892.マスクの注文は自分でどうぞ
マスクを作っているお針子達は、どうしても女性が多い。一部パターンを作るデザイナーに男性がいる場合もあるけれど、女性の体にフィットする服を仕上げるから同性が好まれるみたい。それに子どもの頃から裁縫や刺繍を習うのは、どうしても女性が多いのよね。
「奥様、先ほどはありがとうございました。美味しく頂いております」
口々にお茶やお茶菓子のお礼を言われ、頷いて空いている椅子に腰かける。レオンはお針子の手元が気になるのか、繋いだ手を目いっぱい引っ張って覗いた。何にでも興味があるのはいいことよ。
「うわぁ! 可愛いですね」
「若様、どうなさいました?」
「ほつれなら、すぐに直しますよ」
部屋に入れば、幼子を見て大喜びのお針子女性に囲まれる。その中に二人ほど男性がいた。ケンプフェルト公爵家では、男性のお針子もいるの。彼らは普段、侍従として働いている。手が足りなくなると、手伝いに入ってくれる頼もしい人達よ。
この屋敷に来てしばらくして、レオンの衣装を手直しする際に手伝ってくれたのが縁だった。興味があるので……自宅で母の手伝いをしていたので、二人はそんな理由を口にした。女性のような趣味だと笑われたことがあるのかもしれない。
男女関係なく、得意な技術を多く持つことは素敵だわ。たとえば、ユリアンのピアノもそう。この世界で男性の演奏家のほとんどは、ヴァイオリンやビオラなどの弦楽器を選ぶ。ピアノは意外と少ないのよ。でも男性のほうが手が大きいから、鍵盤に届きやすくて有利だと思う。
ちやほやされる環境に、レオンはにこにこと笑顔を振りまいた。出会ったばかりの頃なら、びっくりして隠れたかしらね。フランクが一礼して去り、ユリアンは入り口でもじもじしていた。だが男性のお針子がいると気づき、そろりと壁に沿って入ってくる。
「ゆん、こっち」
レオンに呼ばれて、気後れしながら近づいた。これまた女性達に「可愛い」だの「ピアニスト様じゃないの」だのと囲まれる。逃げ場がない状況で、妹ユリアーナを見つけて隣に立った。盾にしようとして、彼女に突き放される。
「ユン、そこ邪魔よ」
刺繍の糸を引く腕が当たり、むっとした口調で追い払われた。そこで刺繍の手を止めて、ユリアーナが私を見る。
「刺繍の要望かしら? お姉様」
「少し違うわ。レオンのマスク、要望があるらしいの。聞いてあげて頂戴」
一から十まで私が説明してもいいけれど、たぶん全部は聞いていないと思うの。それに、自分で注文して受け取って使う経験も大切よね。
ローズで子どもの相手に慣れたユリアーナは、椅子の前にしゃがんでレオンに話しかけた。さり気なく刺繍の枠と針をテーブルに置く。
「レオン、欲しいマスクがあるの?」
「うん。ぴんく! んで……これの色」
私のスカートのミントを示し、他にも部屋にあるリボンやレースを指差した。どうやら多色系マスクになりそう。




