81話 国民の義務、貴族の義務
新暦1348年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 侯爵家
シリウスに統治について教わっていると、あっという間に春休みが残り少なくなってしまっていた。
総括して感想を述べるならば、どれだけ情報を正確に集め、何を優先するのかを決断することが必要というものだ。
まず、当たり前だが情報収集には信頼の置ける人間が複数必要だ。
ファウスタイン侯爵家には優秀さも備える家令レバントンがシリウスに反対や意見を述べながら補佐しており、その他にも諜報を任された人間がいて領地に目を行き届かせていた。
それらの報告は詳細に、客観的なものと主観的なもの、必ず二点に分けてされていた。
主観的なものとは領民にとっての主観であり、領民を大切にするファウスタイン侯爵家らしい方法ではある。
ちなみに、例のレバントンを紹介してもらう機会があったのだが、予想通りの人であったとだけ述べておく。
そういうわけで、トキにはジャクエルを筆頭としても人手が足りていないと感じた。
といってもパイオニル村は規模が小さいので、これについては時間をかけて追々見極めていこうと思っている。
春休みも残り10日となり、トキたちはフリーレンを出発することになった。
最後の晩餐でシリウスから一度くらいは貴族の社交場に婚約者を連れて出席しなさいと小言を言われたことが頭に残る。
心底めんどくさいのだが、シリウスの言うことなので一応了承はした。
イリアの受験と合格発表は既にされているはずだが、まだ連絡は来ていない。
おそらくトキたちとは行き違いになるだろう。
落ちるということは全く想像していないし、夫妻はそれなら嫁修行しながらトキを待てばいいだろうと思っていた。
快調な旅程とは裏腹にケオランとチーグルは元気がなかった。
曰く、地獄を見てきたらしい。
進むにつれて解放感を満悦しだした二人に対し、ユユが耳元でしごいたのであろう中隊長の名前を囁くと、ひいっ!と悲鳴を上げるので、面白がって何度もその反応を楽しんでいた。
なぜケオランとチーグルがお尻を抑えながら飛び上がって驚くのか、その理由を聞かないでおいたのは男の友情によるものだ。
帰りも行きと同じ日程で到着することができた。
シロクロはギンの後ろでじゃれつきながら空を飛びついてきていた。
当然、門でひと悶着あると予想していたのだが、門兵はトキ、ハク、ギン、シロクロと順に見たあとため息をついて一言だけ言った。
「税の申請書類です、どうぞ」
覚えていないが、前回ハクを連れてきたときと同じ兵士だったのだろうか、それだけで終わってしまった。
シロクロはハクと同じ税金になっていた。
この4匹にかかる経費(税金、定診療、食費)を大雑把に計算してみると、王都にいる場合だと年に金貨173枚となった。
思わずたっけー!と叫んでしまった。
このひと月の間によくわかったのだが、シロクロは肉を食べるようでその量は日に日に増している。
今は2匹で一日銀貨1枚かからないほどで、計算は2匹で銀貨2枚として算出したものだ。
ハクよりも食費がかかるようになってしまったらと考えると恐ろしくてたまらない。
(もしも竜王なみに大きくなったら……)
そうなれば、名誉男爵位の給金はこれらの経費として残らず消えてしまうだろう。
家族と思っている4匹なので、養うのは当然だと割り切ることにした。
その一方で、シロクロにもできる仕事を探そうと考えるトキだった。
シロクロとギンを空中に待機させたまま進み、学園に到着した一行はその場で解散した。
チーグルはフェレアを送るために消え、その他の面子も寮へと向かう。
既に夕方近くだったため、イリアとエレスに会いに行くのは明日としたトキは、厩舎の管理人に新たに増えたシロクロを任せ、学園にも申請した後自分も休むことした。
管理人は驚愕と困惑に満ちた顔をしていたが、定刻に肉と水を与えるようにとだけ伝えておいた。
申請書を受け取った学園の事務員は竜という文字にはぁ?と疑問を浮かべていたので、厩舎にいるので見ておいてくださいとだけ言った。
久々に戻った自分たちの部屋で、少しケオランと話をしてから眠気に任せて目を閉じた。
翌日、まずはエレスに会いに行くことにした。
イリアに会う前に合否の結果を知りたかったからだ。
生徒会室を訪ねると生徒会の面々がお茶を飲みながら寛いでいた。
入学式と始業式の準備は既に終わっており、このあとに式の予行演習を行う予定で、今は休憩中だったらしい。
トキとしては生徒会室に入るつもりはなかったのだが、エレスがトキ君もご一緒にいかがとお茶を勧めたので参加することにした。
生徒会はいつもの6人で、ひと月もしない内にさらにメンバーが増えることになるだろう。
エレスの表情から合格したのだろうと感じたが、一応聞いてみた。
「エレス、イリアは受かったか?」
「あら?本人にはまだ会っていないのですか?」
「ああ、事前に聞いてから会いに行こうと思ってな」
トキの口調は二人でいるときと変わらないものだった。
以前ならファエルが口を挟んできていたのだが、今はそういったこともなく静かにお茶を飲んでいる。
「治癒魔法を披露する試験内容ではなかったので十席には入りませんでしたが、無事合格しましたよ」
「そっか~。よかった……」
「ふふふ。私は合格発表の日には会いましたが、今のトキ君のように本人も一安心している様子でした。ちなみに今年もツブ揃いということですが突出した人はいなかったようです」
「ふ~ん、まぁ他はどうでもいいや」
「どうでもいいわけにはいかない」
ここでファエルが口を出してきた。
「今年は魔法学園交流戦があるんだ。新入生だって出場するんだぞ」
「あ~やっぱあれって頑張らなきゃならんのか?」
「当然だ!我がカルティア王国の威信がかかっているといっても過言ではない!」
「んな、大げさな……あれ?そうなの?」
寡黙っぽいロインツや何にも興味なさそうなイメージのクウまで揃って、生徒会メンバー全員が首肯する。
認識に違いがあるようなトキにラックが説明した。
「各クラブ活動の一環でたまに他国の学生と試合することはあるけど、三カ国以上で行うことはないんだ。お金もかかるしね。学生でなくても、ガレリア大陸の5カ国の人間がそろい踏みする機会はそう多くない。年に1度行われるギルドマスターの会合と元首会議くらいだね。元首といっても開催国以外は代行を立てるし、それも話し合いの場でしかない。魔法学園の学生は国の未来の戦力となりうるわけだし、自国の力を示すまたとない機会ってわけだよ。カルティアとタルムに魔法学園ができて最初の交流戦だし、五カ国の力関係への影響も少なくない。だからその分、国からも相応の援助をもらってるんだよ。王都の中にこれだけの施設を作ったんだから力の入れようがわかるでしょ?」
私たちはその期待に応えなくてはならないとルウが締めくくった。
理解はしたが、政治やらが絡んでくるとやる気が一層に落ちていくトキだった。
エレスはその心情を察して黙っていたが、ファエルはそんなトキに改まった口調で問い詰めるように語りかける。
「ゼペルルクス卿。貴卿はカルティア王国の国民であり、貴族であられる。それは間違いないだろうか」
「……ああ」
「この国に住んでいる者ならば何かしらの形で国の恩恵を受けているはず。国民であれば労働によって家族を、ひいては国を支えるべきであり、貴族であれば国民と国を守るべきだ。国力が侮られるようであれば他国の脅威にさらされる危険があるのだ。我々にはその恩恵に対する責務を果たすよう、全力を以てこれに当たるべきだ」
「なるほどね……。ってか、ファエル。そんな話し方やめろよ。呼び名も、むずかゆくって仕方ねー。……は~、わかった。わかったよ。ま~わかったんだけどさ」
未だごねるようなトキに他の面々もトキに喝を入れる。
「いや、やるよ。やります、頑張りますって。でもさ、俺って戦闘の部だろ?お前ら俺の全力見たことないっしょ?本気でやってもいいけどさ、逆にやりすぎて殺っちゃうことになるぞ?逆に俺を危険視して手を出してこないか?」
皆が黙り込みエレスを見る。
「トキ君。手加減して勝ってください。優秀な治癒魔法使いが待機していますが、殺害した場合は失格となった上で罪に問われます」
「めんどくせ~。なんで俺だけ縛りプレイしなきゃなんないんだよ。はぁ……じゃ~手足一本斬り落とすくらいでいいか?」
「も、もっと手加減してください」
「え~もっと?この休みにも軍人10人くらいを相手に手加減して戦うことがあったんだけどさ、めんどくさいから半分は戦闘中に殺っちゃったんだよ。たぶん面倒だったりイラついたらそのくらいはしちまうぞ?」
「学生の領分を超えないでください。それはそうと、事情があったんでしょうが、何をしてしていてそんなことになったのですか?」
「怪しいやつがバドワイ山脈の雪原にいたから地元の人間を装って近づいたら攻撃してきてな、全員返り討ちにしてごう……尋問したってわけ」
「……詳しくは聞かない方がよさそうですね。皆も聞かなかったことにしてください」
言っちゃまずかったなと反省するトキに対して、生徒会メンバーは聞きたくなかったという反応が多かった。
それと同時にお前は何をしているんだ?とも思い、トキを出場させても大丈夫だろうかと心配した。
エレスが生徒会室の外まで見送ってくれたので、腰に両手を回して抱き寄せた。
長いまつげが凛と逆巻き、蒼色の瞳に自分の姿が映る。
それにあっと小さく驚いたエレスがとても可愛くて、首を少し曲げながら唇を重ねる。
柔らかな髪をゆっくりと撫でた。
エレスの髪は本当に感触がいい。
名残惜しみながら腕を解き、明日ゆっくり話そうと約束をしてその場を後にした。
トキはその足で王都のファウスタイン家を訪問した。
イリアはちょうど屋敷にいたため、合格おめでとうと言葉を送って軽く抱きしめる。
「ありがとう。本当に安心したわ。これで落ちてたらどうなるんだろうって不安で……それで、この指輪をずっと握ってたの。そうしてたら温かい気持ちになれてね。トキが言ってた通りお守りの効果があったわ」
微笑むイリアによかったと言いつつ、上下の唇を喰むようなキスを何度かした。
そして、イリアの髪に顔を埋める。
イリアの匂いが好きだと言えば変態だと言われるだろうか。
しかし、そんなことは知ったことではないとイリア成分を充填した。
ソファーに並んで座り春休みにあったことを話した。
先ほどのこともあるので、あまり心配はさせまいといくつかの出来事は伏せてだ。
やはりというかシロクロに興味があるようで、幼年学校の卒業式と入学への準備を終えていて時間があるというイリアに、明日エレスと一緒に見せる約束をした。
エレスと二人で話す時間をとった後にという段取りだ。
魔法学園を受験していたイリアの友人、以前会ったコウという子とライナという子も無事合格したとイリアは喜んでいた。
今年の受験者は1300名ほどだったらしい。
筆記試験はやはり簡単だったようで、魔法試験は軍事訓練のような長い障害物走と模擬戦、そして、なんでもいいので魔法を披露するというものだった。
その話を聞くと、学園が求める人材というのが交流戦に向けてという方向性に偏っていると伺える。
ロリックが国の方から色々言われて、怒るか苦労するかしている様子が想像できた。
交流戦のことを話すとやはりイリアの認識も生徒会メンバーと同じような感じだったが、違ったのはトキに無茶をしないでと願うところで、反射的に再度ハグしてしまった。
トキはそのまま押し倒したい衝動を振り切るのに苦労したのだった。
このままでいたら理性が飛ぶと思い、少しイリアとの距離を空けるトキに対し、イリアはちょこんと座り直してその距離を埋める。
「イリア……理性が飛びそうだからもうちょい離れて」
「ん?私は、いいよ?」
その言葉にうおおおと雄叫びをあげて飛びかかるトキを「あっ、お茶入れ直すね」と言ってさらっと躱した。
(なななな生殺しっ!!俺に一体なんの恨みがっ!?いや、だが、しかしっ!!)
空を切ってソファーに横になり、顔を埋めてソファーを叩くトキを面白そうにイリアは笑っていた。
年下にいいように振り回されているトキニア13歳の春であった。