896.分けてあげたかったのね
レオンの表情と、ユリアンの後ろ手の姿にピンときた。
「ユリアン、まだ持っているでしょう」
疑問ではなく確信があった。言い切られたことで、ぺろっと舌を見せたユリアンがハンカチを差し出す。受け取って開いた中に、焼き菓子が入っていた。
「欲しいなら、私に言えばいいのよ。ユリアーナに持っていくつもりだったの?」
「いや……その」
珍しく歯切れの悪いユリアンが、ちらちらとレオンを見る。こういうところが憎めないのよね。悪さをしても、視線や仕草でバレてしまう。完全犯罪には程遠い、愛すべき悪戯っ子だった。ただ、レオンに変な知識や癖をつけたら、拳で殴るけれど。
「レオンは知っていたの?」
「うん」
ユリアンがお菓子を持っていると知っていた。ならば二人で共謀したのかしら? 私が質問するたびに、イルゼの顔色が赤くなったり青くなったり。倒れないといいけれど……と思っていたら、近くにあったベンチに座り込んだ。
「イルゼも料理長も、そんなに気にしないで。ユリアンの悪戯もレオンのつまみ食いも、私が責任を持つわ」
きちんと解決して、やらないように教える。そう口にして、レオンと視線を合わせるためにしゃがんだ。スカートが床に付いたけれど……思ったより綺麗だわ。考えてみたらそうよね。料理を作る足元がべちゃべちゃと濡れていたり、埃が舞うほど汚れてたりしたら、食中毒が起きる。
「どうしてお菓子を持っていこうと思ったの? そんなにお腹が空いたなら、誰かに相談してくれたら良かったのよ」
「……ろじぃの……とこ、持ってくの」
意外なセリフに驚いて目を見開く。一度目はつまみ食いだけれど、二度目は妹の分を取りに来た。そこで見つかって叱られたみたい。
「ローズはまだ病気なの。お部屋に入れないでしょう?」
「うん……おしょとで、どうじょ……する」
徐々に涙が溢れて、唇が震え始めた。レオンは叱られたことと、お菓子を持っていけないことで、感情が溢れたのかもしれない。ぐずぐずと洟を啜って、ぽろりと落ちた涙を手の甲で乱暴に拭った。後ろでユリアンがハンカチを探すけれど、さっきお菓子を包んでいたはずよ。気づいたユリアンは苦笑いした。
私のハンカチを差し出すけれど、レオンは泣いていて目を閉じている。その目元にそっとハンカチを触れさせた。すっと涙の雫が吸い込まれていく。ぽんぽんと軽く触れさせて、何度も涙を消した。ぱちりと開いた紫の瞳が、潤んできらきらしているわ。
「おいちか、ったの……ろじぃ……よころぶ、と思って」
「そう。ローズが喜んでくれるから分けてあげるつもりだったのね。気持ちは嬉しいし、優しいレオンをお母様は大好きよ。でも、欲しいと言って頂戴。私でもイルゼでも、料理長でもいいわ。美味しかったから分けてくださいとお願いしたら、誰も嫌なんて言わないのよ」
大きな目が零れ落ちそうに見開かれた。もしかして、そんなこと思ってもみなかった?




