85話 不死鳥ケオラン=マッキス
新暦1348年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア カルティア魔法学園
治癒魔法使いがフル動員される事態になったが、あの一件で死人はでなかった。
ウィリアムスはあれ以来、トキの姿を見ると逃げ出すようになっていた。
怒りが収まらなかったトキが今度は空を飛びたいかと脅したのが効いたのだろう。
あの場にいた者は揃ってトキをからかうのは命懸けという認識を新たにした。
さらに、交流戦の強化訓練でトキに相手を頼む者はいなくなったため、仕方なく空いていればロリックの指導を受けることになっていた。
今年は学園祭がなくなる代わりに祝勝会を開く予定で、その準備は学園ギルドが主体となって受け持つことになった。
ギルドの職人たちは大忙しとなっている。
交流戦に向けて装備作成の依頼が舞い込んでいるからだ。
学生とはいえ、上級生はそれなりのものが作れる腕だし、自分の要望を取り入れれて調整もきく。
そして何より、かなりの低価格で作ることができるので学生に優しい。
これは人件費や手間賃はとらず、経験の一環として請け負っているからだ。
新入生の職人たちは簡単な手伝いや見学が主で、仕事を与えられることは少ない。
だが、皆真剣な表情で取り組んでいて、その様子にトキは満足気に頷いていた。
ちょうどいいと思って、エレスとケオランたちに暴風竜の装備を渡しておいた。
エレスには弓、ケオランには槍の穂先、ユユにはショートソード、チーグルにはブーツだ。
これには4人とも喜んでいて、それぞれ調整には本職の人を頼るよう言っておいた。
是非とも出場者となっていい成績を残してほしいものだ。
交流戦は魔道具を禁止しているが、他の装備は自由らしい。
だからといって金属甲冑など重装備で固めることはせず、軽装備に武器(と盾)というのが例年多いという。
よほど防御魔法に自信があるか相打ち覚悟でなければ、いい的にしかならないからだ。
もしトキが勝てないとすればこのタイプ、防御が固くて攻撃が効かないパターンだろう。
また負けるとすれば、トキをも上回るスピードで移動する、もしくは攻撃する相手――雷魔法の使い手などが該当する。
それでも風の囁きの精度が上昇している昨今、早々遅れをとることもないとも思っている。
しかし、雷魔法が落雷のような魔法であったならば手の打ちようがない。
その時は素直に白旗を上げるだろう。
回避不可な広範囲攻撃をされてもトキには苦しい展開となる。
疾風の鎧を防御力重視で最大展開すればかなりの防御力になるが、そうするのはトキ本来の戦い方ではない。
たら、ればの結末を迎えないためにも、そういう相手を仮想の敵として考え、2年前期の授業に取り組んでいた。
ちなみに、トキ自身氷魔法や雷魔法ができないかと挑戦したことがあったのだが、科学知識は何の役にも立たず徒労に終わっていた。
魔法ができる人はできるといったように、派生型魔法も同じことが言えるらしい。
そのため、必然的にトキが磨きをかけるのは風魔法になった。
風魔法Ⅲや魔法実践Ⅲの授業では例の貫通力のある魔法に力を注いでいた。
日頃の鍛錬によって今ではその風速は途轍もないものになっている。
横向きに展開するため、その魔法は地を削り、砂を巻き上げ、辺りに暴風を撒き散らす。
授業中にこれをすると、教師に皆から離れてしなさいと注意される。
背後以外への影響が大きすぎて、最前線にいるか味方がいない状況でなければ使えれないものになってしまった。
だが単騎であれば、これで貫通力も突進力も防御力も賄えることができるので後悔はない。
決して後悔はない。
トキが使う魔法の強さの根幹となっているものは2つある。
ひとつは豊富な魔力量。
これによって平均的な魔法使いより数十倍は魔法を持続できるし、その分鍛錬時間も増えて精度の上昇や魔力消費量の減少へと繋がっている。
もうひとつは全身から魔力を放出する技術。
疾風の鎧を代表とするこれによる魔法がトキをSSランクまでのし上げる大きな原動力となった。
魔法を発動させるには利き手から魔力を放出するのが一般的で、並列魔法のように2つの魔法を同時に発動するには利き手ではない方の手を使用する。
3つ以上の並列魔法や手以外から魔法を発動させることができる者はトキを除いて皆無である。
ロリックを例にあげると、左手で水と光の混合魔法で水伸刀非幻を、右手で微小な水蒸気を発生させ感知魔法を発動させている。
ガルツ=ルーパーの場合、知られてはいなかったが闇と光の複合魔法を右手から発動させていた。
ただ、その隠形も完全無欠というわけではなく、9割以上の側面を視覚的に惑わすだけのもので身体自体を消すことはできないし、聴覚や嗅覚、上から視線には対応しきれていなかった。
ガルツ=ルーパーは自分の隠形の弱点を熟知していたため、確実にターゲットを殺す機会を待つだけの慎重さを持っていて、感知魔法や獣の五感が邪魔と思えばそちらから排除するようにしていた。
そもそも感知魔法というのは他の魔法に比べて集中力が必要な魔法であり、それを持続しつつ戦闘するには熟練の技量がいる。
そのような相手と相対してしまったことが運の尽きといえよう。
各型の魔法についての分別と難易度は大まかに次のようになる。
固定型―固定型
―付随型
運動型―操作型―能動型
―流動型
―複合型―派生型(ひとつの魔法で6属性に属さない効果があるか、複数の効果を持つ)
―並列型―混合型(固定型に属する場合もある)
派生>混合>能動>並列、複合>流動>操作>付随>固定
(SS、S、A~F)
ただし、発動時間は全て同一とし、効果の大小によって変動する。
感知魔法を分類すると属性によりそれぞれ異なる型となるが、他のものに比べると集中力がより必要になるためワンランク高い扱いとなっていて、知られている中で最も難度の低いものでもBランクと言われている。
地面に手をついて動く者の接地を感知する土属性がBランク、自分が発動した魔法を阻害するものを捉える水、風属性の感知魔法はAランクとなる。
最も難度の高い熱感知は火と水の混合型でSSランクと言われており、精度が低い場合ではわかりにくい停止状態でも相手を感知することができる。
なお、人間が扱う中で目や耳、鼻をよくしたり、魔力で感知する魔法は現存しない。
トキの全身発動型という手法はこれまでにないもので、使い手の数を鑑みてもSSランク以上に相当するだろう。
トキ自身その難度をよく知っており、迷宮の主であったあの魔物との戦闘がなければ習得できなかったと思っている。
魔法についてお箸を例にしたとする。
魔法を使えない人は箸の持ち方を知らないし、教えてもらってもうまく持つことができない、なぜそうするのか理解できていない幼児と同じだ。
魔力がない人はそもそも自分の箸を持っておらず、幼児期における魔力暴走は箸をぶん投げた結果だ。
お箸を正しく持つのが固定型、お箸を綺麗に動かすのが運動型、両手で動かすのが並列型、ペン回しのように手で自由に動かすのが能動型といった感じだろうか。
食事マナーの話ではない。
ではトキの全身発動型はどうか。
両手、両脇、両足、両膝、尻で箸を挟んでひょいひょい豆をつまめるというくらいの一子相伝の変態技である。
そのような扱い方は誰も知らないし、誰も想像できないし、見たとしても理解できないし、真似をしたくても不可能なのだ。(そんな変態技を真似してはいけないと理性が働いているのかもしれない)
だが、それを見れば驚愕するし、すごいとは思う。
誰にも真似できない信じられない手法、技法だと拍手喝采され……はしないかもしれないが。
コツを掴めば誰にでもできる可能性はあるのだが、そのコツを経験する場所はなくなってしまった。
老師とともに戦ったゴウホウ霊山の古代遺産は、そこだけでしか戦ったことがない相手とは戦うことができないからだ。
ギルドで探してみても同じような能力を持つ生物の情報はなかった。
そういうわけで、直接戦った経験を持つ老師亡き今、おそらく全身発動型の使い手がトキ以外で世に出ることはないだろう。
「と、いうわけよ。わかった?」
ユユの言葉になるほど~と皆頷いている。
交流戦強化訓練時にトキの魔法について1年生たちから質問があったのだ。
トキが説明していると、ユユが割り込んできてわかりやすく説明(変態技である~らへん)してあげていた。
「皆、いいかしら?トキを見るときは直視しちゃだめよ?そんな可哀想なことをしてはだめ。焦点をずらしてぼんやりと見てあげなさい」
「「「はい!」」」
「じゃ~皆、唱和して。いくわよ?トキと馬鹿は紙一重、は」
「「「トキと馬鹿は紙一重」」」
「馬鹿の一念侮るなかれ」
「「「馬鹿の一念侮るなかれ」」」
「馬鹿とトキは使いよう」
「「「馬鹿とトキは使いよう」」」
「いいこと?ここ前期テストに出るわよ。Check it out!」
「「「Yes,Ma'am」」」
運動Ⅰで習う軍隊式の敬礼をする1年生にユユは満足気に頷いていた。
トキはその様子にポキポキと指を鳴らして迫る。
だが、トキの前に立ちはだかる者がいた。
「ふっ……ここを通りたければこの俺をうぉぐふっ!!」
モブキャラとしてのセリフすら言わせてもらえずにケオランは蹴飛ばされてしまう。
「やめて!私のために争わないで!」
「そのセリフは正しいが、使い時を間違えてるぞ」
なおも迫るトキの足を掴む者がいた。
「はぁはぁ。安心しろ、ユユ。お前はこの俺が命にかけてまぐっ!べっ!おっ!ぜぉっ!」
トキは容赦なくケオランの頭部を何度も踏みつける。
「ふぅ……さて、これでゆっくりとお話ができるってもんだ」
「何を言ってるの?ケリーはまだ戦えるわ。彼は私のためならば例え血反吐を吐こうが、手足を折られようが、火の中水の中草の中森の中どこでだってその身を挺して守ってくれるのよ!」
「いや、流石にもう立てんと思うぞ?」
「ユユの……言うとおりだぜ、トキ。俺はまだ戦える……。なんで立てるかって?そりゃ~もちろんユユへのだっ!びっ!つぁ!もへっ!ごふぉ!」
「しつけー。寝てろや、ったく」
「何度も無駄なことを。私への愛がある限りケリーは無敵よ!そうでしょ!?ケリー!」
「と、当然だぜ……。お、俺の……ユユへの気持ちは、こんなもんじゃ…ねー。見ててくれ……俺がどれだけおまえがっ!ぬぅ!べっ!ぢぁ!べぅ!りっ!」
「ゾンビか、てめーは。念のため……」
「ばっは!もぅ!つぁ!とぅ!べっ!とぅ!べっ!」
「はぁはぁ……これでよし。さぁ……(チラ」
「じぇっ!ぐっ!ずぁ……」
バス!ガス!バス!ガス!
トキの執拗な追撃に最早声も出なくなった。
「ふー。よし。さて……」
「ひどい!なにもそこまでしなくてもいいじゃない!大丈夫?ケリー、しっかりして!」
「あれ?」
ユユが目に涙を溜めて倒れたケオランに寄り添う。
周囲からも非難の視線と声がトキへと向かう。
トキも確かにやりすぎたかと思ってケオランに謝る。
だが、トキは見た。
ケオランを保健室へと連れて歩くユユはチラッとトキだけに見えるようにニヤっと笑っていた。
トキは怒りよりも心底ケオランのことが心配になった。
(ケオラン、お前その女で本当にいいのか?)
愛って摩訶不思議だなぁと思うトキだった。




