900.鍛錬してくれる騎士様のお名前
試作中のマスクにレースやリボンを固定するユリアーナに、レオンは大興奮だった。まずは汚れた手を良く拭いてから触るよう教える。リリーが用意した濡れタオルで拭いて、さらに顔も拭いていた。両手でタオルを持った姿は可愛いけれど、やっていることは疲れたオジサンみたい。
誰の仕草を見て覚えたのか、興味本位で尋ねてみた。
「うんとね、騎士のしと」
レオンやユリアンの鍛錬を指導してくれる、あの若い騎士ね? 横からリリーが名前を教えてくれた。リーバー卿と家名で呼ばれているとか。元は男爵家のご子息だったと聞いて、長男じゃなかったのねと思う。そうしたら、こっそり情報が追加された。
「長男なのですが、後妻と異母弟に家を乗っ取られたそうです」
随分詳しいのね? こてりと首を傾げた私に、言い訳のような言葉が続いた。侍女達の情報網は素晴らしく、人定はもちろん出自や過去の素行に至るまで、あらゆる情報が入ってくるみたい。探偵業っぽいわね。
「詳細な情報をありがとう、リリー」
褒められて、ほっとした様子で頷いている。最初の部分だけだと、詮索好きと思われるもの。そんな意味で受け取らないと否定するのは大切よ。今後の信頼関係に関わるでしょう? 次に有用な情報を手に入れても、奥様は信用してくれないと思われたら情報が届かない。
どうやら未婚の侍女の間では、結婚相手として優良株みたい。リーバー卿は真面目で浮気しなそう、という評価がついていた。レオンに優しく接する様子からも、子ども好きの印象を受けたわ。そういう細かなところを、女性は感じ取ったり見たりしているのでしょうね。
「騎士の人は、リーバー卿と仰るの。お名前を覚えて呼んだら喜ぶわ」
「りーばーきょ?」
「そうよ。リーバー卿と呼んであげて」
「うん」
レオンはにこにこしながら、扉の脇に置いた剣のおもちゃを持ってきた。以前にお祭りの屋台で購入したものよ。剣の形をしているけれど、中は木刀ではないの。竹に似た軽い素材で作られていた。鞘に青いリボンが巻かれ、持ち手の柄部分に黄色が配色されて鮮やかよ。
腰のベルトを通す穴に剣を入れようとして、さすがに無理で唇を尖らせた。鞘もあるから意外と太いのよね。ベルトを抜いたとしても入らないと思うわ。
「レオン、これを使ったらどうかしら?」
ユリアーナが髪のリボンを解く。それをくるくると鞘に巻いて、ベルト穴に通して結んだ。
「きれぇ」
ユリアーナのリボンはピンクだったのだけれど……気に入ったみたい。ありがとうとお礼を言って、ぺこりと頭を下げた。これは私から移った癖ね。フランクに直すよう言われていたのに、レオンも始めてしまったわ。
試作したマスクを付けたら、ピンクがたくさん。もしかしたら、ピンクが好きなのはレオン自身かも。




