902.驚くべき刺繍の腕前
刺繍の模様は家の紋章でいいみたい。よくわからないけれど、黒に黒では見えないと思う。まあ、ユリアーナが出来るというのだから、平気なのかしらね。
「ろじぃに、あげる」
自分のマスクを指差してレオンが騒ぐ。慌ててユリアーナはもう一つのマスクを取り出した。やや小さくてピンクにレースがひらひら。これはローズの分でしょうね。見せてもらうと、綺麗に重ねたレースが豪華ね。
これだけヒダがあると……ウィルスの侵入をすっごい妨害しそうよ? 普通のマスクより効果が高いかも! ただ、洗うのも大変そうね。手間暇を考えて普通のマスクを用意するのは、貧乏伯爵家の考え方。今の私は公爵夫人だから、もう少し裕福な考え方をしないと。
手洗いする使用人に仕事を増やしてあげる。そう考えたら、あまり罪悪感がないのよ。彼女達が美味しい食事を食べて、たっぷり眠って、家族にも仕送りできる。そんな豊かな生活を与えられるなら、少し汚すくらい気にしないのが公爵夫人らしいわ。ただ、私には難しいの。
やっぱり手間を考えてしまう。
「お姉様のマスクはこれよ」
「あら、ありがとう」
受け取ったのは、やはりレースが使われている……けれど? 広げてみると、レースをくるりと丸めて、小花のように加工してあった。それが右上に一つ、左下に三つ。バランス良く配置されて可愛い感じに仕上がっている。
「ユリアーナの分ではないの?」
間違えたんじゃないかしら? そう思って聞いたら、笑いながら「お姉様だって、まだ令嬢で通りそうな年齢なのよ」と言われた。いいえ、無理でしょう。子どもを二人も産んで、三人も育てているのよ? 微笑んで誤魔化した。
「私はね、これ」
ユリアーナが自分用に刺繍したマスクは、ちょっと凄かった。全体に刺繍が施されているの。まるで花の絵画のようだけれど、よく見れば薔薇や百合は使われていない。オレガノやラベンダーなど馴染みのハーブ類と野草ばかり。
「凄いわね。見ただけで花の名前がわかるわ」
緻密な刺繍に驚いていると、ユリアーナはもう一枚取り出した。そちらはまだ途中までしか刺繍されていない。先ほど手を止めた作品だった。薔薇を中心に刺繍され、周囲には下絵がある。これも仕上がったら美しいマスクになりそう。
「お茶会で会うから、ヴェルにあげようと思って」
他にも紋章入りを作ると張り切っている。頑張りすぎないよう、途中で邪魔するのが私の仕事になりそうね。ああ、でも専属侍女のアンネがいるから……よく頼んでおきましょうか。




