897.悪いのはいつも大人のほう
これ以上叱っても、本人が辛いだけ。悪いことをしたと思っていないし、今後はきちんと欲しいと口に出す約束をしてお菓子を持たせた。ローズのところへ届けるというので、その分を別に包んで渡す。
「これはローズの分、お外から声を掛けて渡してね。中に入ってはダメよ」
「わかった」
泣いた天使がもう笑った。嬉しそうにユリアンと手を繋いで、反対の手にお菓子の包みを持って。意気揚々と厨房を出ていく。見送って、イルゼの隣に座った。慌てて立とうとする彼女に「お願い、ここで話を聞いて」と頼む。座り直したイルゼに、ぽつぽつと相談を始めた。
「お菓子が欲しいのは構わない。そのために焼いたんですもの。ローズが食べられるなら、分けてあげるのは良い兄と思う。でも……なぜ言ってくれなかったのかしら?」
料理長でも侍女でもいい。その場にいる大人に一言断ってくれたら、皆、きちんと対応してくれる。無言で持ち出す癖がついたら、困るわ。つらつらと語った私に、イルゼではなく料理長が口を開いた。
「失礼します。もしかしたら……ですが、若様はいつもお願いする前に叶えてもらっていたのでは? うちの一族はなぜか男系で、数世代ぶりに姪が生まれました。皆が可愛がって、それこそ地に足を付けさせない勢いで甘やかして、似たようなことがありました」
驚いて目を見開く。つまり、レオンの先回りをし過ぎて、言葉を使わなくても準備万端だった? だから用意されないと、自分が行動する。目の前にお菓子があって、さっきは食べても怒られなかった。それでローズの分を持っていこうと手を伸ばす……あり得るわ。
「差し出口を……」
「いいえ! 助かったわ。そうよね、私が手を出し過ぎるの。まだ甘えていい年齢だと思って自由にさせたけれど、それで困るのは未来のレオンよ。もうすぐ家庭教師をつける時期ですもの」
「奥様はとても良くなさっておられます」
「ありがとう、イルゼ。料理長も意見してくれてありがとう。少し接し方を考えてみます」
いきなり突き放すつもりはなくて、ただ助けの手を伸ばすときに自分から言ってもらえるように。言葉を覚えて成長する時期に、レオンは一人だった。そう認識しているから、必要以上に構ってしまう。悪いのは子どもじゃなくて大人のほう。
「さて、残りはいくつあるかしらね」
焼いたお菓子を確認すると、鉄板の上に半分ほど。ただし、確認したのは一枚目のほうだけ。料理長が運んできた二枚目の鉄板は手付かずだった。
「おやつには十分足りるし、ヘンリック様の分もあるわね。綺麗に焼けていて、美味しそう」
ひょいっと摘まんで一つ口に入れ、料理長やイルゼにも食べるよう促した。これは味見だから、つまみ食いじゃないのよ?




