669.雨が降ったら家で楽しむ趣味を
翌日は朝から雨が降った。ここしばらく雨がなかったから、恵みの雨になる。ただ、降り方が激しくて……以前の台風を思い出させた。あれほど酷くはないけれど、窓ガラスを叩く雨音が大きい。
「やぁ!」
ローズが唇を尖らせた。昨日は一日大人しくしてくれたから、今日は好きに「イヤイヤ」を発動する日ね。そう思えば、微笑ましく受け入れられる。
気持ちの持ちようなのだけれど、もし私が前世のような環境で育児をしていたら無理ね。どうしようもない状態に追い詰められないから、ゆったりと受け止める。いざとなれば育児の経験があるイルゼやマーサがいるし、経験豊富なディの乳母も手伝ってくれるわ。
平民家庭だと大変そうだけれど、貴族夫人はほとんどが使用人任せの育児をする。お金がなかったシュミット伯爵家がそのままなら、エルヴィンのお嫁さんは苦労したでしょうね。それ以前に、お嫁さんが来ない可能性もあるけれど。
ふふっと笑い、騒ぐローズに提案した。
「雨の音が聞こえないお部屋に行く? 実はね、焼き菓子を作ろうと思っているの」
笑顔で一度言葉を止める。興味を惹かれて、大きな目をさらに見開くローズに語り掛けた。
「レオンやラルフと一緒に、お菓子を焼くから……ローズが手伝ってくれないかしら? 無理なら見守ってくれても嬉しいわ」
「すりゅ」
即答で手伝うと言い出した。レオン達の存在が大きいわね。ローズはお兄ちゃんが大好きだもの。レオンとラルフが、半地下の厨房にいるはず。ローズと手を繋ぎ、階段を下りた。
地下室は食料保管庫になっており、その手前に厨房がある。私の首の高さに地面があるの。半分地下に埋まった部屋は、外部の温度変化を抑えながら日差しを取り入れる工夫かしらね。
雨の音がだんだんと遠くなる。石造りの階段には、滑り止めや飾りの絨毯はなかった。まだ足の短いローズは下りるのが苦手なので、ぴょこたんと両足で飛びながら進む。手を繋いでおいて正解だわ。滑ったら下まで、お尻でバウンドして着地しそう。
「ろじぃ……お母様!」
「お待たせ、レオン。ラルフも準備をありがとう。ローズと私も交ぜて頂戴」
料理長にも挨拶し、お礼を告げる。いつも美味しい料理を振る舞う彼の腕を褒め、用意された食材の説明を受けた。道具は前世とあまり変わりない。型抜きの道具だったり、伸ばす棒だったり、ボウルだったり。どれも見慣れた形をしていた。
小麦粉は薄力粉かしら? 分類がないのでわからない。バターと牛乳は高級品なのだけれど、公爵邸の敷地内に牧場があるため入手は楽なの。高いのは砂糖ね。
「先日もユリアーナお嬢様が焼いておられました」
思わぬ機密情報に「あらぁ」と声が漏れた。オイゲンのために焼いたのはわかるけれど、お裾分けがなかったわ。




