904.お兄ちゃんは妹が大好き
ユリアーナも誘ったけれど、マスクの刺繍の追い込みで忙しいからと断られた。無理して仕上げているのでは? と心配になり、お菓子を届けさせる。お針子達の分も一緒よ。戻ってきた侍女の話では、笑い話をしながら刺繍や縫い物をしていたとか。
無理していないならいいわ。
こちらはユリアンが率先して戻ってきた。さすがに寒いので、後から来たローズを気遣ってくれたのね。レオンと手を繋いで帰ってきたローズから、鼻歌が聞こえる。妙な音程なのに、不思議と耳に残る。何か、昔聞いたことがあるような?
思い出せないから後回しにして、暖炉の前に座るよう勧めた。並んで座るレオンとローズの頭を撫でたらひんやりと冷たい。思ったより冷えているわ。用意させた蜂蜜入りホットミルクを渡した。
「カップを両手で持って、こうやって飲むのよ」
私はスパイスたっぷりのホットワインで手本を見せる。頷いたレオンが一口、口の周りに立派な白ヒゲが現れた。兄の仕草を見て、ローズも真似する。火傷しないようリリーが調整したので、こくんと飲んで「ぷはぁ」と満足げな声のローズが笑う。
やっぱり白ヒゲが出来ていた。一気飲みしたユリアンはお代わりを貰うが、やはり白ヒゲが……あら? 上手に飲んだみたいで、鼻の下だけ付いている。飲んで食べて、満足して拭けばいい。指摘せずに見守った。
「おかち!」
片手にカップを持ったまま、お菓子へ手を伸ばすローズ。カップが傾きそうで危ないわ。マーサが「預かりますね」と受け取った。素直に渡すローズだけど、ふと見た先でレオンがお菓子を頬張っている。でも手にはカップがあった。
これは危険かも。と思った瞬間、予想通り叫んだ。
「あたちも! みりゅく」
暴れた手がお皿に触れ、がたんと大きな音がする。びっくりして動きを止めたローズが、みるみる涙を溜めて口元を歪めた。これは大泣きしそう。
「ろじぃ、みるく……あげる」
レオンが自分のカップを差し出した。溜まった涙がぽろりと零れる。大きな目が見開かれ、今にもこぼれ落ちてきそう。ぱちぱちと瞬くたびに、涙が頬を濡らした。
レオンは自分のカップをローズの手に触れさせ、受け取らない様子に首を傾げる。それから何を思ったのか、ローズの手を包むようにしてカップを渡した。落ちないように自分が一緒に支える。
「ろじぃ、のも?」
「ん……」
素直に頷いたローズが、レオンのカップに口を付けた。一口飲んで、にこりと笑う。でも頬は濡れたままだし、目元は赤くて。レオンは空いた手でお菓子を摘まみ、ローズへ「あーん」と差し出した。驚いたわ、こんなことまでするなんて。
本当に可愛くて優しくて、最高のお兄ちゃんだわ。




