84話 正義対悪
新暦1348年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア カルティア魔法学園
「なんでこうなったかな~。あ~めんどくせ~」
「めんどくさいとは何だ!やはりイリア嬢に相応しいのはこの私だ!イリア嬢!見ていてください!あなたの運命の相手、私ウィリアムス=リングバーグがあなたのために勝利を捧げます!」
「なぁなぁイリア~。こいつ、うるさいしウザったいから殺っちゃってもいい?」
「程々にしてあげてください。一応相手は貴族ですので」
はぁとため息をつきつつ相手を見る。
ウィリアムスは片手剣を半身になって構えていた。
周囲には200名を優に超えるギャラリーが取り巻いている。
「行くぞ!」
そう言って突っ込んでくる相手に再びため息をつく。
なんでこうなったんだっけと思い返していた。
ある日の放課後、トキはシンクから優秀な治癒士としてイリアを紹介された。
トキは苦笑いを浮かべ、イリアは困ったような表情をしていた。
どうしたんだろうと不思議に思っていたが、シンクの様子にあ~なるほどと納得してしまった。
シンクがイリアを見る目は異性として意識したものだったからだ。
気持ちはわかる。
イリアはとてつもなく可愛いし、他人に対しても柔らかい言動をとる。
惚れる男は多いことだろう。
そして、シンクはイリアがファウスタイン侯爵家のお嬢様とは知らない様子で、もちろんトキとの関係も知らなかったのだろう。
イリアと一緒に行動しているコウとライナも弱ったなぁという表情をしていた。
さて、どうしたものかとトキは考える。
シンクはすっごくいいやつだ。
相手がイリアでなければ喜んで応援してあげたいくらいに思っている。
そのため、ここで婚約者だから諦めろとバッサリ切り捨てるのは気が引けた。
友情と女どちらをとるべきか。
しかし、躊躇は一時のものだった。
「シンク。彼女のことは知ってるんだわ。彼女の両親であるファウスタイン侯爵夫妻は俺の命の恩人でな。その縁で知り合って、何ヶ月か前に俺と婚約することが決まったんだ」
イリアに言わせるものではないだろう。
ここは男としてはっきりと言っておくべきだ。
それを聞いたシンクは目を点にして、それはおめでとうという言葉をなんとかという感じでひねり出した。
心が少し痛くなったが、イリアとエレスを譲る気など毛頭ない。
両方共、両家の了承を得ていることを伝える。
シンクの顔色はかなり白くなっていたが、トキはそれ以上言葉をかけなかった。
イリアとコウは生徒会に行くということで去って行き、ライナはトキに対して仕方ないなという視線をよこしてシンクに声をかけた。
ライナに心の中で感謝する。
あまり深くハマってなきゃいいけどなと思いながらシンクの背を見送った。
それ以降イリア、エレスと一緒にいるトキを見た人が3人の関係について聞いてくると、婚約者だとおおっぴらに言うようにした。
思惑通り噂は広がっていき、入学1週間で6人に告白されたというイリアに近寄ろうとする男は少なくなった。
エレスの場合、首席は公爵という話が広まっていたためそのようなことはなかったらしい。
それでもイリアに近づく男はいたらしく、その最たる者がウィリアムス=リングバーグという今年の首席合格者だった。
トキは忘れていたが、彼が幼年学校時代のイリアにつきまとっていた侯爵家の長男だったらしい。
入学式当日も少し絡まれていたらしく、以前と変わりないようで困った様子をしていた。
そして、今日。
とうとう噂の彼がトキたちの前に現れた。
放課後の交流戦の強化訓練時にイリアが生徒会メンバーとして顔出したのだ。
イリアはコウ、ライナと少し話をしてトキのもとまでやってきた。
「トキ、調子はどう?」
「ん~正直、学園長先生にシゴいてもらう方がよっぽどかタメになるわ」
「そっか。でも他の人にとってはトキと手合わせすることがタメになると思うの。だからサボらないでね」
「ん~了解っす」
「それはそうと、トキから見て…「イリアフェル嬢!!ここにおられましたか!」
「ん?誰だっけ?あいつ。1年だよな。イリアの知り合い?」
「たぶん聞かずとも自己紹介してくれると思う。はぁ」
「あなたの騎士、ウィリアムス=リングバーグ。生い茂る雑草の中に咲く一輪の可憐な華、今もまたあなたの眩い光に誘われて参上してしまいました。おお、今日も一段とお美しい」
イリアの前で膝つきながら胸に手を添えるウィリアムスを見て、トキは生理的嫌悪感に包まれていた。
「イリア、行くぞ」
「え?あれはいいの?」
「しっ!見ちゃいけません!」
イリアを引っ張って行くトキを、さっと回り込んだウィリアムスが立ちはだかった。
「貴様、イリアフェル嬢の美しくも可憐な手を、そのような穢らわしい手で触るな」
「イリア。一応、念のため、わかっているけども、確認として聞くが、これが例の……あれか?」
ウィリアムスを指差して言うトキにイリアは頷いた。
そして、トキは顔をしかめつつ横目でチラ、チラッと見て首を振る。
「ごめん、イリア。俺、こいつは無理だ。だってこいつ見ただけで鳥肌たってるもん」
「私だって同じよ。本当に気持ち悪いもの」
情けないが正直相手にするのも勘弁なので、お互いになすりつけようとする。
それはまるで歩く病原菌のような扱いだった。
「イリアフェル嬢。あなたと並び立つにはそのような男では不釣り合いです。さぁ、この手をどうぞお取りください」
「だってさ。どうすんの?これ」
「トキの腕に抱きつきます。エイ!」
「ちょっ、イリア。胸当たってるんだけど?」
「当ててるんだけど、迷惑?」
「ん~いい感触だから許す。でもキスしたくなった」
「今は人いるからダメです」
「そいつは残念」
また後でねとイチャイチャしだした二人は周囲のことを忘れていた。
「貴様ぁ!!イリアフェル嬢を誑かしてどういうつもりだ!?」
「イリア。俺ってイリアの何ですか?」
「侯爵家公認の婚約者です」
「なっ!!?ここここここ婚約者ですと!?正気ですか!?」
「おっ、今度は聞こえてたみたいだな。奇跡って結構簡単に起こるもんだな」
「正気もなにも事実です。私が愛するのは生涯トキだけです」
そう言ってさらに腕をぎゅっと抱きしめる。
「イリアってほんとかっこいいよなぁ。そんなところも好きだけど」
もう~とさらにイチャつく二人を他所にエレスが釘を刺した。
「イリアちゃん、トキ君。時と場所を考えてください。それと私も混ぜなさい」
「時と場所を考えたら、混ざっちゃいかんだろうに」
エレスが反対の腕に抱きついてきた。
イリアがBでエレスがCくらいかなと思った。
まだこれからも成長するだろうし、楽しみだ。
両手に花状態のトキに対してウィリアムスが立ち上がって大きな声で告げる。
「カルティア王国リングバーグ侯爵家後継、ウィリアムス=リングバーグが貴様に決闘を申し込む!イリアフェル嬢を貴様なんぞには渡さん!」
そう言って手袋をトキに向かって投げるが、トキはそれをヒョイと避けた。
「そんなもん投げるなよ。明日から俺が『わたくしはトキニア=ゼペルルクス卿である』とか言いだしたらどうしてくれんだよ」
イリアとエレスは大ウケで吹き出していた。
「貴様ぁ!貴族の決闘を何だと思っている!」
「鉄貨1枚にもならんだろ、んなもん。ってか、決闘なんざ言う奴初めて見たわ。本当にあんのか?」
「ええ、もうだいぶ廃れてしまったもので最近では耳にしませんでしたが、そういった慣習はありますね。私も初めて見ましたが」
「名誉を回復するための手段として貴族同士で行われたらしいわよ。私も初めて」
「逃げてもいいんだろ?」
「そうなれば貴様はいい笑いものになるだろう!敵前逃亡というわけだ!なんだ?臆したか!?」
「ああ、それだけ?じゃ~逃~げよっと。じゃな~」
「おっと~そんなんじゃ~面白くないだろう」
「ええ、人を笑わせるのがトキのお仕事よ」
逃げようとしたトキをケオランとユユが腕を絡ませて抑える。
離せ~と暴れるトキを他の人たちも抑えにかかった。
「おっほん!ここにウィリアムス=リングバーグとトキニア=ゼペルルクスの決闘を行う!勝負は30分後!皆、それまでに観客を集めるのだ!」
ケオランの仕切りにおおおと声を上げて散っていく。
なにやら大事になってきた気がする。
去年と今年の首席合格者同士の決闘と聞いて、多くの生徒が見学に集まってきていた。
「もう逃げられんぞ。観念するんだな」
「お前さ~誰を相手にするのかわかってんのか?」
「ふん!誰であろうと関係ない!イリアフェル嬢をお救いするためならば、私はどんな難題にさえも応えてみせよう!」
だめだこりゃとトキたちはため息をついた。
いつの間にやら定刻になると200名を超すギャラリーが集まっていた。
裏切り者の審判ケオランの仕切りが入る。
銀貨30枚はおろか、あいつは面白そうならば無償でも友を売るやつだ。
「赤コゥナ~カルティア魔法学園~1年3組所属~孤高の騎士!ゥゥウィィリアムスゥゥゥゥリーーーング!バーーーーグ!」
うおおおおおおおおおおお
ドンドンドンドンドンドンドン
「続きまして~青コゥナ~カルティア魔法学園~2年1組所属~男の敵!学園ギルドギルドマスタ~トゥキニア~~~~ゼペルルクスゥゥゥゥ!」
ブゥウウウウウウウウウウ
「なぜにブーイング!?」
「この戦いは1年イリアフェル=ファウスタイン嬢並びに生徒会長3年エレスティナ=ケルスト嬢を婚約者とするトキニア=ゼペルルクスに対して、異議ありと不服を申し立てた皆の代弁者ウィリアムス=リングバーグの正義をかけた決闘であり、調子に乗っているトキニア=ゼペルルクスに鉄槌を食らわす聖戦であります!」
イィィエエエエエエエエエエエ
ドンドンドンドンドンドンドン
「だから、なんで俺が悪役なんだよ!?」
「ウィリアムス選手意気込みをどうぞ」
「私はここに宣言する!イリアフェル嬢をあやつには決して渡しはしない!」
うおおおおおおおおおおお
パチパチパチパチパチパチ
「男らしい宣言でした。それを受けてトキニア選手、どうでしょう?」
「いや、だからなん「はい、結構です。」おおい!」
「ルールは単純明快。相手を降参させるか、戦闘不能となった時点で終了とします。過度な攻撃は認められませんのでご注意ください。では、両者フェアでクリーンな試合をお願いします。……はじめっ!!」
「いくぞ!」
ウィリアムスがトキの右肩を狙って刺突を放つ。
トキは躱しながら短剣を抜いてナックルガードで剣を握る右手を殴りつけようとした。
ピイイイイイイイイ
突然笛を吹いて審判が割り込んでくる。
「トキニア選手、その武器は過剰攻撃となり得ますので、使わないようにしてください」
ブウウウウウウウウウ
「いや、俺殴ろうとしただけなんだけど」
ブウウウウウウウウウ
「使用を禁じます。いいですね?」
武器の使用を禁じられてはフェアもくそもないと思うのだが。
そんな文句も言えれない空気が出来上がってしまっていた。
合図とともに再び向かってくる相手の刺突を半身になって躱しつつ、深く突いてきたタイミングで円運動で回りながら肘打ちを相手の腹に叩き込む。
ウィリアムスが倒れたところで追撃に入ろうとした。
ピイイイイイイイイ
「スリップです。さぁ、離れて離れて」
「ちょい待て!どう見ても俺の肘打ちが決まってただろうが!スリップってどこに滑る要素があったんだよ!?」
ブウウウウウウウウウ
「スリップという判定です。ギャラリーも認めています。どうやらあなたが滑ったようですね」
「し、四面楚歌っ!?」
カーーーン
「おーっとここでゴングだぁ!」
「なんでやねん!?」
ゴングが鳴ると同時にウィリアムスの周りには人垣ができて、イスと補給水まで準備されてうちわを扇ぐ人員までいる。
それをトキは立ったまま傍観していた。
(り、理不尽すぎる……)
味方になりうるイリアとエレスは実況席に座らされている。
「ユユさん、先ほどの攻防をどう見ますか?」
「そうね、正々堂々と正面から挑むウィリアムス選手を褒め称えたいわね。相手の陰湿な攻撃にもよく耐えたと思うわ」
「なるほど~。ファスタインさんはどうでしょう」
「え~と、両方共頑張っていると思いますが、ちょっとトキがかわいそうかなぁと」
「さすがファウスタインさんですね。孤独でぼっちなトキニア選手もこれで正々堂々と男らしい戦いをしてもらえれば幸いですが、果たしてファウスタインさんの願いは届くかどうか。さぁ注目の第2ラウンドです」
ワナワナとトキの怒りボルテージが上昇していた。
ウィリアムスに対する頑張れよ、勝って、という声援が聞こえる度に怒りが燃える。
ウィリアムスが立ち上がってこちらに歩むとウィリーコールが巻き起こる。
カーーンというゴングが鳴ってもトキは顔を伏せていた。
距離を徐々に詰めてきたウィリアムスが飛び込もうとした瞬間、トキの姿が消えた。
そして、その瞬間にはウィリアムスはトキの強烈な前蹴りを腹部にくらい、後ろに吹き飛んで観客に激突する。
ウィリーコールは消え去り、静寂の中トキの声が届く。
この時にはイリア、エレス、ケオランたちは「これアカンやつや。」と一足先に退避していた。
「よーく、わかったよ。気づいてやれなくてすまなかったな。お前ら全員あれだろ?死にたいんだろ?大丈夫、ちゃんと殺してやるから安心しろな」
宙に浮いたトキは両手を振りかざして巨大竜巻を撒き散らす。
「死ねやぁぁああああああ!!」
数多くの悲鳴が魔法学園に鳴り響いたのだった。




