98話 黄金の鰹節ニャ
新暦1348年 ガレリア大陸 アルゼン帝国南東部 コロムロ
あの後、試合は進んで個人戦の三回戦が終了し、ベスト8が決定した。
アイシュタット=フォールセム(ア)、トキニア=ゼペルルクス(カ)、ライ=エン(タ)、イブキ=アキミヤ(ア)、グレン=ホオツキ(ア)、ケオラン=マッキス(カ)、フォート=ライレリック(ヒ)、サックシャー=セレナ(ヒ)の8人だ。
イブキ=アキミヤは初戦から一貫して間合いを自在に操る歩法と剣術によって、ヒッポフのウィック=ナーシエルを破った。
グレン=ホオツキとカルティアのピーノン=シュトゥームの試合は乱打戦のような火魔法の応酬となり、その結果、魔力量に優れていたグレン=ホオツキに軍配が上がった。
ケオランはまたまた相手が棄権……とはならず、とうとう初試合に挑むことになった。
奇しくも槍使い同士の対戦で、魔法を使わず間合いを牽制し合う緊迫した展開となり、勝負は一瞬で決まった。
ケオランの槍の穂先をフェイント入れてから軽く当てて落とし、そのまま突いてきた相手に対して、ケオランはそれを掠るほど寸前にギリギリで躱して突き返し、勝利したのだ。
「槍だけの勝負だから勝てただけ。それに俺は相手の槍さばきを見てたからな。もう一度やるなら俺の方が分は悪いだろうな」と、ケオランは試合を振り返って話した。
次の試合は、距離をとるフォート=ライレリックとそれを追いかけるヤイチ=カネヤマという展開になった。
飛んでくる矢を両手に持った2本の戦鎚でバシバシと撃ち落としていく怪力のヤイチ=カネヤマに対して、フォート=ライレリックは至って冷静に矢を放ち続けた。
三矢では相手を足止めするだけで決定打にはならないと判断したフォートは、3方向から襲う矢を放った直後、すぐに一本の矢を番えて最初の直進軌道の矢と同じ弾道で放ち、風魔法で加速させつつ隠蔽魔法を重ねがけして飛ばした。
正面からの矢を右鎚で払い、右から来る矢もそのまま叩き落とし、左から来る矢を左鎚で防いだヤイチ=カネヤマの額を後から放った見えざる矢が直撃。
試合開始から三矢で放ち続けていたため、急激な変化に対応しきれなかったヤイチ=カネヤマはその場に沈んだのだった。
巧妙な試合運びにトキも舌を巻いた。
(いい戦術眼をしてるな。慣らしておいて不意をつくか。防御する相手の心理をよく理解している。それに魔法の発動も早いし的確だ。決勝はこいつと当たるかな?回避するやつにはどう対応するのか見ておきたいところだけど……)
勝ったというのにトボトボと控え室に戻るフォートの姿は強者の風格ではないが、その腕は確かなものだった。
そして、最後の試合。
冥属性を披露したマナミ=タテイシだが、あっけない終焉となった。
先手必勝とばかりにヒッポフのサックシャー=セレナが投擲した匕首を回避した際、足をもつらせて転んでしまい頭を打って気絶してしまったのだ。
本人を狙うべきというエレスの意見通りではあったが、あまりにも本人が間抜けで弱すぎた。
(う~ん……あの女一体何なんだ?逆に恐ろしい)
魔法が特殊であれば、本人も相当変わり種のようだった。
個人戦が終了し、団体戦2回戦のエレスらカルティアA対アリジニステンBの試合が始まろうとしていた。
「1回戦の情報がかなり少ないから、最初は様子見するかな?」
「どうだろうな。だからこそ短期決戦に持ち込むかもしれねーけど」
今度は不戦勝ではなく勝利を収めたケオランの呟きにトキが答えた。
「今日はシールセン先輩とインテリーア先輩が盾と剣を持ってるな。石つぶて防止か?」
「かもね。ということはあの2人が前衛をするつもりなのかな?」
「女性陣は遠距離攻撃かしら?生徒会長も弓を持っているし。どう戦うつもりなのかしらね」
現状を分析する3人の話を聞きながらトキは心の中でエレスに声援を送っていた。
(エレス……どうか勝てますように。……エレスを傷つけたらあいつら殺す)
カルティアは盾役のウェッテン=シールセンとロックケーツ=インテリーアを先頭に、開いて左右にルウとケリン=マクバリッチが立ち、最後尾真ん中にエレスという配置だ。
それに対して、アリジニステンは適当という感じにひとかたまりになっている。
初戦と同様にやる気が感じられない様子だ。
そして、試合開始の合図がされた。
両者大きく動くということはなく、ジリジリと間合いを詰めるカルティアチーム。
アリジニステンはそれを見て、オサム=ヒガとハルト=ムカイが突撃する様子を見せた。
オサム=ヒガが魔法を発動し、その姿を消す。
どうやら闇魔法の使い手らしい。
ハルト=ムカイは両方の手首と肘に鋭く曲がった風の刃を生み出した。
彼は近接戦を得意とするようだ。
トキは把握していたが、ハルト=ムカイが正面から、オサム=ヒガは側面から回り込んでいた。
闇、光属性に共通する隠蔽魔法への対抗手段は無差別範囲攻撃か感知魔法を駆使する他ない。
カルティア側は後者を選択した。
「あいつは私が止めよう」
鉄甲を腕に装備したルウがオサム=ヒガの迎撃に向かう。
何属性の感知魔法かまではわからないが、ルウはオサム=ヒガの姿を捉えているようだ。
走りながら風弾を放ちながら接近していく。
正面から突っ込んだハルト=ムカイは攻めあぐねていた。
盾役のウェッテンとロックケーツは防御を重視し、お互いをカバーし合ってうまく押さえ込んでいた。
そこへエレスとケリンが援護射撃を敢行する。
飛び来る魔法にハルト=ムカイは蜂の巣にされ、ダメージを受けて堪らず後退。
モモカ=マツザカが前へ出る形になった。
彼女は腰から鞭を取り出して魔法を発動する。
「さぁ!踊りなさい!」
鞭は炎を帯びて伸長していく。
10mほど伸びたにもかかわらず、モモカ=マツザカはそれを自在に操った。
その速度も相まって見切るのは困難なほどの鞭さばきだった。
亀の如く盾に隠れるウェッテンとロックケーツ。
鋭い打鞭は重くはないが、当たった箇所で鳴るパァァンという大きな音から察するに、沈痛するであろう威力を秘めている。
さらに、皮膚に当たれば火傷を負うことにもなるだろう。
回避する自信はなく、盾役は為すすべもない状況になっていた。
「こんの!踊れって言ってるでしょ!」
モモカ=マツザカは固まる二人に対して、横へ薙ぐようにムチを振るう。
盾に当たり背後から巻くように鞭が襲う。
そこへエレスの放った矢が鞭の持ち手に飛来した。
モモカ=マツザカはそれに反応して、鞭を持ち上げて躱す。
「そういいようにはさせません」
「あ~もう!邪魔すんじゃないわよ!」
さらにケリンと同時に遠距離から攻撃を仕掛ける。
それを鞭で叩き落とし、回避し、踊るのは彼女の方になった。
「ふふふ。なかなか独創的なダンスを嗜むようですね」
エレスが避けるモモカ=マツザカを挑発する。
その言い様にプツンと音が聞こえるかのようにモモカ=マツザカの顔から表情が消えた。
顔色は青白くなっており、不気味な雰囲気を漂わせていた。
そして、ハルト=ムカイら3人に告げる。
「あんたたちで3人をなんとかしなさい。あの女だけは私がやるわ」
「分断すんのはいいけどよ。どうやってやるよ?」
「うるさいわね!とっとと突撃でもしなさい!」
「ちっ……わーったよ。さっちん、うめ、行くぞ」
ハルト=ムカイを先頭にサチエ=タケザトとウメノ=キクオカがそれに続いて突撃する。
いくつかの魔法が被弾するが、構うことなく盾役に飛び蹴りをかました。
近距離戦となったことで剣を振るう盾役の2人。
ハルト=ムカイは果敢に空手のような体術でそれに対抗する。
エレスはこの時どうするべきか数瞬悩んだ。
「私はご指名が入ったから行ってくるわ。前衛を倒した直後に気をつけて。ルウの方から敵が来る可能性も忘れないように。いいわね?」
エレスは1対1を受けて立った。
「覚悟はいいかしら?その顔を焼いて醜く変形させてやるわ」
「生憎と整形するつもりはないので。厚化粧をしているあなたの方が必要なのでは?」
モモカ=マツザカの顔はひどく歪み、相手に対する憎悪がはっきりと刻まれていた。
合図もなくお互い同時に攻撃を仕掛ける。
エレスは水弾を次々と放っていく。
それを火鞭でさばきながら攻撃といきたいが、相手の手数が多くてままならない。
そこからさらにエレスは連射速度を上げていき、モモカ=マツザカは鞭だけでは足らず回避しなくてはならなくなった。
「相手の力量を見誤りましたか?努力が足りませんね。出直してきなさい」
「くそ女ぁあああ!」
サシの勝負では実力差がはっきりと出る形になり、あっけないほど短時間で決着がついた。
最後は土弾を頭部にクリーンヒットさせて相手を気絶させる。
「ヒステリックな女って嫌われますよ?」
そう言い残してくるっと背を向けた。
皆はと見渡すと、どうやら優勢のようだった。
ハルト=ムカイは倒れており、4人で残った2人を包囲していた。
ルウもオサム=ヒガを倒したようだ。
エレスも包囲網に加わり、相手に勧告する。
「負けを認めませんか?さすがに5対2では分が悪いでしょう?」
エレスの言葉にサチエ=タケザトとウメノ=キクオカは顔を見合わせる。
「どうする?」
「もういいんじゃない?十分っしょ。うちらの負けでいいよ~」
これによりカルティアAチームの勝利が決定した。
トキはエレスが怪我をしなくてよかったと安堵する。
やはり魔法に特異性がある者もいるようだが、魔法の練度は低いようだ。
エレスたちは歓声と喝采に手を挙げて応えていた。
「これで会長たちは準優勝、60pは確定だな。相手はどこになるかな」
「怪力変態男がいるヒッポフか、聖属性と氷属性がいるアリジニステンか……タルムは~難しいだろうね」
「次も見ごたえのある試合になりそうね。ところで、トキ。控え室に行かなくていいの?団体戦の後、すぐに出番でしょ?」
「あっ!忘れてた!んじゃ、行ってくるわ」
「いってら~」
「頑張ってね」
「死んでも勝ちなさい。優勝したら死んでもいいわ」
ユユの励まし?に苦笑いを浮かべながら席を離れた。
控え室に入ると、既にトキの次の試合に出るイブキ=アキミヤが待機していた。
短い黒髪は耳が隠れる程度にサイドは長めで、目の少し上辺りで前髪は揃えられている。
遠目からでも可愛らしいと感じていたが、やはりこうして間近で見ても美少女だと言えた。
丸っこい目がキラリと光っており、唇が瑞々しく弾力感が見て取れる。
(……はっ!いかんいかん)
控え室の椅子に座ろうと移動すると、イブキ=アキミヤがトキの姿を見てこちらに歩いてきた。
背は女性にしては高い部類に入るだろう。
胸は薄いが、スラッとしたモデル体型をしている。
(年下の女子からお姉さまとか言われてそうだな。ってか、またなんか用か?)
表情には出さずに目の前に立つまで無視したが、やはりトキに用があるようで、緊張した様子が見られる。
「初めみゃして……秋宮伊吹です」
「……初めみゃして。トキニャ=ゼペルルクスにゃ」
「「…………」」
顔を真っ赤にして肩を震わせながら俯いてしまったが、トキは何も言わない。
ようやく顔を上げてトキに向き直り、深呼吸をしてからキッとした顔つきで告げる。
「座間君からお聞きしました。日本人、らしいですね」
「日本人?にゃにそれ?おいしいの?おいらは鰹節が好物にゃ」
「「…………」」
至極真面目にそう答えたトキに対して、秋宮伊吹は泣きそうな顔になった。
だが、どうやら色々となかったことにしたいらしい。
「私たちは帝国にひどい扱いをされています。どうか助けていただけませんか?」
「お前さん、中々いい肉球をしてるにゃ。この調子で精進するにゃ」
再度言うが、トキの表情は至極真面目だ。
秋宮伊吹はポロポロと泣き出した。
「ひ、ひどい……ちょっと噛んじゃっただけじゃない、ヒック。そこまで言わなくても……いいじゃない。私たち……困ってるのに。ヒック」
女の涙ほど難しく、厄介なものはない。
トキはその様子を見て謝罪の言葉を言……わなかった。
「ヒック、ヒックって、お前さん酔っ払いだにゃ?未成年者飲酒喫煙法違反で逮捕だにゃ~」
再三言うが、トキは至極真面目だ。
猫背で指を肉球を表現するかのように曲げてニャアニャア言っているが、その表情は真剣である。
その返し方によって秋宮伊吹はわああっと泣き出した。
蹲る彼女にトキは慈愛の目を以て優しくこう告げる。
「いいんだにゃ。若いうちは間違っていいんだにゃ。こうした失敗の積み重ねがいずれ将来の鰹節に変わるんだにゃ。さぁ共に目指そうではにゃいか!黄金の鰹節を探してゃああああああ!!?」
大きく上半身を後ろに反らせて白刃を回避する。
涙を流しながら秋宮伊吹はふーふーと荒い息を吐きながら剣を抜いていた。
「いいかげんにしないさいよね!何が黄金の鰹節よ!」
「あっぶねぇ。今の避けなかったら死んでたぞ!?単なるジョークだろうにゃ!あっ」
「こんの~~!!」
「ま、待て!今のは口が滑っただけだ!」
「3枚に卸してあげるわ!」
「ふっ……若いんだから間違うこともあるさ。小さいことに囚われていると大きなことを見失うぞ?」
「それが小さいことをネチネチ言ってたやつのセリフ!?取り敢えず一発斬らせなさい!」
「せめて殴るにしろよ!ぐへっ!!」
「ふん、じゃ~殴ることにしたわ」
「お、お手が早いことで。いっつぅ~」
「それで、あなた日本人なのよね?助けてほしいんだけど?」
「俺も目の前の暴力女から助けて欲し、いえいえ。何でもありません」
秋宮伊吹が剣を抜く構えを見せたので慌てて言い直した。
「日本人ってのは前世での話な。今はトキニア=ゼペルルクスだよ。日本からわざわざ遠いところまでようこそ。歓迎はしないけど、楽しんでってね」
「何よ、それ。前世だろうが、同じ日本人が困ってるのよ。少しくらい助けてくれたっていいじゃない!」
「ふむ。見返りは?俺にメリットでもあるのか?」
「な……何よ!見返りって!?」
「ちなみに金は持ってるぞ?日本円にすると億単位で。体ででも払うか?」
「な、なんで私が体を差し出さないといけないのよ!?」
体を隠す秋宮伊吹を上から下、そして胸に目が止まりトキはふっと嘲笑う。
「なっ!人の体を見て笑うなんて!失礼ね!そんなことするわけないでしょ!」
「だ~か~ら~。なんで俺がお前らを助けなくちゃならないんだよ」
「そ、それは同じ日本人として……」
「はぁ~。それは助けてもらう側の事情だろうが。それに同じ日本人ってだけで助ける日本人っていると思うか?いるとしたらよっぽどの馬鹿か、何かしら裏の思惑がある人間しかいないだろう、そんな奇特なやつ」
「私たち!殺されそうなのよ!?」
「殺す、殺さないって話はよくある世界だよ。行き着いた国が帝国ってんじゃ尚更な。ご愁傷様。それに言っとくがな、俺も今まで3桁の人間を殺してるぞ?そんな人間に助けて欲しいのか?あんたは」
トキの告白に秋宮伊吹はえっ?と驚愕する。
「う~ん……あんたらこの世界のこと本当に知らねえんだな。今まで何してたんだよ」
「だって!監視されて、戦う訓練ばっかり強要させられてたから……」
「にしてもやりようはあるだろう?現状に悲しんでばかりで理不尽だと嘆いて赤の他人に可哀想な私たちを助けてくださいって、お前らどんだけ甘いんだよ」
「だって!……だって……」
「だってじゃねーし。そんなんで非協力的な俺に構ってる暇があるなら違う人間から情報を聞き出すか、脱走でも企てた方がずっと有意義だよ」
「脱走は……人質に半分の生徒が帝都に残されてるから、それはできない」
「ふ~ん。他人の命を気遣うとは随分と余裕があるんだな」
「クラスメートなのよ!?見捨てられるわけないじゃない!」
「本当に余裕がないなら、例え……家族であろうが大切な人であろうが、見捨てるしかないんだよ」
トキの空虚な瞳に秋宮伊吹はなんとなく察する部分を感じていた。
「あなた……」
「まっ、俺がお前らと関わるとしたらだ。お前らがカルティア王国に戦争をふっかけてきた時だけだ。そんときは……日本人であろうと女であろうと、殺すからな」
トキの殺気に秋宮伊吹は2歩後ろへと後ずさりした。
本能的に剣に手を当て、同時にトキの底知れぬ実力に恐怖していた。
(こ、怖い。ダメだ。この人に敵対しちゃ……)
濃厚と言える圧力をトキが解除してようやく強ばる体から力を抜く。
体中から汗が吹き出していた。
「座間権太に伝えとけ。これ以上俺に関わるな、ってな。まだチョロチョロするなら潰すぞって言っとけ」
それきりトキは口を開かないようになった。
話は終わりとしっしっと手を払って席に戻るよう促す。
言いたい放題言われた秋宮伊吹もこれ以上は無駄と悟り、トキから離れていく。
(ちゃんと伝えてくれるなら、こいつらもちったぁ自分たちで考えるだろ。にしても、秋宮伊吹は助けて助けてって被害者ぶりがひどいな。こんなんじゃ~長くは生きられないだろうな)
表向きは静かな帝国だが、それも近いうちに動き出す可能性は多いにあるとトキは踏んでいた。
その急先鋒として彼らが駆り出される日も近いとトキは予想するのだった。