも、これが私の子育てよ。少なくとも、シュミット伯爵家の弟妹はこうして育ったんだもの。全員立派な貴族子女になったと誇っているの。
「だみぇ?」
「ええ、ダメよ。そっと後ろに下がって。お父様にごめんなさいをして」
「めちゃ」
かなり省略されたけれど、ぺこりと頭も下げた。ヘンリック様はすぐ「いい」と許してしまうの。お父様に似て甘いのよね。




