82話 報告と意思表明と来訪者
新暦1348年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア
明日を入学式兼始業式に控え、トキは王城に来ていた。
王都についた日に、報告したいことがあるとして国王に謁見を願っていたのだ。
3日待たされたわけだが、男爵位としては異例な早さでの要請受諾と言える。
今回は正式な申請によるもののため、いつかの私室ではなく謁見の間に通された。
トキ以外にも謁見する者がいたのだろう。
そこには国王と王太子、宰相、そして五卿が既に待ち構えていた。
「国王陛下に拝謁賜り恐悦至極に存じ上げます。この度は報告したき儀がございまして参上致しました」
「ふっふ。そのような物言いは似合わぬな。貴卿がわざわざ公式な謁見を申し出たのだ。重大なことであろう。それほど格式張った口調でなくて構わん。申してみよ」
「ありがとうございます。事は今よりひと月ほど前になります。私は今は亡き故郷、ファウスタイン侯爵領の南西に位置するその村の周囲を空より視察しておりました」
銀翼殿ならではだなと宰相を除く皆が笑う。
しかし、トキの言葉に張り詰めた空気が流れた。
「その折、場所はバドワイ山脈南方の雪原になりますが、そこにアルゼン帝国の諜報を主な任務とする兵士が11名おりました」
「なに!?なぜそのような所へ!?」
どういうことだという問いにトキは答える。
「場所が場所だっただけに私は地元の民を装い情報を聞き出そうとしましたが、警告なしに殺されそうになったため彼らを無力化しました。ここからはその者らに尋問した内容になりますが……」
言葉を切ったトキに国王は尋ねた。
「どうした?」
「陛下、僭越ながらここからは国王陛下のみにお話させていただきたく……」
五卿から少し怒気が立ち上るが口を挟まずに国王の言葉を待った。
宰相とセルクスは自分たちも下がらせるほどの内容かと目を見張って驚いていた。
国王はトキの目を見て少しの間沈黙してから答えた。
「ここにいる者たちは余が信用し、信頼している国家を支える重臣たちである。この者たちなくして国は動かせん。動かす必要がないならばそうしよう」
「……いえ、ではここで話させていただきます」
必要なのは情報収集と防衛強化、そして国内の調査だ。
前二つは今もしているだろうが、何に注視するかという点では別になってくる。
調査をするには人を使う必要があり、それを動かすのはこれらの者たちになるだろう。
何より幼竜のことを多くの者に知られるとちょっかいを出す者や他の七器を手に入れようとする者が出てくるかもしれないと思っていたのだが、色々と今更だよなと考え直しこの場で話すことにした。
「事の始まりは今よりさらに半年以上前になります。アルゼン帝国の――」
トキはアルゼン兵から聞いた話と自分が見たこと(日本語については除く)を語った。
一通り話したトキは最後に忠告と進言をする。
「私を偶然親と思ったか懐いてしまった幼竜ですが、この先どれだけの力を有すかは未知数です。しかし、その条件から考えて竜王に同等かそれ以上になる可能性は大いにあります。他の七器の封印を解く条件はわかりませんし困難を極めるでしょうから、そう簡単に世に出ることはないとは思います。可能性の話ではありますが、人間が自由に扱える竜王と同等の力が残り6つもこの大陸のどこかに眠っており、もしそれが好戦的な人間や軍事国家の手に渡ったならば……仮定として放置するには危険すぎるでしょう。なにせ幼竜という動かぬ、いえ生きた証拠があるのですから」
話を聞いた国王たちは黙って考え込んでいた。
そこへ法務卿のガルステン公爵が国王に許可を求めてからトキに聞く。
黒地に金の刺繍が入った礼服を着る50歳は超えているだろうと思われる少し丸っぽい体型の男性で、白髪が混じった薄茶の髪をオールバックに固めている。
「私は貴卿のことを噂程度にしか知らないので聞かせてもらいたい。その話が本当だとしよう。私も証拠を見せられれば信じる他なく、応対もするだろう。だが、まずすべきは竜王と同じ力を秘める幼竜を飼い慣らす貴卿に対してではないかな?」
「おっしゃることもご尤もだと思います。しかし、それは今更ではないですか?私自身、単独で竜王に勝てたのですよ?それに、私をご存知である方ならわかるでしょうが、私は貴族の身分や権力なんて必要としていません。大切な者と一緒にいられて故郷をかつての姿に戻せれば他には何もいりません。私が自身を含めてその力を振るうならば、それに手を出す輩に対してだけです」
「確かにそうとも言えるが、さらに脅威が増したとも言える。暴風竜を討伐した件や王太子妃護衛の件などは私も聞いている。貴卿の行いは褒めることではあるが、その行動原理がよくわからないのだ」
「両件とも依頼を受けたために巻き込まれただけです。暴風竜に関しては、逃げることもできませんでしたので母の遺言である『生きなさい』という言葉に従っただけです。剣魔十傑に関しては、王太子殿下と王太子妃殿下の私文を届ける依頼を受け、その縁で良くしてもらったからです。失礼な言い方ですが、私が守ると決めた中に入っていただけに過ぎません。ああ、この中ではセルクス王太子殿下も入っていますね」
「その言い方であるなら、恐れ多くも国王陛下が含まれないように聞こえるが、まさか守るに値せぬとは言わぬだろうな?」
「残念ながらそれほど国王陛下のお人柄を存じ上げませんので入っておりません」
ケルスト公爵はなんということを言うのだと顔をしかめ、この物言いに他の五卿たちは不敬なといきり立った。
ガルステン公爵もトキの話は聞き及んでいた。
それを受けて、トキがただ負の感情や自分の力に振り回されていたり、自ら望んで戦いや血を求める危険な人物なのではないかという疑惑を持っていため確かめようとしただけなのだが、どうも考え方からして普通ではないと思える。
しかし、トキは五卿らの声を制して続ける。
「私は!私の母に初めて魔法を教えてくれた時に言われたのです。魔法は危険なもの。使うならその時と場合を考えろと。私は皆様以上に自分の力を危険なものとして把握しているつもりです。単独で強敵を倒した実績もある。だから、自分で線引きをしているのです。自分が力を振るう理由は明確でなければならないと。よく知らない人間のために人を殺したくはありませんし、よくわからない理由で人を殺したくもありません。まぁ。今回の件のように手を出してくる輩は平民だろうが、貴族だろうが、国だろうが手加減せずに返り討ちにしますが」
少し出した殺気に軍務卿は眉間に皺をよせて冷や汗をかいた。
他の者たちもトキの親切な忠告を聞いて、その言葉に嘘偽りはなく本気だと感じていた。
前世の倫理観なんぞ吹き飛んでしまっているものの快楽殺人者というわけではない。
手を汚すのはその線引きを超えた者に対してだけだ。
上層部だけを潰していくなどのやりようはあるだろうが、実際に何十万という軍隊相手に正面から勝てるわけもないとトキ自身わかっている。
さらに、トキ一人ならいいが、ありがたいことに今は独りじゃない。
大切に想う人たちがいる。
だから、ここで見せるべきは覚悟だ。
敵わないとわかる相手だろうと、手を出す者には容赦しないという決意だ。
そして、トキはただ、と言葉を続ける。
「先日、ファエル=ジブリスタという同級生に言われたのです。この国に住むものならば何かしらの形で恩恵を受けているはずだ。それに付随する責任を果たせと。確かにと私も思いました。ですので、今、私の守るものの中にはカルティア王国も入っています。そのために必要であれば、空を飛んで駆けつけるのでお呼びください。微力ながら尽力いたします」
「……よくわかった。余もそなたの言う守るべき者に相応しいよう務めるとしよう。報告、大儀であった。もうよい、下がれ」
後のことは任せようとして報告したのだが、つい正直に答えすぎてしまった。
危険視する者もいたかもしれない。
そもそも不敬罪で裁かれなかったのが不思議なくらいだ。
そんなこと思いながら王城から出た。
謁見の間に残った国王たちはさきほどの話について話し合っていた。
「バッカヌ、どう思う?」
「ゼペルルクス卿についてですかな?それとも帝国ですかな?」
「あやつに関しては心配なかろう。おそらく本人が言った通りにするだろうしな。防衛戦力としてアテにできるのなら重畳と言える。それより、帝国と古代の遺産についてだ」
「そうですな。帝国の最近の活発な動きの裏にはそういった事情があったのかと納得しております。先の赤狼が追加依頼で国内での活動を予定していたことからも、そういった遺跡が国内にあることを示しているでしょう。間に合うかわかりませんが、今からでも調査は行うべきかと」
「では、それについては黒華を使え。内務卿は国内、外務卿は国外でそういった可能性がある場所や伝承など片っ端から調べつくせ。だが、動きを悟らせるな。潜入している帝国兵と出くわす可能性もあるだろう。軍務卿と協力し人選しろ。また国境の監視を厳にするよう。以上だ」
国王マルキスはそのように指示を出し、五卿らが退出した後に大きくため息をついた。
「セルクス、お前はどう思った?」
唯一残った王太子に対して国王は尋ねた。
「事実ではあるでしょう。古代の遺産や帝国の狙いに関しても。ただ、あまりに現実味がないというのが正直なところです。そのためか、そのような理解できないものには触るべきではないと警鐘が鳴っています」
「だが、放ってもおけぬ」
「はい。理想的なのは全てなかったものにすることでしょう。人の手には余るものです。ドゥオモなる脅威と七器、そして古代文明の消滅。紐解かれる謎というのは甘美な誘いを有していますが、深入りすると破滅が待っている、そんな気がします。我々は紐解いた歴史から学び、同じ過ちを繰り返さないようにするべきです」
「……そうだな。しかし、なぜ私の代となってと嘆きたくもなる」
「心中お察し致します。できれば、私の代になる頃には片付いてもらいたいものです」
ならばお前も尽力せよと言って二人は僅かに笑い合う。
マルキスもセルクスも時代が動き始めていることを感じていたのだった。
一方その頃――
アルゼン帝国の帝都アリジニステンの中心に構える宮殿、その地下の一角で数十人の魔法使いや研究者らが地下遺跡のさらなる解明に心血を注いでいた。
宮殿の地下から古代の遺跡が発見されたのは全くの偶然だった。
当初はただ、王宮の端に離宮を建設していただけだった。
しかし、設計者のミスにより、その場所の一部が地盤の弱い地下通路の上に当たっていたため、高く積まれた石材が崩落し、それが地下の通路の壁をも破壊したのだった。
現場の者はその光景に目にし、設計者はその報告を聞いて顔を青くさせた。
皇帝の勅命を果たせないどころか宮殿をも破壊してしまったのだ。
この一件に携わった者全員が責任を取らされるだろう。
その場の全員が茫然自失となる中、命からがら崩落を免れ最も崩落現場近くにいた職人が、収まっていく土煙の奥――壁があったと思わしき所が崩れ、隠し部屋のようなものを目にしたことから事態は急変した。
最初に崩落が起こったという報告を耳にした皇帝は激怒し、責任者の処刑を申し付けた。
しかし、続く報告を聞いて興味が湧いたためその沙汰に待ったをかけた。
専門家を急ぎ集めるよう指示し、宮殿の地図を持ってこさせる。
最重要機密となるその地図には、皇族に伝わる脱出用の隠し通路ですら描かれている。
現場辺りの地下は袋小路となっており、地下にはこうした通路が迷路のように広がっている。
皇族に伝わる地図にも隠し部屋なんて載っておらず、するとそれは少なくとも700年以上昔のものということになる。
古代文明は現在よりも数段高い文明を持っていたという。
その遺跡ならばと、高まる期待に胸を踊らせて現場へと向かう。
跪く現場の人間には目もくれず、近衛を数名先に入らせて安全を確認し、自分も崩壊した壁の奥へと入る。
隠し部屋はほんのりと明るく、30m四方程度の黒い石材で覆われた部屋だった。
まず目に入ってきたのは天井に描かれた巨大な絵だ。
後光が差し、床から上半身が生えたような目を閉じた人間に対して、複数の人間が膝をついて頭を下げている。
それを中心にして、その外側にはそれぞれ異なる様相の人間の絵が描かれていた。
剣を掲げる者、盾を構える者、弓を引く者、槍で突く者、杖を抱く者、祈りを捧げる者、竜に跨る者。
左右の壁には人の軍勢らしきものが奥に向かって進軍しているような絵があり、床には複雑な文様をした回転対称な図形が描かれている。
それらの絵は黒い壁や床に白色で描かれており、壁や床に手を触れてみると、刻んだり何かの塗料を使って描かれているような感触ではなく、現代では精製できないほど滑らかなものだった。
床の模様だけは白光しているように見える。
言われないと気づかなかったが、奥の黒い壁には白い目をした黒い人間が一人だけ描かれている。
そして、その手前には縦に長い長方体の黒い石碑が鎮座していた。
そこにはなにやら文字らしきものが長々と書かれているが、一文字も読むことはできない。
その文章の構成から、辛うじて最後の1行がこれを書いた人物の名前だろうかと予想出来るだけだ。
古代兵器でもと思ったが、他には何もない。
落胆して皇帝はその場を後にして、調査を専門の者に任せた。
絶対君主である皇帝は責任者を処罰し、大陸の覇者となるための施策の検討へと戻っていった。
それから20日ほどが経ち、その時には皇帝の頭から遺跡のことはすっかり忘れられていた。
だが、中間報告として知らせてきた研究者の話を聞いて、再度皇帝の関心は高まることになる。
石碑に書かれていた文字は旧暦時代の古代文字で、解明することができたのはごく一部だった。
石碑を残した人物が誰かに助けを求めたこと、この地、おそらくガレリア大陸に七つの力を封印していること(研究者たちはこれを七器と翻訳した)、天井の絵から判断するにそれは剣、槍、弓、盾などの武具と竜を御する力ではないかということ、そしてそれらが眠る可能性がある場所について。
なぜそのようなことをしたのか、七器の使用法や作られた経緯、力の大きさや目的はわからない。
ダミーが含まれているのか候補地は10箇所以上に及んだ。
バドワイ山脈の北部と南部、ゴウホウ霊山、アルゼン帝国南西のダンギス荒地と北東の森林部、タルム女王国のシーサン湖、ナルビス王国のどこか、カルティア王国南部の大森林、サルンガ共和国北部のエイシャン大平原と南部の大森林、そして最後の1箇所は解明できずわからない。
11箇所のうち6箇所が竜王を始めとする魔物の王の縄張りであり、他の場所も一筋縄ではいかないだろう。
勅命を受けた者は命を捨てる覚悟を持たなければならなかった。
皇帝はその入手、できなければ他者が手に入れることがないよう破壊せよとの命を下した後、さらなる遺跡の解明を急がせた。
研究者らは文字の解読とこの遺跡の役割について考えていた。
皇帝の許しを得てこの部屋の周りも調べてみたのだが、崩壊した部分は入口に当たるようで他に部屋などはなく、完全な密室となっていたようだ。
信仰に関するようなものもなく、何か装置のようなものもなければ、生活空間でもない。
芸術的な要素はあるのかもしれないが、地下空間にこれを残した意味がきっとあるはずだと研究者らは調べ尽くした。
壁や床にどんな衝撃や負荷をかけようとも傷一つ付かなかったことから避難施設かとも思われた。
魔法の火で炙って、水をかけて、剣で斬って、槌で叩いてと色々試したが無駄だった。
そんな折、疲れ果てた魔法使いが床に腰を下ろし、何気なしに魔法を発動しようとして失敗をしたことで異変が生じた。
床の文様から強い白光が立ち上がり、ガタガタと部屋全体が揺れ始めたのだ。
危険を察知した研究者らは我先にと部屋から脱出して地上へと避難する。
揺れは帝都中に広がっており人々はパニックに陥った。
1分ほど大地は揺れ続け、次第に収まっていく。
一体何が起きたんだと皆が不安に思った。
すると、研究者の一人が隠し部屋の中から声がするのを耳にした。
まだ誰か中に残っていたのかと心配し部屋を覗くと、そこには見慣れない服装の若い男女数十人がいた。
声にならない声を出して、手振り身振りで他の研究者を呼ぶ。
それを目の当たりにした他の者らも目と口を大きく開けて驚いていた。
相手からも戸惑いの様子や声が聞こえる。
そして、ようやく責任者がその男女らに声をかけた。
「君たちは……何者だ?」
すると、一番手前にいた男が答えた。
「リン校の生徒だけど?」




