88話 闘技都市コロムロ
新暦1348年 ガレリア大陸 アルゼン帝国南東部 コロムロ
アルゼン帝国とタルム女王国の国境沿いに流れるアウロ川とインロ川。
その二つの川の源流沿いにコロムロという町はある。
帝都アリジニステンの闘技場で行われる魔闘技大会は賭博と白熱した戦いが繰り広げられており、国民に多大な人気を誇る。
300年前の戦争停滞期における兵士のストレス発散の場として始まったとされていて、その苛烈な戦いに魅了された当時の皇帝が闘技場を建設したことによって国民の関心を集めることになった。
コロムロを含む南東部一帯を領地とするゲッサントゥ辺境伯も代々熱烈なファンで、自分の領地でも魔闘技大会を開催したいと考えていた。
そして、現在より5代前の当主が家の財産を全てつぎ込んで作ったのがコロムロの巨大闘技場だった。
借金まで抱えて作られた王都を凌ぐ巨大闘技場に他の貴族は嘲笑して見ていた。
作られた当初は閑古鳥が鳴くような状態だったが、コロムロは地理的な面で王都よりも行きやすいと、タルム、ナルビス、カルティアから腕に覚えがある者が集まってくるようになった。
人が集まれば金も集まってくるようになり、辺境伯家の借金はみるみるうちに消え去り、闘技場を中心に街が形成されていった。
腕っ節を買われ辺境伯家のお抱えになり、帝都で開催される魔闘技大会優勝者をも輩出するようになった辺境伯家とコロムロの名は帝国中の誰もが知ることとなった。
荒れくれ者が集うコロムロの町だが、優秀な闘技者を抱える辺境伯家が警備隊を形成しているため治安はすこぶるよく、辺境伯家の領兵軍も屈強として知られている。
町はまだまだ発展途上の段階にあるようで、防壁の外側にはむき出しで家が並んでいて、今建設中の家もいくつか見受けられる。
さらにある程度発展すれば新たな防壁を作ることになるだろう。
そんな町並みを見ながらトキは防壁の門までやってきていた。
門兵に通行証と身分証明書を提示するとすぐに通された。
防壁の中の町は整備が行き届いているようで地面も石畳が敷かれている。
先ほど聞いた案内によれば、四角い闘技場の西側に交流戦出場者たちの宿舎や開会式、閉会式用に貸し出される辺境伯家の迎賓館があるらしい。
出発前に聞いた予定では、初日に開会式と開会セレモニー、2日目に研究の部と魔法の部、3日目に戦闘の部前半戦、4日目に戦闘の部後半戦、5日目に閉会式と閉会セレモニーが催される。
まだまだ時間はあるが、今日は疲れたのでゆっくり休むことにした。
翌日、朝のトレーニングを終えたトキは闘技場まで下見に来ていた。
街中はカルティアの王都並に活気づいていたので、朝食に買った果実を齧りながら店主に聞いてみた。
「このコロムロって町はいつもこんなに賑やかなんですか?」
「なんだ、坊主。コロムロは初めてかい?」
「ええ、魔法学園の交流戦のために来ました」
「お~あれか。あれも注目度は高いな。よし、じゃあちょっと教えてやろう」
店主が言うには、コロムロでは週に1回魔闘技大会が開催されており、月末に月間王者が決定される。
出場資格は特にないらしく、女子供老人が出場することもあるとか。
年間王者は年末に月間王者になった者で争って決定され、辺境伯家からは月間王者は白金貨10枚、年間王者は50枚が贈られ、辺境伯家に仕えることできる。
その他、王者になった者は高級宿泊施設の無料利用権、武具や治療の無償提供、コロムロ定住者には税金の免除など貴族のような特権が与えられる。
一攫千金を狙って人が集まっており、今日は先月の月間チャンピオンが出場してくるらしい。
出場には金貨1枚、観戦には銅貨1枚、賭博金額の1割は辺境伯家がもらう仕組みだ。
月に300~500の出場者が試合をし、観客はいつも満員だという。
ざっと計算してみても褒美は出場者と観客の金で相殺されて、賭け金の1割が丸々辺境伯家の懐に入ることになる。
一人平均銀貨1枚賭けるとすれば年間白金貨1000枚は軽く超えるだろう。
魔闘技大会だけでこれである。
辺境伯は笑いが止まらないのではなかろうか。
ファウスタイン侯爵家よりも確実に資産を持っているだろう。
店主の説明に礼を言ったトキは魔闘技大会を観戦することにした。
週一で行われる今日の試合は10人毎で行うバトルロワイヤル方式の予選会7試合のようだ。
闘技場の案内を見ていると、大きく張り出されたオッズ表に人が群がっていた。
人垣から離れて見てもわかる大きさで、一番人気は第6試合に登場するウェッジ=ダラーという人で1.1倍という圧倒的な倍率だ。
他の試合も含めると倍率は4.5~160倍といったところなので彼が最有力候補で間違いないのだろう。
賭けるつもりはなかったが、賭博は15歳以上からという注意書きがあった。
気にせず闘技場の中へと進む。
トキが購入した入場券は一般料金銅貨1枚だった。
トンネルのような通路を抜けると試合場を囲む壁があり、横に抜けて階段を登っていく。
外からもよくこんなもの作ったなと関心したが、中から見ても闘技場はかなりの大きさがあった。
試合スペースは50m四方ほどの正方形をした造りで、地面は黒っぽい石畳が敷かれ、周囲は3mほどの厚い壁に囲まれている。
壁の外側は通路となっていて、壁より高い位置から観客席が階段状に並ぶ。
一般客席は仕切りがないため他人との距離が近い。
各方の中段には貴賓席のような区切られたスペースがあるので、金を払えばああいった席を取れるのだろう。
トキが座る南席も次第に埋まってきていた。
観客席は満員御礼となり闘技場内は騒々しくなっている。
そうしているとアナウンスのような声が会場に響いた。
『皆様大変長らくお待たせしました。只今より、今年の第7期2節、コロムロ魔闘技大会予選会を開催致します!』
盛大な歓声と拍手が闘技場に鳴り響く。
オークションでも用いられていた拡声の魔道具を使用しているようだ。
アナウンサーが賭博の投票締切を告げ、試合のルールを説明しだした。
1試合10人制のバトルロワイヤルで、試合場内であれば武器、魔法、なんでもありだ。
勝者は1人のみで、敗北宣言をするか四隅にいる青い服を着た審判が戦闘続行不可能を判断した場合に負けとなる。
審判に攻撃を加えた場合は失格となり、罰金が課せられる。
致命傷を受けた場合は怪我は負わずに気絶するらしく、試合場内をそういった結界魔道具で囲っているらしい。
といっても、腕を切り落とされたくらいでは気絶することはなく、治癒魔法を受けることになる。
四肢を欠損した場合、治癒魔法で元通り戻るということはないため、出場者はそれだけの覚悟が必要だ。
帝都アリジニステンの闘技場にはこういった魔道具がないため、かなり血なまぐさいことになるらしく、最近では比較的安全なコロムロに戦士は集まる傾向にあるとか。
最後の方は隣に座った中年男性が連れの男性に説明しているのを耳にしたことだ。
『それでは第1試合に参りましょう!強者たちの入場です!』
東側と西側の壁が横にスライドして入場口が開き、5名ずつの戦士が試合場に登場した。
長剣、大剣、短剣、斧、槍、重装備の者からローブのような軽装の者まで様々だ。
その装備から推察するに魔法を使えない、または使わない者も出場してくるようだ。
『第1試合、はじめっ!!』
その合図でそれぞれが狙った相手に飛びかかる。
盾と短剣を持った男が魔法使い風の男に突撃する。
魔法使いは土魔法で大きな土石を発射し相手を盾ごと吹き飛ばした。
その男を横から斧を持った男が腰の手斧を投擲して見事頭に命中させた。
悲鳴のような歓声が起こるが、血は飛ばず男はガクッと糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
その斧の男を背後から長剣を持った男が斬りかかるが、横に回避されて反撃を喰らう。
強烈な斧の横薙ぎを剣で防ぐが、剣身が叩き折られてしまった。
構わず折れた剣で切り上げるが、間合いが合っておらず斧の男はニヤリと笑いながら踏み込んできた。
しかし、折れた剣身の先に風属性であろう魔法の刃が現れて斧の男はバッサリと斬られてしまった。
これも致命傷と判断されたようだ。
どこもかしこも大乱戦となっており、瞬く間に人数が減っていった。
最後は重装備の男がハルバードのような武器で長剣の男を吹き飛ばして勝利した。
勝者には盛大な拍手喝采が贈られた。
その後の試合も似たような試合だった。
倒した者を倒すと背後からやられ、と食物連鎖のような具合だ。
トキからすれば泥試合といったように思えた。
交流戦がトーナメント方式でよかったというのが一番思ったことだ。
ちなみに、1番人気を博していたウェッジという人は開始早々に小柄な拳士に一発KOされてしまった。
その瞬間、闘技場内は悲鳴と怒号に包まれ、一部の人だけは狂喜乱舞していた。
その試合はウェッジを倒した拳士が勝利し、ここ数年で一番となる148倍という超高配当を叩き出した。
そんな大波乱が起きたため、その後の今日最後の試合は盛り上がりに欠ける消化試合のようになってしまって、頑張った勝者がとても不憫に思えた。
(ま~こんなもんか。C、Dランクくらいが主で、勝つ奴はB~Aランクってとこか。実力を全て出していない奴もいたかもしれねーけど、大したことねーな)
トキの興味はなくなってしまった。
(俺なら1分かからずに終わらせれる)
収穫といえば致命傷を受けないという魔道具を実際に見れたことくらいだろう。
地理的条件が大きく違うこの町から参考にできることは少ないかもしれないなと残念がった。
翌日以降、トキは町の外で朝のトレーニングと魔法、剣術の修行をして過ごすことにした。
体力と魔力が尽きるまで走り、剣を振って魔法を出し続ける。
それを2日続け、1日は朝のトレーニングだけであとは休むというサイクルを回していた。
交流戦まであと10日となった日、毎度のように宿舎から外へ出かけようとすると、カルティア魔法学園ではない学園の生徒が入口の外で立ち並んでいた。
カルティアのローブは白だが、目の前にいる生徒たちは黄色と乳白色のストライプ柄をしたローブを着用している。
どうやら今到着したばかりらしいが、タルム魔法学園のローブ(確か青色)しか見たことがないのでどこの学園かはわからない。
彼らもトキがどこの生徒かわからない様子だ。
「おはようございます。私たちはサルンガ共和国のヒッポフ魔法学園の生徒です。私は生徒会長のロッペン=キンオニアと言います」
ごつい体格の男子生徒がトキにそう言って握手を求めてきた。
トキとて平均よりは高いはずだが、ロッペンはおよそ14,5歳とは思えないほど横にも縦にも大きかった。
体格もそうだが、顔もかなり老けて見える。
「私はカルティア魔法学園のトキニア=ゼペルルクスです。私は別行動だったので、他の生徒はまだ到着していません。よろしくお願いします」
「ほへ~」
「ふへ~」
「…………」
ロッペンはニヤリといかつい顔で笑いながらよろしくと言って宿舎に入っていき、他の生徒もそれに続いた。
ハクに跨ったトキは予定通り町の外へと出かけていった。
それを宿舎の中から見ていたロッペンが数名の生徒と話していた。
「あれが、噂の銀翼か。まさか着いて早々会うとはな」
「会長~顔いかつ過ぎですぅ~」
「会長~顔気持ち悪いですぅ~」
「こら、ヒルコもキルコも、人にはどうしようもできないことはあるの。そういうのは心の中でだけ言っておきなさい」
「「は~い。」」
「ったく、お前ら……。フォート、お前はどう思った?」
「ん~~んん~~~ふんふふ~ん~~~~♪」
「話を聞かんか!まったく、なんでうちは変なやつがこうも多いんだ」
「会長、心配ありません。全て計算内の小事です」
「お前の計算が合う日が来るとは到底思えないんだが、クインサ?」
「それも計算のうちです」
ヒッポフ魔法学園では問題児を生徒会に無理やり放り込み、生徒会長であるロッペンにそのお守りをさせるという実情を抱えており、ロッペン自身は交流戦前にはストレスで心身共に疲れきっていた。
連帯感皆無のメンバーにロッペンは大きなため息をついて空を見上げ、故郷のことを思い出した。
「早く卒業して田舎に帰りたい……」




