889.工夫するお針子に甘いご褒美を
レオン達の鍛錬を見守って一時間もすれば、試作品が出来たと連絡があった。呼びに来たユリアーナと一緒に、裁縫部屋へ向かう。こんな用事でもなければ階段を使わないから、遠く感じるわね。
仕上がった立体マスクを試着し、つけ心地にあれこれと注文を出した。こういうやり取りは最初が肝心なの。きちんと希望を伝えないと、遠慮した結果が中途半端な品なら後悔するわ。ずっと使うし、顔に当てるから細かな部分も気になる。
ゴム紐はやはり入手できないので、細い紐と伝えたけれど……ユリアーナの思い付きで、細いリボンが使われていた。豪華さも演出できるし、貴族の奥様達にも受け入れられそう。男性用は従来通りの紐を使い、女性用はリボンやレースを使うのも素敵ね。
「伸縮性のある紐がいいとお聞きしたので、試してみたのですが」
そう口にしてお針子の一人が差し出したのは、毛糸を編んだ紐だった。これは盲点だわ。セーターなどの飾り編みは伸縮性がある。親指ほどの太さに編まれた毛糸の紐はゴムほどではないものの、伸縮してフィットした。
「素敵! 最高よ。こういう工夫を思いつくのは、専門家だからね」
褒めたら、他にも試作品が出てきた。斜めにカットした布の柔軟さを応用した紐は、バイアステープを思い出す。私にはこれらを活用しようという知恵が足りなかった。何も知識がないところから思い付きで作り上げるお針子達の能力に感心する。
「ほかにも思いついたら教えて頂戴ね。それと休憩もしっかりとって、根を詰めないように……お茶菓子は期待していいわよ」
わっと喜びの声が上がる裁縫部屋を出て、通りかかった侍女にお茶菓子の手配を頼んだ。お茶も使用人が普段飲むものではなく、私達家族用の高いお茶を許可する。
お茶やお菓子も含めて、小さな差があちこちに散りばめられているのが貴族の屋敷だった。その差が向上心の源になったり、立場の違いを理解させたりする。だから、ご褒美としても使えるの。
新しい試作品の毛糸紐マスクを装着し、私はふと思いついた。肌に触れる部分はシーツや上掛けのカバーによく使われるガーゼだけれど、私は傷を覆ったりマスクで使ったりするイメージの方が強いの。皮膚の弱い人なら絹を使って作っても……いえ、マスクは通気性も大切だから無理ね。
ぺたりと肌に張り付いてしまう。内側はガーゼで、外側だけ絹……それも柄の入ったオシャレな絹はどうかしら? きっと洋裁店に端切れがいっぱいあるわ。そうよ! 洋裁店の空き時間に大量生産してもらいましょう。




