75話 ケルスト公爵家
新暦1348年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア
ファウスタイン侯爵家からの許しをもらって数日後、今度はケルスト公爵家を訪問しようとしていた。
ケルスト公爵家の門前に立ち、トキはシリウスから聞かされた国内の貴族情勢を思い返していた。
今まで詳しく聞いたことがなかったが、国内の貴族は大きく分けて4つの勢力に分類されるらしい。
一つ目は王室派。
これは国王の権限を強め、一層の中央集権化を図ろうとする派閥。
バッカヌ伯爵(宰相)や五卿の内では外務卿のコストリス公爵、法務卿のガルステン公爵がこれに属する。
五卿というのは、五公爵家当主が代々歴任する各行政機関を取りまとめる官職(大臣)である。
行政機関は流通局、司法局など12局存在し、公爵家は五卿を務めるため領地を持たない宮内貴族ということだ。
二つ目は保守派。
貴族の特権や慣習を維持しようとする派閥で、宮外貴族が多くの割合を占める。
内務卿のケルスト公爵家当主ミーゼバッハや財務卿のクンデワー公爵がその筆頭と目される。
三つ目は急進派。
軍備拡張や王政解体、貴族の権力を強めようと地方分権を主張する一派で、下級貴族や宮外貴族、特にアルゼン帝国側の国境近辺に領地を持つ貴族に多い。
急進派は主義主張が様々なため、纏めてそう呼ばれており、軍務卿であるギヴィレイ公爵は強兵策という点では賛同している。
4つ目は中立派。
他の派閥の主張に賛同せず、国王に忠誠を誓いながらも自分の生活や国民を第一義とする。
名誉貴族や宮内貴族内の下級貴族に多く、ファウスタイン侯爵はこれに属するが、宮外貴族では稀な例である。
ケルスト公爵は代々国家の中枢で手腕を振るう名門貴族であり、バリバリの保守派貴族というのがファウスタイン侯爵の意見だ。
おそらくだが、自陣への取り込みを考えており、片田舎にトキが引っ込むことを良しとはしないだろうと聞かされた。
ひとつ深呼吸をしてから門を叩いた。
執事が出てきて案内された屋敷内はファウスタイン侯爵家よりも華やかな印象を受けた。
白い壁や柱に色鮮やかな絵画や花、調度品がかけられており、天井からは等間隔に乳白色のガラスでできたシャンデリアが下がっている。
明るく華やか、けれども過度過ぎず配置され、主のセンスの良さが垣間見える。
通された部屋ではエレスと妙齢の女性が長方形のテーブルを挟んでお茶を飲んでいた。
30代か、いや20代とも言えるかもしれない妖艶な美女だ。
柔らかそうなウェーブがかった薄い色の金髪を背中に流し、薄い黄色のロングドレスの合間から見える肌の白さが映えている。
エレスは同じようなデザインの薄い赤色のドレスを着ており、見た瞬間トキの鼓動がドキッと跳ねるほどよく似合っている。
「トキ君、いらっしゃい。こちらへどうぞ」
エレスの隣りに腰を下ろすと、エレスが紹介してくれた。
「トキ君、こちらは私の母になります、レレンニーナ=ケルスト公爵夫人です」
「お初にお見えかかりますわ、ゼレルルクス卿。レレンニーナ=ケルストです。娘からお話はよく聞いております。どうぞレレンとお呼びくださいな」
「では、レレン様とお呼びさせてください。私はトキニア=ゼペルルクスと申します。私もトキニアと呼んでいただければ幸いです。以後お見知りおきください」
「ええ、よろしく。ではトキニアさんとお呼びいたしますわ。夫は少々仕事で帰宅が遅れておりますの。せっかく来ていただいたのに申し訳ないのですが」
「いえ、閣下がお忙しいことは百も承知ですので、お気になさらず」
「そう言っていただけると助かります。もうすぐだと思いますので、それまではトキニアさんの話をお聞きしようかしら。話題はたくさんありそうですし」
銀翼の活躍ぶりを聞きたいというリクエストに応えて、苦笑いしながらも話しだした。
端折った幼少期から順を追って師匠との出会いと修行、ギンやハク、配達依頼や竜王との戦いなど、確かに話題はたくさんあった。
最近ではエレスと仲良くしていると、男子のみならず女子からも敵視されることがあると話すと、レレンは口元を抑えて笑い、エレスは恥ずかしそうにしてトキの口を塞ごうとしていた。
話に花が咲き、3杯目のお茶のおかわりをもらった頃、ケルスト公爵が帰ってきた。
楽な室内着に着替えてきたケルスト公爵は部屋に入ってきて開口一番にこう言った。
「おいおい、レレン。私がいない内に随分と楽しそうな話をしていたようだな」
「ほほほ。トキニアさんのお話はとても面白かったですよ。キリもいいですし、今日はここらでおしまいにしましょうか」
それはないだろうと笑いながら文句を言うケルスト公爵は、最初に出会った時とは違って表情をコロコロ変えてレレンと話している。
厳格そうな政治家というイメージは払拭され、家族思いの良き父良き夫という印象を受ける。
目を見開き、面を食らった様子のトキにエレスが話しかけた。
「驚きましたか?父は外では厳格者として知られていますが、家の中ではいつもあの様子なんですよ?」
予想外な事実に驚きを隠せない。
笑顔になると一段と若く見える。
レレンの隣り、トキの正面に座ったミーゼバッハはオホンと咳払いをして話しだした。
「ゼペルルクス卿、まずは事前に伺いを立ててもらったにもかかわらず、不在となってしまったことをお詫びする」
「お詫びを受け入れます。しかし、何事も思惑通り進めることは難しいものです。閣下のように多忙な方でしたらなおのこと。レレン様やお嬢様と楽しくお話させていただけれましたし、お気になさらないでください」
「ありがとう。レレン同様、私的な場では私のこともミーズと呼んでくれるとうれしい。私もトキニアと呼ばせてもらってもよろしいかな?」
「はい、ではミーズ様とお呼びさせていただきます」
「うむ。ところで、エレスとのことだが……」
その言葉にトキは電気が走ったかのように背筋を伸ばした。
「エレスからも聞いた通り何の問題もない。ファウスタイン侯爵家のご令嬢との婚約も結構だ」
「……条件などはないのですか?」
「条件?例えば、私の貴族派閥に参入しろとかかね?」
「……はい」
「トキニア、今の世界情勢について君はどう思うかね?」
「カルティア、ナルビス、タルムの3カ国同盟はカルティア、ナルビスの王族結婚やタルムの乱立する家々の抗争によってバランスが崩れかけており、その関係や同盟自体に楔を打つ勢力が存在する、危うい情勢だと思います。カルティア王国としては、諜報の強化と国内勢力の統一、地下組織の掃討を図り、外国に対する一層の備えが必要ではないかと」
「ふむ。トキニア、アリビア王女殿下襲撃事件の顛末は聞いたかな?」
「いえ、何か動きがあったのですか?」
「これは近々発表されるが口外しないように。あの事件の裏にいた組織の特定には至っていないが、その実行犯を入国させて匿い、金を受け取ったとしてブンゴット辺境伯が処罰されることになった。家は取り潰しの上で、処罰対象はかなりの親族に及ぶだろう」
「やはりあの家でしたか。しかし、資金や伝、狙いから考えても国家クラスの思惑が起こしたものではないかと思いますが?」
「ああ。おそらくだが、私はアルゼン帝国ではないかと考えている。傭兵団に関しては、暗殺後も王国内で何かの調査依頼を受けるようになっていたらしくてな。なにやら大掛かりなことを企んでいるようだ」
「戦争……になりますか?」
「まだ猶予はあるとは思うがね。そういうわけで、私もいつまでも保守的な立場であるわけにもいかないのだよ。それにこれはエレスから聞いたことだが、君は政治的なものに関わるのを嫌うのだろう?」
「あー、はい。そうですね」
「そう思われているこんな家に生まれたくなかったと、泣きながら髪をばっさり切った時は君へ尋常でない殺意を抱いたものだが、受け入れられたと幸せそうに言うエレスを見てそれもなくなったよ」
「す、すみません」
「ただし、今度エレスを泣かせたり髪を切るようなことがあれば、親として断固とした手段をとる。覚えておきたまえ」
「はい。肝に銘じておきます」
「それと、トキニア。君は田舎に引っ込んでいても、いつかは引っ張り出されることになるぞ?私のカンだがね。ははは」
そういうことは口に出さないでもらいたいと思うトキだった。
その後、ミーズの強い要望により再びトキの体験談を話したり、エレスの幼少期の話を聞いたりしながら時間は過ぎていった。
ここでも夕食をご馳走になり、エリスの兄二人も同席した。
長男はエバレンスといい、現在21歳。
若かりし日のミーズはこんな感じでしたというほど顔も髪型も似ている。
今はケルスト公爵家の後継として内務卿直轄の人事局で働いているらしい。
近日侯爵家のご令嬢と結婚予定と聞かされた。
将来の兄なので、その際は何かお祝いをしようと思う。
次男はエルクセンといい、現在19歳。
こっちは目以外は母親似で、エバレンスとは違い柔和な顔つきのイケメンだ。
薄い金髪をトキよりも長く後ろでポニーテールのようにしていてかっこいい。
オークションが行われた劇場で俳優をしているらしく、未婚であるためお見合い話が殺到中というのも納得がいく。
いつかトキを主人公にした劇を演じてみたいと言われたが、勘弁してほしいと柔らかく断った。
心の中で頼むからリップサービスであってくれと願った。
二人とも年が離れた妹を大変可愛がっていることがよく伺えて、家族仲が良さそうな様子にトキの羨望がかきたてられた。
その様子に気づいたミーズがトキに声をかけた。
「トキニア、どうかしたかね?」
「いえ、皆さんがとても仲睦まじい様子だったもので、つい……」
「つい?」
ミーズとレレン、そしてエレスは思い当たる節があって口をつぐんだが、事情を詳しく知らない次男のエルクセンが問いかけた。
「いえ、食事中にすることでもありませんので、気にしないでください」
「そうかい?まぁうちは家族を第一に考えるからね。仲がいいのは良き伝統だよ」
「そうだな。トキニアもその一員となるのだからな。人ごとではないぞ?ははは」
ミーズが話をうまく逸らしたが、トキの心の傷は今も深く刻まれていることが察せられた。
ミーズとレレンはエレスにしっかりと支えるようにと視線で言い聞かせた。
その意を汲み取ったエレスも一度だけしっかりと頷き、トキに話を向けるのだった。
あなたは独りじゃないと教えるかのように。




