76話 補習後のデート
新暦1348年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア
ファウスタイン侯爵家とケルスト公爵家の当主の許可を得たトキを待ち受けていたものがあった。
それは、補習である。
護衛依頼を受けていたために出席できなかった授業の分を、放課後と休日を返上しての補習により、出席扱いするという特別措置がとられたのである。
おかげでイリアとエレスとの約束は反故することになり、学園ギルドもジャクエルに任せっきりで事後報告を受けるだけとなった。
1ヶ月分の内容を通常授業と同時進行で1ヶ月の内に無理やり詰め込んでいくため、トキの頭の中と体は疲労困憊となっていった。
特に問題だったのは建築学Ⅱと古代史、武術科目だった。
建築学Ⅱはチーグルに課題を夜遅くまで手伝ってもらい、古代史はケオランに経由でユユのノートを見せてもらってクリアしたのだが、武術科目、というより運動Ⅱが問題過ぎた。
団体行動ができない分をなぜか上乗せしたという背嚢を背負っての行軍訓練。
自分の体重くらいあるのではないかと思うそれを背負って王都の外まで行き、街道を外れた林道を往復15km歩くというものを月5回。
まず、その重さで肩が痛くなり、次第に荒れた道によって体力が奪われ、足にマメができたのか強烈に痛みだし、なにより励まし合う仲間もいない孤独な戦いを強いられる。
ご丁寧に後方からの監視付きで魔法の使用も禁じられて不正は許されない。
休日の夜明けとともにスタートして、戻ってくるのが昼前で5時間弱かかる。
くたくたになりながら喉を通らない昼食を終えると、午後からは剣術Ⅱと体術Ⅱの補習を受ける。
休日がくるのが億劫になり、その日の補習が終わると泥のように眠る。
後日譚だが、運動Ⅱの補修内容は独断でロリックが決めたもので、それを聞いたトキは学園長室に短剣を抜いて突撃したとか。
無事1ヶ月間の補習を終えてから最初の休日、トキは一人ジョーの所へ顔を出した。
「おやっさ~ん、ちわーっす」
「おう、トキか。久々だな」
「いやぁ~この前の護衛依頼で授業出てなかった分、補習を受けてまして。先日やっと終わったんですよ」
「そうか。学生も大変だな。で、今日はどうした?装備の点検か?」
「それもあるんですが、ひとつ作ってもらいたいもんがあるんですよ。これを使って」
「こいつは例の……。まだ持っていたんだな。これで何作るんだ?」
「実は……」
護衛依頼の出発時以降会っていなかったので、その間にあったことを話した。
「お前さんが貴族にね~。しかも、公爵と侯爵の令嬢と婚約とはな。旅先で出会った街娘とかとくっつきそうだと思っていたが、そいつぁ予想外だな。まぁそれはいい。そっちは気は向かねーが引き受けてやるか。要望はあんのか?」
「ここはシンプルにこういった感じで、これは主張しすぎない程度にして、こう包むようにしてください」
「ほいほい。代金はいつも通りで」
「あっ、前の分どうなりました?」
「ちょい待て。おう、これだな。素材はほとんどそっち持ちだったから、金貨10枚だな」
「では、これで。今のやつはいつ頃できそうっすかね?」
「こっちの加工は知り合いに頼まなきゃならんし、二ヶ月はほしいところだな」
「じゃ~そのくらいにはまた来ます。おやっさん、頼んます」
「お~任せとけ」
ジョーへの依頼が終わったトキはルンルンと上機嫌で次へと向かう。
やってきたのは冒険者ギルド。
今日も人がごった返す繁盛ぶりだ。
しかし、その人垣もトキを見るとモーゼの十戒のように道を空けていく。
「銀翼だ」
「あれが?」
「マジでガキじゃねーか」
「かわいいじゃない」
「最年少だってよ」
こちらにも聞こえてくるが、せっかく道を空けてもらったので無視してカウンターへと歩いていく。
すると、受付でまたもや2階のギルマスの部屋へと案内された。
「ようこそ、トキニア君。失礼、今はゼペルルクス卿でしたな」
「その呼び名はよしてくださいよ。冒険者ギルドに来たくなくなっちゃいますよ?」
「ははは。それは困るな。では、トキニア君と今まで通りにしようか。どうぞ、かけてくれ」
秘書の人がお茶を出してくれたので、一口飲むとギルマスが話し始めた。
「年明けの会合が終わってね。帰ってきたばかりだったんだが、ちょうどよかったよ。その会合での結果、君のSSランク昇格が決定した」
「へえ、そうですか」
「うれしくないのかね?」
「いや、Sランクであれば上位ランクはどれでも受けられますから、どっちでもかまわなかったのが正直なところですね」
「なるほど。らしいといえばらしいのかな。おそらくだが、春先に行われる五カ国会議でも剣魔十傑として名があがるだろう」
「そっちもどうでもいいですね」
「ははは。これがSSランクの証明書だ。今後とも君の活躍を祈ってるよ」
「ありがとうございます。では」
部屋を出てから1階の掲示板を見るが、Sランク以上の依頼は少ない。
どちらにしても距離的に時間がかかりそうなものしかないので、当分受けることはなさそうだ。
ギルドから出ようとしたトキの前を、長剣を腰に差して傭兵のような格好をした20代ほどの男が立ちはだかった。
無精髭を生やして頬に傷があり、ギラギラした目つきでトキを下から上まで睨みつけていた。
「てめーが銀翼ってSSランクのガキか?ありえねー。てめーがSSランクなら俺様はSSSランクであっても当然ってもんだ」
おそらく傭兵崩れで、冒険者登録をしたばかりのため下位ランクからのスタートに不満があるのだろう。
最初の説明でもギルド員同士の、しかもギルド内でのいざこざは御法度と言われたはずなのに、こういうことをしでかす手合いは馬鹿というのが相場である。
「てめー!誰が馬鹿だ!」
「あっ、すみません。声に出てましたか?つい本音が漏れたようですね」
「てんめー!」
声が若干裏返っていたため、どこの雑魚キャラだよと笑いそうになった。
激昂して殴りかかってくる男の手を受け流すように躱し、側面から延髄に少し加速させた手刀を落として無力化する。
あとの判断はギルド職員に任せて、後ろに手を振りつつ外へ出た。
一連の流れるような動きに他の冒険者は感嘆の声をあげていた。
昼近くになっていたので、予定通り待ち合わせ場所に向かう。
行き先は第二区画北側の広場だ。
どうやらトキの方が遅かったらしく、姿を見て小走りに駆けた。
「ごめん。待たせたみたいだな」
「いえ、私たちも今来たばかりですし、約束時間にはなっていませんよ」
今日のエレスは黒いロングのワンピで、何かの毛皮を使ったファーがついた淡い色のコートを着ている。
花柄のリボンベルトによってキュッとしまっている腰と黒タイツの足が目に止まる。
少し伸びたミディアムくらいの金髪が肩の上でゆらゆら揺れていて、振り返ってもらったら悶絶しそうなくらいめっちゃ可愛い。
イリアは黒のトップスに茶色のロングスカート、そして赤のカーディガンを羽織っている。
長袖の上からでも線の細さがわかり、赤い色にグレーの髪がうまくマッチしている。
今日は髪を二つに分けて、両肩でそれぞれ結んでそれを前に出していた。
そう、おさげである。
これで先輩、と呼ばれた日には自分は自我を失う自信がある。
「トキ君……声に出てますよ?」
「うぇ!?また!?」
二人共少し顔を赤めて呆れた表情で笑っていた。
「またって、何かあったのですか?」
「あ~うん。それがさ~」
先ほどのことを歩きながら話した。
今日はエレスの次兄エルクセンがチケットを3枚都合してくれたので、エレス、イリアと劇場へ演劇を見に行く約束をしていたのだ。
創作のミュージカルということで芸術に疎いトキでも楽しめるはずと言われている。
劇は4の鐘からなので、第三区画で昼食を食べてからぶらつくか、ゆっくり話をしてから見に行く予定だ。
おしゃれな喫茶店のようなお店に入り、日替わりのランチセットを頼んだ。
お店のチョイスは女性陣で、先日の約束を反故した代わりにトキの奢りだ。
ホカホカの焼きたてパンにサラダとスープ、メインの肉料理が出てきた。
食事をしながら、会話も進む。
「SSランクに関しては、竜王を倒したと独立機関の長であるギルドマスターが証言すれば可決されてもおかしくはないですね。ですが、剣魔十傑は国家間の話し合いによるものなので、可決されればトキ君の情報がかなり外国に流れているということになります」
「まぁそれは仕方ないんじゃね?自重してなかったし」
「他国からも危険人物として認定されるということなんですよ?学園長先生は昔は人斬りとして知られていたし、ナルビスの学園長は貴族である実家を潰したとも聞きます。そんなものと並べられてうれしいのですか?」
「そんなものって。しかし、あの婆さん、んなことしたのか。師匠もそういえばそんなこと言ってたな。氷界のおっさんは何したんだろ?」
人ごとのように言うトキにもう!とご立腹なエレスをイリアがたしなめる。
おいしい料理に満足して、食後のお茶を飲んでいるとイリアの受験の話になった。
「今年も受験者数が多くなるそうなので、やっぱり少し不安です」
「おそらく今年がピークでしょうね。来年からはもう少し落ち着くと思いますけど」
「でも、勉強の方は問題ないだろ?魔法試験次第では上位合格するだろうし、合格自体は間違いないと思うぞ?」
「トキ君、それでも不安はあるものよ。もう少し優しさというか包容力が必要じゃなくて?」
「そういうのは狙って醸し出すもんでもないだろ。ま~そうだな、じゃ~受験直前におまじないをかけてやるよ。不安がなくなるやつをな」
「ありがとう。頼りにしてますね」
「ところで、イリアちゃんは入学したら生徒会に入ってくれますの?」
「はい。幼年学校同様に、私でよければお手伝いさせてもらおうかと思っています。またご迷惑をかけるかもしれませんが……」
「……もしかして、まだ例の彼は諦めてないの?」
「そういう噂を聞きました。魔法学園を受験するとか……」
「なになに?どういう話?なんか変な虫でもついて回ってんのか?」
「え~と、私の同い年で違う幼年学校にウィリアムス=リングバーグという侯爵家の長男の方がいるのですが、その方がちょっと……あれでして」
「あれ?」
「私から言えば愚か、はっきり言えば馬鹿ですわ。イリアちゃんが何度も断っていたのにも関わらず、あれこれ理由をつけては、いえ。あの人に拒絶という言葉は通用しないのです」
「よく理解できないのは確かですね。友人がかばってくれていたのですが、よく門で待ち構えていました」
「ふ~ん。まぁエレスとイリアにちょっかいかけるやつがいたら潰すから安心しろよ」
「そ、それは!?」
「トキ君」
「なんでしょう?生徒会長」
「人目につかない所でしなさいよ?」
「アイアイサー」
「ちょっと!?トキもエレス先輩も怖いことしないでくださいよ!?」
冗談半分のエレスだが、トキは真面目100%だった。
俺の女に手を出すやつは容赦はしない、と。
ちなみにだが、劇は想像以上に面白かったとだけ追記しておく。




