895.悪ガキに感化された天使
わずか二時間後、私は再び厨房にいた。なぜか叱られるユリアンとレオンがいる。呼びに来たイルゼが事情を説明し始めた。
一時間ほど前、焼き上がったお菓子を冷ましていたケーキクーラーの網から、お菓子がいくつか消えた。これが料理長の焼いた菓子なら、食べた人を捕まえて叱るだけで済む。大抵は厨房で働く子がつまみ食いするらしいわ。
でも、今回は私が作った。屋敷の奥様が練ったお菓子を料理長が焼いた時点で、持ち主が私になるの。いわゆる焼くことを委託した形ね。そこで、慌てた料理長が厨房に出入りした者に確認した。けれど、誰も食べていない。口の匂いまで確認したというから、気合いが入っていた。
悩んでいる料理長の足元をこそこそとユリアンが通り、見つめる先でお菓子を掴んだ。ここで捕獲されたの。レオンも一緒だったことで、騒ぎが大きくなったわ。鍛錬の担当をしていた騎士によれば、匍匐前進を教えたばかり。ただ、服が汚れるので室内で教えたとか。
「ユリアン様、勝手に食べた理由をお聞かせください」
胸の下、腹の前で両手を組んだイルゼが厳しく問い質す。緊張した面持ちで、ユリアンが話したのは……ある意味、シュミット伯爵家の日常だった。
「鍛錬をしていたら、甘い匂いがしてきて。レオンもお腹が鳴ったし、二人で匂いの元を辿ったんだ。そうしたら、お菓子があった」
ああ、状況が目に浮かぶわ。伯爵家にいた頃、たまに手に入った砂糖を入れてお菓子を焼いた。ナッツはユリアンが森で探し、干し葡萄は秋の収穫のお手伝いの褒美にもらうのよね。それらを混ぜて、砂糖を少し足して。焼いたそばから、冷ます間に双子が半分くらい食べてしまう。
懐かしい思い出が浮かんだ。あの頃の感覚で、忍び込んだ厨房のお菓子を口に入れたんだわ。以前より砂糖をふんだんに使えるから、甘くて美味しかったのね。もう一度取りに来たところを捕まった。状況がわかれば、何だかおかしくて笑える。
「あった、ではございません。伏せて侵入したとか」
「え? レオンも?」
ここで慌てたのは、厨房の床に手をついて移動した危険に気付いたから。落ちていた何かでケガをしたり、汚れた床に手で触れたのにそのままお菓子を掴んだり……今、屋敷では病人もいるのに。これ以上腹痛などの病人を増やすのはごめんよ。手が回らないわ。
「んーん、ぼく……歩いてった」
歩いて行った……背が低いから、見落とされたのかも。厨房の作業台は大人のサイズだし、内部に引き出しがあって死角も多い。熱いものを運んでいる料理人とぶつかって、火傷した可能性もあった。
「レオン、勝手に入って食べたらダメなのよ?」
「……ゆんは?」
「ユリアンもダメ。絶対にダメよ」
重ねて言い聞かせたら、変な顔でユリアンを振り返ってから「うん」と返事をした。




