87話 鳥種の王
新暦1348年 ガレリア大陸 ゴウホウ山地北部上空
ゴウホウ山地を連ねる山々の峰が雲を突き抜けて天まで届けとばかりにそびえ立っている。
所々緑の見える岩山が白い大地から生えているかのようだ。
仙人が住んでいそうな幻想的な光景を目の当たりにしながらトキは空を飛んでいた。
空は曇りの午前のことである。
突如ハクが首を振ってヴルウゥゥと声をあげた。
どうしたかと思い周囲を見渡す。
すると、右側の遠くに黒い点、鳥のようなシルエットがチラッと見えた。
岩山に隠れるように止まり、他の方角も確認してみても右側以外に不審な点はない。
「ハク、さっきの鳥が気になるのか?」
ヒヒヒヒン
どうやらそうらしい。
こっそりと岩陰からのぞき見る。
まだかなり距離があるのでなんとか鳥のようだとわかる程度だが、先ほどより見えるようになっているのでこちらに向かってきているようだ。
いつもは相手が1匹ならギンに任せることが多いが、今は生憎とお留守番だ。
弱い相手ならハクに乗ったまま遠距離攻撃で対処できるが、強い相手なら動きを制限されるハクは格好の的となってしまう。
もう少し様子を見てどんな相手か、こちらに気づいているか確認してみることにした。
まずいことになれば雲海の下まで退避しようと考えた。
観察しているとハクの落ち着きがなくなってきた。
しきりに首を振って足踏みしながら警戒するかのような鳴き声をあげる。
ハクの耳はぺたっと後ろに伏せていて、こんな仕草を見るのは初めてだった。
距離が1km切ったくらいでトキも違和感を覚えた。
まず相手の大きさが巨大すぎる。
これだけの距離にしてギンを大きく上回っているように思える。
さらに鳥の体が時々光っている。
ハクはあの光を見て気づいたのだろう。
なにやらヤバそうな相手ということがわかり、トキも行動を決めた。
「ハク、逃げるぞ。まずは岩山を盾にして雲海の下へ」
ブルゥゥゥ
トキたちは急速に高度を下げていった。
雲海を抜けると、下は岩山となっていて緑がほとんどなかった。
隠れるなら岩陰くらいしかなさそうだ。
ハクはこれくらいの岩場なら平然と走ることができるので、地面に降り立って素早くハクも隠れるほどの大きな岩の後ろへと隠れた。
もし、先ほどの鳥がトキたちを見つけて追いかけてきたなら、ものの数分で現れるだろうと固唾を呑んで上空を見守る。
すると、トキが見ていた方向から若干左にずれた雲の間から巨鳥が姿を現した。
ギャアアアア
絶叫のような鳴き声が岩山に木霊する。
(ちっ、悪い予感が当たった。あれって確実に鳥王だろ)
暴風竜クラスの大きな翼を持ったその巨鳥は赤い目、灰色の嘴と2対の角、黒い翼と体毛を持っていた。
口から除く大きな牙と角のせいで、その顔は鳥というよりも竜のそれに近い。
体の周りではしきりにバリバリと放電しているのが見える。
『鳥王 サンダラーシス』
SSランクに分類される鳥種の魔物。
スカイアウァーと並び鳥王と呼ばれる巨鳥。
鳥種にはあまり見られない角や牙を持ち、その最大の特徴は雷を身に纏って攻撃してくる点にある。
それが魔法なのか何かしらの発電器官を持っているのかは不明だが、雷によって自分が傷つくことはないと言われる。
ゴウホウ山地を縄張りとしており、高高度を巡回し侵入者を排除する。
それゆえ目撃例は少なく、人的被害は他の王に比べると少ない。
(不味い。不味すぎる。放電ってどんだけ高い電撃出す気だよ。空気中を伝導するほどの電圧って一体何百万vですか?)
よりにもよってトキが負けると評していた雷使いに喧嘩を売られてしまった。
明らかに鳥王の行動は敵対者を発見してのものである。
トキたちを探しているかのような様子だ。
(んな喧嘩買いたくないっす。あっち行け。頼む、頼む)
トキの祈りに答えるかのように鳥王は横を向いた。
助かったかという思いを抱いた次の瞬間、鳥王は渦を巻くように下から上へ鋭く回って翼を叩き込んだ後、バッと翼を広げて大きな声で吼えた。
ギュウアアアアアアアアア
うるさいと耳を塞ぐ。
鳥王の体からおよそ生物からは発生し得ないほどの電撃が放たれる。
それは上空の雲に突き刺さり、間を空けず空のあちこちから雷が落ちてきた。
それは大自然の猛威で、トキは避けるといった反応をすることもできなかった。
たまたまトキたちの近くには落なかったが、雷が落ちた場所は岩や枯れ木が砕け散って焦げ、火が上げている場所もある。
当たればひとたまりもないだろう。
(無理、勝てねーわ。姿を見せることすら怖くてできねー。まさか暴風竜の方がまだマシだと思う日が来るとは……)
そうしてる間にも鳥王は大きな翼を叩くようにはためかして風を巻き起こし、周囲へ角からの雷撃を放っている。
先ほどの雷同様、その雷撃も反応できるものとは思えない。
ドーンドーンと破壊音が響き渡る。
不幸中の幸いなのは、暴風竜のように魔力か何かでトキたちを感知していないことだった。
戦うという選択肢はありえないので、立ち去るのを待つしかないだろう。
逃げるというのは難しいように思える。
どのくらいまで射程があるのかは不明だが、今となっては雷撃から逃げれる自信がない。
様子を見ずに一目散に逃げていればと後悔した。
仮に鳥王がギンと同等以上の視野を持っていたとすれば今動くのは下策だ。
やはり息を潜めて大人しくする他なかった。
そんなトキの思惑を砕くかのように、鳥王は羽ばたきながら左回りに旋回し始めた。
暴風竜のブレスのように限界はないのだろうか、どんどん雷撃を放ってあぶりだそうとしている。
このままだとトキたちのいる上空まで来てしまう。
今鳥王は直線距離にして100mもないほどの所にいる。
(どうする?どうすんの俺?)
現在地を考えてトキは決断する。
鳥王が尾を向けた瞬間ハクを駆けさせた。
(全速力で北へ!)
おそらくハクの全力ならば、3時間ほどでゴウホウ山地を抜けて川の源流とアルゼン帝国が見えるはずだ。
もしもそこを超えて追いかけてきたら戦うしかあるまい。
できればそれまでに追撃を振り切りたいと願った。
低空を駆けだして300mもしないうちに後方からこちらに向かった声が聞こえた。
やはり見つかったようだ。
ベルトと鞍を繋げて後ろを振り向くと、やや左後方300mくらいの上空にこちらを追いかける鳥王の姿があった。
避ける自信がなかった雷撃は放ってこない。
射程外なのだろうか。
(スピードは……ほぼ互角か、やや向こうが上ってとこか)
ハクの全力速度はそこらの軍馬を軽く凌ぎ、何よりその持久力は異常という言葉でも足りないほど豊富だ。
普通の軍馬が全力で走れるのが数分であるのに対し、ハクは10時間以上走り続けれる。
有り得ない馬、それがブースホースのハクなのだ。
それを水平飛行で同等以上に飛ぶあの巨鳥もまた異常すぎる。
そもそも鳥の限界重量をオーバーしすぎている点からしておかしいのだが、ギン同様に風魔法でも使っているのだろう。
自分のことは棚にあげて反則だと心中で叫んでいた。
魔法のおかげで空気抵抗は少ないのだが、地面(風の地面)からの衝撃まで消すことはできない。
そのため、先にへばるとしたら体力か魔力が落ちたトキからだ。
ハクの頑張りによって小一時間は稼ぐことができたが、鳥王に諦める様子はない。
しかも、ゆっくりとだが確実に距離を詰めてきている。
鳥王との追いかけっこは続き、距離が狭まってとうとう100mほどになった。
ありがたいことにトキの風の囁きの方が雷撃よりも効果範囲が広いらしい。
トキがこの状況で使える遠距離攻撃は斬撃の刃くらいだが、その射程は以前より伸びているものの40mほどが限界だ。
当たるとは思えないが牽制くらいにはなるだろう。
先程の電撃を放っていた様子から、相手の射程はどれだけ短かろうが30mはあるだろう。
なかなかアクションを起こさない鳥王だったが、直線距離50mほどとなったところで翼を叩くように羽ばたかせた。
感知魔法を発動していたトキは鳥王から雷撃とは違う物が放たれたのを察知した。
そのスピードはトキが腰から短剣を抜いて対応しても間に合うほどだった。
(羽か!?……3、4、5本!)
体を捻って叩き落とした。
すると、直後にその羽目掛けて雷撃が襲ってきた。
後方で弾けるような凄まじい破壊音がして衝撃が響いてくる。
この時すでにトキは目を瞑っていた。
(種はわかった。要はあの羽が雷撃が落ちる印になってたってわけか。なら対応はできる)
金属などの伝導体目掛けて電撃を放つと思っていたので安心した。
そう思ったのがまずかった。
鳥王は首を少し縦に振ると、今度は羽を飛ばすことなく電撃を放ってきた。
たまたま後方に向けていた剣先を電撃が襲う。
「がっ!!」
間近でそれは霧散してハクとトキに衝撃が走る。
だが、トキたちは無事だった。
暴風竜の素材で出来た装備に身を包んでいたからこそ少々しびれる程度で済んだのだ。
でなければ怪我を負い、少なくとも魔法は解除され真っ逆さまになっていただろう。
暴風竜の剣も絶縁体として一役買っていた。
(運がいい。おやっさんたちに感謝しなきゃな)
今ので雷撃の予備動作も予測できた。
もう一度雷撃を放とうとする鳥王に向かって、トキは暴風竜のではない普通の鉄製ナイフを投擲した。
雷撃は見事ナイフへと当たり今度は被害が出なかった。
(普通のスローイングナイフはあと3本、暴風竜のはあと4本。もたねーだろうな。しびれるのは覚悟の上か。いや……)
そうこうしている内にゴウホウ山地の端であろう山が見えてきた。
執拗に攻撃してくるためすぐにナイフは尽きてしまったが、トキは諦めない。
続けられる猛攻に実戦で初めて使う魔法を発動した。
『突貫の颶風』
それはまるで尖った巨大な傘を横向きにしたような形だった。
本来攻撃用であるこの魔法を今回は完全に防御魔法として展開した。
ものすごい速度で渦巻くそれは最大直径が5mほどでトキとハクを完全に覆っている。
他の魔法と違って視野が完全に塞がれてしまうがトキには関係ない。
鳥王の雷撃に備えて念のため剣先を向ける。
放たれた電撃は突貫の颶風の先端に当たり、傘の形に沿って霧散した。
トキにはその詳細は把握できなかったが、ダメージがないということがわかり口角が上がる。
(これで耐え凌ぐことができる。あとはどこまでついてくるか、だな)
それから数度の攻撃を凌ぎ、トキたちはゴウホウ山地を抜けた。
鳥王はその時点で追走を止め、大きな声を上げて停止した。
ここにはもう来るな、出て行けと言っているかのようだ。
追撃を振り切ったトキは地面に降りてハクを労った。
「すまなかったな、ハク。俺の判断ミスだった」
ブルルゥゥゥ
右手には川があり、それをたどっていけばコロムロに着くことができるだろう。
空中視察をする気はもう起こらなかったトキはゆっくりと目的地に向けて出発した。




