890.ピンクとミントの「しらしら」
玄関先で足音が聞こえる。ばたばたと騒がしく走るのはレオンで、そのまま抱き着いた。直後、斜め後ろからユリアンも真似をする。
息子と弟をぶら下げて、くすくすと笑った。なんだか変だわ。おかしくて笑ってしまうの。
「お母様、ぼくのも!」
私がマスクをしているのを見て、レオンが強請った。確かにユリアンもレオンも、マスクをしていない。でもあげたわよね? 首を傾げて尋ねたら、鍛錬の邪魔だから置いて忘れてきたみたい。
レースやフリルで可愛く装飾されたマスクをした侍女とすれ違う。それを目で追ったレオンが「ぼく、あれみたいの」と指さした。大急ぎで指先を包み、人を指ささないように教える。こういうのはその都度、丁寧に言い聞かせてきた。
「あの人って指さされたら、レオンも嫌でしょ? だから人にしてはいけません。自分がされて嫌なことは」
「しない! だろ?」
語尾を攫ったユリアンが笑うのを、ぽんと小突いた。額を押さえて「いてぇ」とぼやく弟に「あなたにも同じことをするわよ?」と強い口調で話す。お調子者はそれでいいけれど、真面目な話を茶化してはダメ。ユリアンはすっと真顔になり謝った。
「悪かった、リア姉。もうしない」
「そうして頂戴」
「……ぼくの、しらしら」
ひらひらのマスク、僕にくれないの? そんなニュアンスの声が聞こえた。真面目な場面なのに、吹き出しそう。頬の筋肉を総動員で引き締める。レオンの「ひらひら」がツボに入って、笑いを堪えるのに必死になった。笑ってはいけないのよ、レオンを傷つけてしまうわ。そう思えば思うほど、こみ上げてくる。
微笑みで誤魔化し、レオンの頭を撫でた。さらさらの黒髪が指に心地よい。
「作ってもらいましょうか。何色がいいの?」
「うんとね。ぴんく!」
「あら素敵ね。レースは白?」
「ううん。この色」
レオンが希望したのは、私が着ているワンピースの袖についているレースだった。同じ色がいいと笑う。ピンクとミントグリーンって、何とかなるかしら? プロに任せれば、何とかしてくれると思う……いえ、思いたい。
お針子やユリアーナのセンスに丸投げすることを決め、私は降りたばかりの階段を上った。一段ずつ、登っては両足を揃えるレオンと二階を目指す。右足、次は左足を揃えて……なぜか左足が次に出る。歩きにくそうだけれど、階段はいい運動になるわ。
「なあ、リア姉。レオンは階段の上り方を知らないんじゃね?」
後ろのユリアンに指摘され、はっとする。私達が上り下りする姿を覚えていないなら、この登り方は幼い頃の歩き方そのもの。普段歩かないから階段に関する知識がアップグレードされないんだわ!
「レオン、こうやってみて」
右足、左足と一段ずつ交互に足を踏み出す。二段上で待つと、かなりよろけながらも頑張った。下段で支える態勢で待つユリアンが頼もしかった。階段の練習もしたほうが良さそう。




