91話 開会セレモニー 交錯
新暦1348年 ガレリア大陸 アルゼン帝国南東部 コロムロ
コロムロを治めるゲッサントゥ辺境伯家の所有する迎賓館にて開会式と開会セレモニーが開催された。
ありきたりな挨拶などが終わって立食形式の談話がされており、各学園の生徒が思い思いの時間を過ごしていた。
出場選手だけでなく補欠やサポートメンバーも出席しているため生徒だけでも200名を超え、かなり大規模なパーティといった感じだ。
「おい、ユユ。これめっちゃうまいぞ」
「ケリー、そんなにがっつかなくてもなくならないわよ」
「ケオランって一応貴族の出だよね?」
「貴族らしい品格は皆無だよな」
「トキもチーグルもこれ食ってみろって。まじうまいから」
「あっ、すごいおいしい」
「まぁ確かに。こっちは川魚か?やっぱ地理的に魚介類が手に入りやすいんだろうな」
「川を上って海鮮魚も入ってくるんだろうけど、まぁうまけりゃどっちでもいいだろ」
「庶民の意見だな」
「そうだね。ところで、生徒会長やイリアさんは?一緒じゃなくていいの?」
チーグルが辺りをキョロキョロ見渡してトキに尋ねた。
トキは会場の前の方にいる生徒会メンバーをあそこにいるよと親指で指さす。
「ああ、二人は生徒会として他んとこに挨拶回りしてるよ。俺は一般生徒なんでパス」
「わざわざ自分から面倒事を起こしたくないというその精神は無駄なものだと思うけどね」
ふふんと腕を組むユユは自信たっぷりにそう言うので、チーグルがどうしてとその理由を聞く。
「そりゃ~個人戦優勝最有力候補であるトキに皆注目しているからよ。さっきからあちらこちらで噂になってるんじゃない?」
確かにここに来てからというもの好奇の視線にさらされていることには気づいていた。
話しかけてくる者はいないが、珍獣を見るような扱いが不快でないはずがない。
見てるやつらにガン飛ばしてやろうかと思っていると、エレスたちが他校の生徒を連れてこちらにやってきた。
「トキ君、タルム魔法学園の方があなたにご挨拶したいそうよ」
「こうしてお話するのは初めてになりますね。私はタルム魔法学園生徒会長のエイラ=タンです」
この中では一番背の低いイリアよりも小柄で、紺色の髪を後ろで三つ編みにした小動物系の可愛らしい女の子だった。
ちょこんとお辞儀する様は世界最小のなんとかトビネズミを彷彿させる。
トキも当たり障りなく自己紹介をすると後ろにいた男子生徒が前へ出てきた。
「彼はライ=エン。ゼペルルクス君と同じ2年生で我が校のエースです」
「よろしくな」
ライ=エンは黄がかった茶色の髪を短く刈り上げてトップはツンツンにしたソフトモヒカンで、つり上がった目と爛々と輝く蒼い瞳がトキを捉えて離さない。
直情で好戦的というイメージを抱きながら握手を交わす。
「よろしく。ちなみにだけど、雷魔法って使える?」
「それは交流「おう、使うぜ。」……はぁ」
エイラ=タンがあとのお楽しみ的なことを言ってはぐらかそうとしたが、ライ=エンはトキの目を見たまま満面の笑みで正直に答えた。
ライ=エンの扱いには苦労しているようだ。
「そっか。人が使う雷魔法がどんなものか楽しみにしてるよ」
「そういや、ここに来る途中で鳥王サンダラーシスと出くわしたとか聞いたけど本当か?」
「耳が早いな。馬がいたから逃げるのがやっとだったよ。まぁ雷対策も最後の方で掴んだから、次に一人でやりあったら6-4で勝てるとは思うけどな」
「……マジで?」
「ま~悪くても五分五分くらいか?そんな無茶する気はねーけど。……俺を倒そうとするなら鳥王を超える攻撃でかかって来いよ?」
「うっは。よ~し、吠え面かかしてやるぜ」
(あれくらいの挑発に乗って真正面から来てくれるとありがたいんだけどな。あいつとは1回戦か最後の方で当たりたいな)
タルムとの挨拶が終わったと思えば、続けてクロウリアの生徒会長らがやってきた。
どいつも揃って特徴のない感じの優等生ぞろいだ。
清々しいまでの笑顔で挨拶された。
(いやいや、油断は禁物。この生徒会長だってなんか胡散臭い感じするし。って、あれ?例のババアの孫ってのがいないな)
「学園長のお孫さんが大変優秀だと聞いたのですが、生徒会のメンバーではないのですか?」
「え、ええ。彼女は自由奔放な性格でして、こういった席をあまり好まないのです」
この話題になった途端、生徒会メンバーの表情は嫌悪感を滲ませた。
どうやら性格に難アリのようである。
クロウリアが終われば次はヒッポフが来た。
順番待ちでもしているかのように矢継ぎ早にやってくる。
だが、ヒッポフは生徒会長のロッペン一人だった。
「うちの生徒会メンバーは問題児ばっかでね。俺はあいつらのお守役なのさ。まぁ見たらわかると思うが、精神衛生上見ないほうがいいかもしれん。あぁ、早く卒業したい。さっきも――」
最後にはトキに愚痴をこぼすだけになっていた。
適当に相槌を打って、大変そうだなぁとロッペンの陰った背中を見送った。
あと一つくらいかと思っていたのだが、アリジニステンだけは挨拶にこなかった。
来ないなら来ないで万々歳と、ケオランたちと一緒に食事を楽しんだ。
出される食事はどれも美味しくて腹一杯になり、少し休憩を取ろうと壁にもたれて飲み物片手に会場を見回す。
だいぶ打ち解けてきたのか他校の生徒と話をしている者が目立つようになっていた。
そんな中で赤いローブを着た一団だけはひとかたまりになっている。
いや、ひとかたまりではなく二つのグループに別れているようだ。
ひとつは賑やかに談笑しているグループ、もうひとつは黙々とお通夜みたいに食事をしているグループだ。
(ん?……あれは)
そこでトキは静かなグループを見て違和感を覚えた。
そのグループは皆が皆、黒髪黒目だったからだ。
髪型の違いがあったり茶髪の者も混じってはいるものの、多くの者が黒目のように見える。
この世界において髪や瞳、肌の色や顔の作りは様々だが、それによる差別などはなく全て同じ人間として見られる。
この世界に生を受けて十余年。
派手な色やくすんだ色など十人十色だが、基本的には遺伝する傾向にあり、家族で並ぶと似た色で統一される。
だが、家族以外であのように似た人物が揃うなど滅多にない。
(揃いも揃って黒髪黒目の東洋人っぽい顔だな。よし……)
トキは意気込んで行動に出た。
次はデザートにしよう、と。
(無視だ、無視。だって~面倒そうな匂いがプンプンじゃないですか~)
彼らが何者なのか気にならないわけではないが、それとトラブルに巻き込まれるリスクを天秤にかけると、トキの中では圧倒的にリスクの方に荷重がかかったので仕方がない。
古代の遺産を探しているアルゼン帝国、煌闇龍の遺跡にあった日本語、東洋人風の十数名、これだけキーワードが揃えば聞かずとも予想はついた。
日本語を見たときに考えたことの結論があの者らだと思ったのだ。
(こっちは一人だったのに、あっちは皆仲良くってか。だいぶ楽じゃねーか。羨ましいとは思わないけどな)
彼らがアルゼン帝国でどのような環境にいるのか、その表情を見て嫉妬する気持ちは消え去った。
この世界で生きることを決め、仲間もできて目的を持つこともできたトキに比べると、彼らは希望や夢を持って生きているようには見えない。
トキの中では嫉妬とは別に、段々と怒りが生じてきていた。
(生きようとする気概もねー。私たちは世界一不幸な人間なんです、可哀想でしょってか。ざけんな)
八つ当たりだとわかっているが、二度も家族を失ったトキにとって彼らの顔は気に食わなかった。
そして、彼らを見て自分のことを省みる。
(俺が人を殺すことを戸惑わないのはこの世界のせいだけじゃないのかもな)
今まで殺めてきた人たちにも家族や恋人がいる者もいただろう。
トキの知らぬところで、トキのせいで悲しんでいる人間もいるはずだ。
(どっかの誰かが不幸になろうと、無意識の内に俺自身の境遇が躊躇いをなくしているのだろうか?)
自分も不幸だったんだからお前たちも不幸になってもいいだろう、構いやしないと。
憎しみを撒き散らすだけの存在に成り下がってはならない。
だから、トキは線引きをする。
(でも、それも自己満足でしかないよな。ま~人間なんてエゴの塊だし。それが俺なんだから)
前世の倫理観で見るなら、罪の意識に囚われるとこれからの人生をそれだけに費やさねばならないほど自分は罪深いと思う。
だからせめて、殺される覚悟だけは持つようにしておこうと自分の中で結論づけた。
思考にふけていたトキにケオランが声をかけた。
「な~に考えてんだよ。お前の姫君が困ってるぜ?ナイト様の出番じゃねーのか?」
「あん?」
そう言われて見ると、エレスたち生徒会メンバーがアリジニステンに挨拶をしているようだった。
相手は賑やかに話していたグループの方で、どうやらあちらに生徒会メンバーがいるらしい。
その中心人物かと思われる赤髪の男子生徒がエレスに対して何やら話し込んでいた。
「どした?普通に話してるだけだろ?」
「いや~さっきからイリアちゃんとルウ先輩がこっちをチラチラ見てくるから何かあったのかなと思ってな。様子も困った感じだし。ほら、また」
よく見ると、イリアの態度は少しオロオロした様子でルウは目を細めて渋い表情をしている。
ファエルたち男性陣は不快な表情でアリジニステンを睨んでいた。
「ふむ。相手は貴族か?まぁ俺が出るのもおかしいだろ」
「大人だね~トキ君は。流石の余裕ですな」
「まぁ確かに、エレスとイリアはこの中でも飛びっきり美人で可愛いよ?ダントツだという意見も同意するし、目がいくのは仕方ないとも思う。けどな、あんなんにいちいち殺気立ってたらキリがねーよ」
「誰もそんなことまでは言ってねーけどな。ただ、このまま……あっ、握手してる。あれもセーフ?」
「ふっ、男の嫉妬ほど見苦しいものはないんだぜ?」
「あっ、今度は握手した手を両手で撫でてるぞ」
「ま、ま~あれくらいはね」
「おっと、肩タッチ入りました。横並びになりましたよ?危険な立ち位置です」
「お、大人の余裕というものデスヨ」
「おやおや、とうとう腰に手を回してどこかに連れ出そうとしているぞ?」
「……殺す」
「男の嫉妬は見苦しいのでは?」
「女を守るのは男の務め。殺ってきます」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
エレスたちはかなり目立つほどの声を出しており、周囲には人だかりができていた。
トキは殺気を出して、一直線に向かう。
野次馬はそれに身震いをしてトキに気づき道を空けていく。
「ですから、お断りすると申し上げております」
「何を言う。帝国の大公爵家に名を連ねるこの私が言っているのだ。至高の喜びであろう」
押し問答をしている最中にトキが割り込んだ。
エレスの肩に回している腕を払い除けてエレスを抱き寄せ、男に冷ややかな視線を向ける。
「貴様、私を誰だと思っている!?大国アルゼン帝国のフォールセム大公爵家嫡男アイシュタット=フォールセムだぞ!」
「てめーがどこの誰だろうと関係ねーよ。俺の婚約者に手を出すやつは区別なく排除してやる」
その言葉にエレスは顔を赤くしてトキの肩に頭をのせる。
エレスの頭にトキも首を傾け、男を見ながらニヤリと笑った。
お前なんぞお呼びじゃないとしっしっと手を払うと、男は顔をエレス以上に真っ赤にして激昂した。
「貴様ぁ、帝国大貴族たるこの私にそのような振る舞い。許さんぞ!!」
「だから、お前がどこの誰だろうが知らねーつってんだろうが。許さんのは俺の方だ。俺に喧嘩売ってただで帰れると思うなよ」
両者に緊張が走る。
周囲の人間も同様で危険な雰囲気を察知していた。
「二人共それまでにしなさい」
二人の間に割って入ったのは初老の男性だった。
誰だよこのおっさんというトキの疑問はすぐに解消された。
「スカンビーノ=テルステッド公爵……あなたは帝国貴族が侮辱されたというのに見逃せとおっしゃるのですか!?」
「先程のはアリジニステン魔法学園学園長としての言葉です。ここは他校の生徒、しかも婚約者のいる相手を口説くような場ではありません。国を代表してこの場にいることを忘れてはなりません。それに、帝国貴族という高潔な血筋が為す振る舞いと結果を以てすれば、相手の方から寄ってくるものですよ。君の行動は果たして国を代表する帝国貴族として相応しいものですか?」
アイシュタットはその言葉に顔をしかめて口を閉ざした。
トキはテルステッド公爵という学園長を注意深く観察していた。
(このおっさんはどっちかね。身分を笠にして帝国を上位存在として捉える勘違い野郎か?場をわきまえている分、常識はあるっぽいが……)
もし前者でなければ、独裁的な専制主義の軍事国家において上位貴族としては稀有な存在であると言える。
学園長はアイシュタットの様子に一度頷き、トキに向き直った。
「君も他国の貴族相手に挑発的な行動をとることは控えなさい。帝国だけでなく他国においても、身分というものは隔絶された壁となっているはずです。自分だけでなく周囲の大切な者も巻き込むことになりますよ」
「家族は皆、魔物に殺されました。ですから私はもう大切な者を失わないために守るだけです。それと、私も一応貴族です」
眉をピクっと動かしてトキを注視しながら学園長は問いた。
「君、名前は?」
「カルティア魔法学園2年、トキニア=ゼペルルクス名誉男爵と申します。テルステッド公爵閣下」
「……なるほど。先ほど言ったように今の私は学園長です。君も学生らしい行動をとるように。そうそう、腰に差しているものはこの場に相応しくありません。閉会の時は外しておきなさい」
学園長はローブで隠しているトキの短剣を見抜いていたようだ。
いつでも抜けるように準備していたトキは驚くこともなく、へ~とただ感心していた。
(剣魔十傑でもないのになかなか抜け目のないおっさんだな。学園長を任されるだけはあるってことか)
学園長がこの場を去るのを見て、アイシュタットは舌打ちをしてから取り巻きの連中を引き連れ会場を後にした。
トキを見る目には反省の色はなく、睨みつけて覚えておけと暗に告げていた。
騒ぎが収まってふぅとため息をついたトキにエレスが謝罪と感謝を述べる。
「エレスが悪いわけじゃないんだから気にするな。お前は俺が守る。言ったろ?」
エレスの頭を撫でながらトキは笑いかけた。
そっとエレスは抱きついた。
小声でキスして欲しいと言われて後でなと返す。
いちゃつきだす二人に嫉妬や羨望の視線が向けられる。
その中には黒髪黒目の集団からのものもあった。
(いいな~あいつ。人生楽しんでそうで。それに引き替え俺たちは……俺は……何してんだろ……)
座間権太はたったひとりの友人をなくしたことから立ち直れずにいた。
元の世界に戻ってもエックスはいない。
目的も希望も潰えた座間権太は死ぬ勇気もなく、毎日を無生産に生きるだけだった。
そんな彼らに救いの手を差し伸べる者はいなかった。
だが、彼らに選択肢を示す者はいた。