80話 煌闇竜のシロとクロ
新暦1348年 ガレリア大陸 カルティア王国西部 バドワイ山脈南方 古代遺跡内
二匹の幼竜はお腹が空いたのか卵の殻を食べ始めた。
それを見ながら自分も食事をとりつつ、このあとのことを考える。
ひとまず幼竜を連れて外に出て、探索は止めてケオランたちと合流することにする。
「その前に、お前らに名前つけてなんなきゃな。シンプルに~シンプルに~……シロとクロにするか。煌白竜のシロと闇黒竜のクロ、どうだ?」
キュウウ
キュウウ
(……可愛い///)
よくわからないが、たぶん気に入ったと判断した。
トキがおいでおいでとすると入口の方へ歩いてくる。
階段は二匹が並んで通れる幅もないので、どちらが先に行くか喧嘩が始まった。
キュウキュウ鳴きながら喧嘩というより、じゃれついているようで可愛い。
「はっ!いかんいかん。こら!喧嘩しちゃダメだぞ!」
きゅぅぅ
二匹ともシュンと頭を下げて落ち込んでしまった。
その様子も可愛いので許してあげた。
一足先に生まれたシロが兄?姉?なので、年長者としてクロに先を譲らせて進む。
天秤の部屋を抜けて地上へと戻ると、地面の揺れを感じた。
背後の遺跡が地中へと沈み始めていたのだ。
シロとクロを下がらせて揺れが収まってからそこを見ると、底が見えない深い穴となっていた。
七器を持ち出したからだろうか。
理由はわからないが、遺跡に関しては最早調査不可能だろう。
「まあいっか。おっ、ギーン!」
ピュイ
キュエエ
トキの口笛にシロとクロが反応し、続いて空から降りてくるギンに声を上げる。
攻撃しないように注意しようとしたが、ギンが自分たちよりも遥かに大きいことがわかって恐れたのか、シロとクロはトキの足元に隠れていた。
「ギン。新しく俺らの家族になったシロとクロだ。お前の弟分だぞ。挨拶しな」
ギンはトキの肩から地面に降りて、シロとクロに向かってひと鳴きする。
「シロ、クロ。こいつはお前らの兄貴分のギンだ。仲良くしろよ?」
そう言うと、シロクロ兄弟は恐る恐るトキの後ろから出てきてギンに近づいていく。
キュエ
キュウウ
キュウウ
どうやら初顔合わせはうまくいったようである。
じゃ~出発しようかとなって気がついた。
「シロ、クロ。お前ら空飛べるか?」
キュウ
キュウ
表情の変化はないのだが、首をかしげているように見える。
まずはギンとトキが見本を見せることにした。
ギンが先に宙に舞い、トキがそれに続く。
空中でおいでおいでと呼ぶとシロクロが翼を広げ大きく羽ばたき始めた。
しかし、羽ばたいているだけで地面に足をつけたままだ。
これはまだ無理かなと思っていると、ギンがクロシロの下まで降りてきて鳴きながら風を吹き付けた。
キュウウ
キュウウ
すると、先ほどと同じように翼を羽ばたかしていたのだが、突如その風圧が大きくなった。
「おお……。なんだろ?……まさか風魔法か?」
シロクロは風をその身に包み、ひときわ鋭く翼を打ち付け空へ舞い上がった。
その様子はかつて死闘を繰り広げた暴風竜の姿に酷似していた。
二匹はキュウキュウ言いながら空を飛んでいる。
その様は初めて補助輪をなくして自転車に乗った子供のような不安定さがあるものの、しっかりと翼をはためかせ宙に浮いていた。
シロクロによくやったと褒めてあげると、キュウキュウ鳴いて口先をトキに両側から擦りつけてくる。
それに負けじとギンが空中でトキの肩に止まろうとする。
ここは俺の場所だと言わんばかりだ。
可愛い三匹にデレっとした顔を引き締め、シロクロの速度に合わせて東へ、フリーレンを目指した。
予定していた北部の視察はできなかったが、合流には予定通り間に合った。
そして、案の定皆から小言を言われることになった。
「あの村を動物園にでもするつもりか?」
「僕はもうトキの奇行には慣れたから安心して」
「ギルマス、病気の検査をまずしてくださいね」
「どうせならもっと美味しそうなのを仲間にしなさい」
ラズカールは目を点にしてシロクロを見ており、フェレアは二匹を撫でるのに夢中だった。
そして、宿泊していた宿では預けることも一緒に部屋に入ることも断られた。
得体の知れないものを入れて何かあってはとの判断で、勘弁してくださいとお願いされてしまった。
トキがどうすっかな~と悩んでいると、ユユがこんなことを言い出した。
「トキだけ侯爵様の屋敷に住まわせてもらったらいいんじゃない?前の様子からしてあちらも歓迎してくれるでしょ?」
「他に手はないし、話してみるかぁ」
ユユの提案に乗るのは気が進まないが、この際仕方ないだろう。
仲間はずれ、ぼっちがよく似合うわという声は聞こえないったら聞こえない。
侯爵家を訪問して話してみると、侯爵夫妻は案の定快諾してくれた。
シロクロに対しても、驚きながらもギンとハク同様可愛がってくれている様子でなによりだ。
これから1ヶ月ほどはトキとジャクエルはシリウスに付いて統治の勉強と手伝い、ラズカールはチーズ作りをしつつ農地の視察、ケオラン、ユユ、チーグルは領兵の訓練に参加することになった。
フェレアは魔法の練習や勉強をする合間に領兵の食事作りを手伝うらしい。
チーズ作りは農業部、料理人が各自少量ずつ異なった環境で作ってみて、最善の方法を確立しようということになっていた。
これについては長い目で見ていくことになるだろうが、記録だけは成功失敗関わらずつぶさにとっておくように言ってある。
ケオランたちに関しては、当初領兵の誰かに指導してもらえないだろうかとシリウスに頼んだところ、それならばと訓練に参加することになったのだ。
ここで兵役やこの国の軍隊について説明しておく。
健康な男子は15~25歳までで2年間の兵役につくことが義務づけられている。
この2年間の兵たちは予備軍と呼ばれる国軍の予備兵力で、常時3万前後の規模になっており王都近郊で訓練を重ねる。
カルティア王国の兵力は22万と言われており、内訳は国軍12万、予備軍3万、領兵軍7万となる。
国軍はアルゼン帝国との国境近くにあるオムール要塞に北軍が5万、バドワイ山脈側の西軍とゴウホウ山地方面の東軍は地理的に外敵の侵入がないため1万ずつ、ミアザ北方の城塞都市ガルオルンには南軍3万が詰めており、王都カルティアに2万が存在する。
海岸が狭いためカルティア王国は海軍を持っておらず、海に面する南側はガルオルンが担当する。
領兵軍は多い所でも2000程度で、兵力を持つ家は130家ほどになる。
基本的には外敵や王都などの直轄地には国軍が、国内警護には領兵軍が当たる。
王城を含む第一区画や王族、式典の警護に関しては王国騎士団が担当し、それが1000人ほどの規模で例外的に独立した命令系統を持っている。
騎士団を除けば、軍務卿が軍のトップで、その下に元帥、各方面司令官(大将)、中将、少将、准将、大隊長、中隊長、小隊長、分隊長と続く。
兵種は騎兵、歩兵、弓兵、工兵などの他に魔法兵や治癒兵というのもある。
国軍にしろ領兵軍にしろ、職業軍人として入隊するためには兵役を済ませた後となる。
つまりケオランたちに比べると領兵たちは体格も技量も体力も優っているということで、毎日ズタボロになって帰ってくるというわけだ。
魔法兵や治癒兵であっても体力が第一であり、行軍訓練や白兵戦闘訓練はほとんど区別なしに行われる。
ちなみに、女性兵士は極端に数は少なくその多くは魔法使いである。
ユユのように剣も使う女性兵士は特に珍しく、そういった者は冒険者などのギルドで稼ぐのが一般的だ。
まだ幼いという年齢であるユユを兵士たちは温かい目で見守っていたのだが、ケオランと付き合っているという情報が出回ってからはケオランに対して一段と激しく訓練することになったのは仕方がないことだった。
それを不服に思ったケオランは、チーグルはフェレアと付き合っているという噂を流して同類を増やし、自分への負担を減らそうとした。
しかしながら、フリーレンにいる領兵は500人以上いるため大した軽減には繋がらず、巻き込まれたチーグルは急に激しさを増した訓練に理由もわからず、ただただ懸命に汗を流すのだった。
トキの方はというと、ジャクエルとともに地図を見ながら領地について話を聞くことから始まった。
ファウスタイン侯爵領は大森林に沿う形で東西に伸びた長方形をしており、領内には8つの町と20ほどの村が存在する。
町はフリーレンを除き伯爵以下の貴族に、村は村長といった村人の代表を代官として管理させ、領主である侯爵家はそれらの取りまとめ役となる。
ファウスタイン侯爵領の場合、伯爵1、子爵3、男爵3、準男爵2、騎士爵6、準騎士爵4と19家を抱えている。
このようにカルティア王国は侯爵家8家と辺境伯家4家、そして直轄地の13の土地に分割して統治されている。
この国における村と町の違いは人口と壁があるかどうかだ。
街を一定以上の高さの壁で囲い、人口が1000人を超えると町とされる。
取りまとめ役となる領主の仕事は多く、税の徴収と管理、街道整備や領地内警備の手配、戸籍や土地の管理、各地の視察や裁判の判決など、代官からの報告書に目を通したりとかなり大変だ。
貴族の家には主不在時に代行として取り仕切る権限を有す家令がおり、ファウスタイン侯爵家の家令はとても有能かつ全幅の信頼を置いているらしく、領主の仕事もそれほど忙しいわけではないとか。
まだ見たことはないが、侍女のレイスの父親でレバントンという名前らしい。
冷徹で厳格そうなイメージしか湧かない。
レバントンがいなければトキたちの相手をすることも難しかっただろうと話されたので、会う機会があれば一言お詫びしておこうと思った。
トキたちの仕事は書類の整理や収支の計算が多く、ときにはシリウスと一緒に領地の視察に行ったり、貴族や商会長といった有力者との会談にも同席した。
フリーレンやイースコット村、パイオニル村にしか行ったことがなかったが、他の町や村も活気づいている印象を受けた。
ファウスタイン侯爵領はその半分を大森林と接しているだけあり、林業とそれを使った家具、建築が盛んだ。
内部では農業も行われていて食料自給率は高い。
大きなものをあげれば、木材や家具を他領に売り、塩と鉱物を買っているのが現状だ。
海や山が遠いためこれは仕方がないだろう。
有力者との会談の席で、シリウスからは娘の婚約者で将来はパイオニル村を復興し統治してもらう予定だと紹介された。
銀翼という名は領内にも広がっているらしく、紹介された者は驚きを隠せない様子で祝辞と今後共よろしくと挨拶をした。
ファウスタイン侯爵家御用達というフリーレン一の商会の長ベルレ=サンドリアーノは、目を光らしながらご入用の際は是非とも当商会をお呼びつけくださいと熱心に言葉を送った。
個人としては有数の資産家となったトキの事情を把握しているのだろう。
シリウスは家や領地の収支に関しても情報を開示してくれて、ジャクエルはまたとない機会に目を凝らして読み取っていた。
税は人頭税、土地税、所得税の3種で人頭税と土地税は固定税となり、所得税は農民なら作物で、商人や職人なら利益から現金で徴収される。
固定税といっても税の徴収額は領地や領主によってそれは変動する。
ファウスタイン侯爵領は他領に比べるとやや低いらしいが、生活できないほど高くすると領民の移動が起こるらしい。
住み慣れた土地や家を捨てることになるので、領民にとっては苦渋の決断と言える。
生活の向上と安定が見られる近年では滅多に起きていないが、領民からぎりぎりまで搾り取ったり、脱税したりする貴族はいるそうだ。
去年の収支表を見ると、ファウスタイン侯爵家には税を全て現金化すると年に白金貨2000枚ほどが入っており、それらを領兵や屋敷の維持、公共事業、公務などに当て、純利として残ったのは白金貨200枚ほどになっていた。
黒字になることが多いようだが、年によっては凶作であったり、魔物が頻出したり、公務で王都に上がったりと出費が重なって赤字になることもあるようだ。
ここまで他人に見せてもいいのかと聞くと、シリウスはやましいことは何もないし、別段隠すようなことでもないと胸を張って言った。
現在の資産は現金だけで白金貨1200枚を超えている。
これはトキのような一発掘り当てた者と違い、長年王国に仕えて領民を大切にしてきた積み重ねによるものだ。
自分と家名を誇りにしている様子のシリウスを見ながら、シリウスとファウスタインという家にトキは改めて尊敬の念を抱いた。




