898.怖いマスクの中の人
ローズの部屋に顔を覗かせると、嬉しそうにお菓子をベッドに並べていた。さすがに食べ物をそのまま置くのは、と思ったけれど、あまりに嬉しそうなので口を噤む。大好きなお兄ちゃんが持ってきたお菓子だもの。きっと特別なのね。
「たくさんあって嬉しいわね」
声を掛けると、慌ててお菓子の上に手を伸ばした。
「めっ! やなの!!」
「大丈夫よ、取ったりしないわ。誰にもらったの?」
「……にぃに」
取られないと聞いて、安心したみたい。元の姿勢に戻った。今の動きや受け答えを見る限り、体調は回復しているみたいね。
「まあ、素敵なお兄ちゃんね。明日はお部屋から出られるから、レオンにお礼を作りましょうか」
「おれぇ? うん」
だいぶイヤイヤ期は収まってきた。ちゃんと話を聞いて、ある程度叶えてあげたら悪化しないと聞いたけれど……現実はそう簡単じゃないわね。レオンが素直だったから、油断したわ。末っ子のディも同じタイプかもしれないから、覚悟しておかなくちゃ。
「お絵描きする? それとも別のこと?」
「おぉた!」
おおた? 首を傾げる私を気にせず、ローズは歌い始めた。そこで「おうた」なのだと気づく。よく聞かせる子守唄を真似て、子ども特有の甲高い声で歌う。音程が不安定でも心に響いた。歌が終わるのを待って拍手したら、そのまま最初からループし始める。
もしかして……寝るまで何度も聞かせたから? 子守唄の終わる場所がわからないんだわ。微笑んで聞きながら、終わりの部分でもう一度拍手した。部屋にいたマーサも同じタイミングで拍手をする。きょとんとした顔で歌をやめたローズは、褒められたと気づいたようで笑った。
「とても上手よ、レオンも喜ぶわ。明日お熱がなかったら、お部屋を出ましょうね。そのとき、こういうのをするのよ」
取り出したのは布のマスクだ。レオンが注文したマスクは、立体タイプだった。白い立体マスクを見せて、顔に当てて見せる。くしゃっと顔が歪んで泣きそうになったところで、ゆっくりと外した。凝視しているローズは「もっかぃ」と強請る。
時間を掛けて顔に近づけ、再び遠ざけた。マスクをしている人の中身は、いつもの母親だ。そう判断したらしく、マスクをつけても泣かなくなった。でも眉間の皴は消えない。気分が良くないけれど、我慢する。そんな態度だった。
「凄いわね、ローズはマスクが怖くないの? 立派なお姉ちゃんになれるわ」
「あたち、おねぇ……たん?」
「そうよ。ディのお姉ちゃんですもの。だからマスクなんて平気なのね」
手放しで褒めて、マスクに好印象を持たせようと必死になる私に、ローズはもじもじしだした。その前にお店よろしく並んだお菓子を一つ摘まみ、私に「どぉどぉ」と差し出す。
「ありがとう」
お礼を言って口を付けると、マーサにも差し出した。お礼を言って受け取った彼女の耳打ちで、新しいシーツを敷いた上に並べたと知る。なるほど……さすがマーサだわ。




