第13話
ロアーツが俺達に向かって腕を振る。それとほぼ同時にフィルが静かに手をかざした。
俺達に向かって飛んでくる風。
しかしそれは後三メートル……というところで全てが凍った。
「!?」
真正面からアッサリと破られたロアーツの魔術。
風すらも凍らせるフィルの得意技、氷雪魔術。
勿論他の魔術も扱える。というか使えない魔術自体が少ない。
その中でも、氷雪系統の魔術は群を抜いている。
膨大で良質な魔力から生み出されるその魔術はいつ見ても優雅であり、どことなく恐怖を覚える。
っつーか少し寒い、物理的に。
まぁ氷が出現してるんだから当たり前か。
なんて、くだらない事を考えながらも俺は魔符を四枚取り出しロアーツに向かって放る。
「【四縛】」
俺の手を離れた魔符はロアーツの前後左右へと、まるで行く手を阻むかのように飛んでいく。
「ぬ……?」
それと同時にピタリと止まるロアーツの動き。
俺が今放ったのは金縛りの式を組み込んだ魔符。
そして四縛は四方向から対象に金縛りをかける符式。
本来なら身体全体に四倍の金縛りをかけるとこだが、今回は四肢を縛るよう狙いを定めた。
逃がさないためと、迎撃されないためにである。
「フィル」
「はい、兄さん」
俺が声をかけた時には既にフィルの術は完成していた。
白く細い右腕をしなやかに天へとかざした。
「【氷柱の雨】」
小鳥の囀りのような声と共にロアーツの頭上に半径三メートル程の大きさの幾何学模様が出現し、大量の氷柱がその姿を見せた。
氷柱の雨は、指定した座標の真下に氷柱を落とす位置指定型の魔術。
その刻印は屋内だろうが屋外だろうが場所に関係なく発動する。
ロアーツ目掛けて氷柱が落ちていき、凄まじい音をたてる。
あっという間にロアーツの姿は巻き起こった土埃に覆われて見えなくなっていった。
「やりましたね兄さん」
フィルはそう言って嬉しそうに微笑む。
あの魔術は範囲を狭くした分かなりの威力をほこる。
大抵の敵ならあれで終わりだ。
だがしかし、
「フィルちゃん、それはフラグだよ」
優しく注意を促す。
俺にはわかっていた。
奴はまだ倒れていないと。
俺がそう言うのを待っていたかのように突然の突風により煙が拡散していく。
そこには風を長方形の形に纏った、ダメージの全くないロアーツが立っていた。
「なっ! あれで無傷なんて……」
フィルが珍しく甲高い驚愕の声を洩らした。
かく言う俺も少し驚いている。
フィルの魔術を防ぐなんて……一体どうなってやがる。
あのベルトとUSBに秘密があるのは間違いないが。
『あれは!』
神楽状態の雪が何かに気づいた。
「雪、あれが何か知ってるのか?」
俺は小声でそう尋ねる。
『えぇ、あれは風檻と言う魔術です。その名の通り風でできた檻で、本来は相手を捕獲する時に使う魔術なのですが……』
雪はそう言って黙り込んでしまった。
「ということは彼は捕獲に使う魔術の強度を利用して自身の防御壁にしたと?」
今度はフィルが口を開いた。
「そうみたいだな」
普通なら考えつかない魔術の応用。
既に魔術師としての高みへと至っているとでもいうのか。
「いいねいいねぇ! この殺るか殺られるかのやり取り!! ヴァーナでは経験できなかったモノだ!!」
独裁者のように両手を広げて歓喜の声をあげるロアーツ。
仮面が不気味さを増してくれちゃってやがる。
さて、どうしようか。
フィルの魔術師は広範囲かつ、高威力が多いためマジでやったらここら一体を消し飛ばしてしまう。
雪の力を全力で使えば多分倒せるが、元々武神は一騎当千以上のチカラを持つため以下同文。
威力と範囲を落としながらチマチマやるしかないか。
しかもロアーツは全力で殺しにくるのにも関わらずだ。
俺は手持ちの魔符を数える。
残りは約二十枚といったところか。
大いに心もとないがやるしかないか。
とりあえずは様子見。
起爆の魔符を一枚投げる。
今更様子見というのもおかしい気がするが、奴の対処によりこれからの攻めが変わってくる。
ロアーツは腕を軽く振るい、一つの鎌鼬を起こす。
俺が放った起爆札は呆気なく切り裂かれ、俺と奴の中間地点で爆発した。
かかった、
爆発が起こったと同時に俺はさっきと逆の手でもう一枚の魔符を投げた。
俺の手を離れた魔符は地を這うように飛んでいき、奴の足元でその動きを止めた。
最初の起爆札はフェイク、次が本命だ。
「爆ぜろ」
俺の声に呼応するかのように札が閃光を放ち、轟音をたてて爆発した。
さて、どうでる?
俺が次の行動に備えていると、煙がおかしな軌道を描き始める。
まるで何かを避けているような動きだ。
その正体はすぐにわかった。
ロアーツが風をおこして煙を操作している。
それによって煙は数秒も経たない内に吹き飛ばされていった。
「ハハァ!!」
俺の起爆札を難なく退けた後、珍しく俺に迫ってくる。
「っ!?」
ただ向かってくるならカウンターでもお見舞いしてやろうと思ったのだが、奴の動きは違った。
ただスピードが速いというだけではない。
気流にのっているような、まるでやつ自身が風とでもいうような動きだった。
不規則すぎる動きに戸惑いを覚えている内に奴の姿が視界から消えた。
移動系の魔術?
いや、にしてはどこか不自然だ。
ということは死角か?
『リオくん後ろです!』
俺がそう推測を立てる前には雪がそう叫んでいた。
俺は反射的に神楽を構える。
それとほぼ同時に奴の手刀が打ち込まれた。
奴の手と神楽が接触する瞬間に聞こえた音は、紛れもなく金属音。
そして奴はニヤリ……と口元に笑みを浮かべた。
「ぐっ!!」
突如突風が起こり、俺の体は軽々と宙に浮いた。
そしてそのまま勢いよく遠くへと吹き飛ばされ、近くのビルに叩きつけられた。
「がっ……」
背中に走る強烈な痛み。
俺はゆっくりと地面にずり落ちた。
「兄さん!」
『リオくん! 大丈夫ですか!?』
二人から声をかけられるが、正直それどころではない。
背中の痛みに耐えながら、ロアーツが追撃にこないか視線を向ける。
奴は不気味な笑みを浮かべているだけで特に向かってくる様子はない。
「サンキュー雪、お前が咄嗟に風で衝撃を和らげてくれたから助かったよ」
実は壁にぶつかる瞬間、雪が逆方向に風を起こしてくれたおかげで少しのクッションになってくれていたのだ。
『どういたしまして。それよりもリオくん……』
突然雪が真剣な雰囲気を発する。
「何だ?」
嫌な予感しか湧かないがとりあえず聞いてみる。
『高等魔術の応用、あの風のような滑らかな動き、リオくんを吹っ飛ばしたあの魔術……間違いありません。彼は【疾風】です』
小さく、恐る恐るという感じで雪はそう告げた。
「疾風……?」
聞き覚えのない名前だ。
隣のフィルにも確認してみるが首を横に振った。
『二人が知らないのも無理はありません。なんたって三百年以上前の人物ですから』
「はぁ!?」
雪の答えは益々理解に苦しむものだった。
どれだけ文明が発達しても、人間の寿命はそんなに長くはない。
世界記録は確か百五十歳くらいだったはず。
ダメだわからん。
『私は何千年……何万年と時を過ごしてきました。その中で神々との抗争や人間が私に戦いを挑んできたりと色んな出来事がありました』
「あー、何か確かそんな話ししてたな」
『戦った人間は星の数ほどいますが、唯一負けたのはリオくんです。そして、その疾風は当時の私に傷を付けた人です』
「マジか、そいつはバケモンだな」
雪に傷を付けるとか人外だわ。
「その雪さんに勝った兄さんって一体何なんでしょう……」
「コラ、フィルちゃん、兄ちゃんを人外扱いすな」
失礼すぎるだろそれは。
『ゴホンッ! まぁ、そういう事で、普通なら疾風は死んでいるはずなのですが……』
わざとらしい咳払いで話を元に戻す雪。
確かに全く意味がわからない。
三百年も前に雪と戦ったはずのその疾風とやらの力が何故ロアーツに宿っているのか?
そもそもにそんな事があり得るのだろうか?
『最後にリオくんを吹っ飛ばしたあの魔術は風を手の周りに纏いそれを振動させて切れ味を出しています。それに加えて圧縮していた風を爆発させたのでしょう』
「なるほどね。しかし何故そんな昔の奴の力を奴が?」
『それはわかりません……が、恐らくあのベルトと差し込んだ物に原因があるのでしょうがこの段階ではわかりませんね』
やっぱりあの二つが奴の力を引き出しているのは間違いないだろう。
その原因を突き止めるにはロアーツを倒すしかないということだな。
「仕方ない。奴が風の魔術に対抗するには雪、お前の力が必要不可欠だ」
『わかってます。リオくんの力になれるのなら私、なんでもしますよ?』
うん、それはありがたいんだけどね。ワザとらしく艶っぽく言うの止めてもらっていいすか?
フィルさんマジで怖いんすわ。
「とりあえず、雪はサポートよろしく。フィル、油断はするなよ?」
『もちろんです』
「かしこまりました」
二人が快く頷いてくれたところで行きますか。
実質三対一になるのだが、勝負に綺麗事は必要ない……というのが持論である。
というわけで、
「行くぜっ!」
俺はロアーツに向かって一直線に地を駆ける。
「ハハッ!! ガンガンいこうぜぇぇ!!」
ロアーツもまた俺に向かって走り出す。
奴はさっきのように風を纏わせた手を横薙ぎに振るう。
俺は神楽を縦に構えてそれを受ける。
今度は風の爆発はないようだ。
それを察した俺は神楽を振り抜いて奴の手を弾く。
そしてガラ空きになった胴に蹴りを叩き込む。
「ぐっ……」
ロアーツの顔が苦痛に歪む……が、恐らく手応え的にダメージはあまりない。
『常時風を纏っているようですね』
「みたいだな」
それは簡単にいえば風の鎧。
それを打ち砕くにはそれ以上の威力の攻撃を奴に与えるしかない。
その役目はフィルに任す。
後はどうやってその好機を作り出すかだが……。
それは俺がやるしかない。
魔符の残りは十八枚。
防御用六枚、攻撃用六枚、その他六枚……か。
「あれをやるか」
コートの内から新たに魔符を三枚取り出す。
「これで決まってくれよ」
願いとも言えるその言葉を吐き出し、俺は空に向かって三枚の魔符を放り上げた。




