74話 叙勲と授爵
新暦1348年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア
年が明けてトキは13歳になった。
身長は165cm、体重は50kgちょいとやや細身なのは変わらない。
髪は相変わらずリリーのリボンを使って、後ろで軽く括っている。
少年の面影はまだ濃く、成長途中にある。
ハクは軍馬の1.5倍くらいの大きさになっており、冬なので栄養を溜め込んでいると信じたいほどになっている。
ハク共々ギンは今日はもう元気だ。
翼開長5mくらいになっていて、ふかふかの羽毛は暖かい。
成長しすぎて肩に乗せるのが辛い反面、よくここまで成長したなと感慨深くなる。
あの一件以来、エレスは学園内で事あるごとにトキに会いに来るようになっていた。
男子だけでなく女子からも殺気を向けられるので、少しは人目をはばかって欲しいものだが、腕に抱きついてきては嬉しそうにしているのでまぁいいかとも思ったり。
イリアには休日に会って3人でブラブラ買い物に行ったり、勉強を教えたり、魔法の練習に付き合ったりしている。
イリアの魔法属性は水>光>風の純魔法使い。
治癒魔法を得意としていて、攻撃魔法はあまり得意ではないらしい。
ちなみにエレスは火、水、風属性の攻撃魔法が得意で、この属性ならば不得意はないとのこと。
治癒魔法もトキと同じ程度使えれるらしく、合わせて弓術を習っている。
魔法試験の内容次第では10位以内の合格もできるのではないかとも思っているが、安易に無責任な保証をすることは避けている。
二人に対してはエレス、イリアと愛称で呼ぶようになっており、二人からもトキと呼ばれるようになった。
イリアからは他人の前ではトキ先輩と呼ばれており、その度に鼻血が出そうになっている。
さて、今日はいつもの装備で王城に呼び出しがかかったので向かっている。
ごたごたが片付いたので王女護衛の一件で褒美をとらすとか。
面倒だったがロリックに強制的に行くように仕向けられたのだ。
迎えの馬車まで用意する始末で、なにやら大事になっている。
待合室に待機すること20分ほどで謁見の間に通された。
「トキニア=ゼペルルクス殿、ご入場!」
初めて入った謁見の間は入口から玉座まで厚く赤い絨毯が敷かれており、玉座近くのその左右に50名ずつほどの貴族が並んでいてこちらを横目で観察している。
天井は見上げるほどの高さで、ガラス窓から日の光が降り注ぎ、白い光沢の石壁と相まって謁見の間全体を明るく照らしていた。
左奥には宰相イレント=バッカヌ、右列にはファウスタイン侯爵や流通局局長レクディアン伯爵の姿も見えた。
玉座には23代国王マルキス=カルティアとその隣りには30代ほどの女性(おそらく王妃だろう)、セリクスとアリビアもいる。
反対には近衛兵が起立していて、部屋の明るさとは反対に張り詰めた空気が漂っている。
(なんか罪人の気分なんだけど。褒美をとらすんなら歓迎しろよ)
一人頭を下げて貴族たちの前を歩き、玉座から少し離れた所で片膝をついた。
「表をあげよ」
マルキスの言葉で顔をあげる。
「トキニア=ゼペルルクス。王太子妃護衛の任務大儀であった。また、死神ガルツ=ルーパー、赤狼バクスターと名だたる猛者を討ち取り、暴風竜を討伐せしめたそなたの功績を称え、名誉男爵位を与える。加えて、この者に白紅華勲章を与えるものとする」
おおおおおお
(と、言われてもね……)
どよめきが起こるが、トキにはそれがどれくらいすごいものなのかわからない。
『白紅華勲章』
カルティア王国の最高勲章。
軍事・経済・文化などに貢献した者に送られる。
基本的には長年の貢献が必要とされるため、トキは最年少授与者となる。
この勲章が与えられるのは50年振り。
「トキニア=ゼペルルクス、近うよれ」
国王が近衛の一人から剣を受け取って、近づいたトキの肩を剣で叩く。
「我、カルティア王国第23代国王マルキス=カルティアは、汝、トキニア=ゼペルルクスに名誉男爵位を与えるものとする。国のため、国民のために正しくあれ」
事前に何も言われなかったので何もしなかったが、どうやらそれでよかったらしい。
白地に赤い花を模したものブローチを胸に、黒地に蔓の枠がついた白剣つきの肩章を肩に付けられた。
貴族のように礼装ではないため、ちぐはぐな印象が拭えない。
「これにて叙勲式を終える。以上、皆の者大儀であった」
王族から順に退室していくのを見守ったトキは他の貴族らと共に部屋を後にした。
その途中でトキと顔見知りの者が声をかけてきた。
「トキニア、おめでとう。一代限りではあるが、これでお前も貴族だな」
「シリウス様。ありがとうございます。ただ、少々戸惑っております。何も聞かされていなかったものですから」
「叙勲も最年少ではありませんかな?君には毎度驚かされる」
「レクディアン局長、ご無沙汰しておりました」
「妻子共々、今後共良きお付き合いをしていただきたいですな。ゼペルルクス卿」
「ハウゼン男爵、その呼び名は勘弁してください」
しばし談笑していると、そこへ金髪をオールバックにした40歳ほどの男性が近づいてトキに話しかけてきた。
中肉中背で厳格そうな顔つきをしており、それに似合わない目じわが目をひく。
「ゼペルルクス卿、お初にお見えかかる。当方はケルスト公爵家当主ミーゼバッハ=ケルストと申す。この度の叙勲、心よりお喜び申し上げる」
「ありがとうございます、ケルスト公爵閣下。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。トキニア=ゼペルルクスと申します。以後お見知りおきください」
「娘から話は聞いている。近いうちにぜひ当家を訪ねたまえ。妻共々歓迎しよう」
「ありがとうございまず。お嬢様とご相談の上で、お伺いさせていただきます」
待っているよと言ってミーゼバッハは去っていった。
表情に変化はなく、心の中もうまく読めない。
エレスの言葉を信じるならば本当に歓迎しているらしいが、何かの間違いではなかろうかと思った。
その姿を見送ったトキにシリウスが声をかけた。
「トキニア。この後、時間はあるかな?」
「はい、問題ありません」
「では、我が家に来なさい。マルサも首を長くして待っていよう」
シリウスと一緒に馬車に乗り、王都にあるファウスタイン侯爵家の屋敷に向かった。
屋敷は第二区画の南側、王城に近い位置にあった。
狭いところだがと言われるが、3階建ての立派な大豪邸だ。
正門を抜けて本邸に止まると、使用人を従えてマルサとイリアが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、トキニア。叙勲されたと聞いたわ。おめでとう」
「ありがとうございます、マルサ様」
いつもの優しい笑顔で軽い抱擁をしながらお祝いを述べた。
イリアもおめでとうと同じく抱擁しようとするが、トキが逆に軽く抱きしめた。
「オホン!人前ではもう少し慎みを持ちなさい。マルサお茶の用意を」
「若いっていいですわね。ほほほ」
すみません、と二人して謝りつつ部屋に案内された。
イリア手ずからのお茶の接待を受けつつ、シリウスから今回の叙勲について話された。
「トキは名誉男爵となったわけだが、今までと何が違うかわかるかな?」
「いえ、一代限りの貴族っていうことくらいしかわかりません。貴族になるとは思っていませんでしたので、一から教えていただきたいです」
「そうか、では最初から話そう。この国ではすべての土地が王家直轄領か貴族領のどちらかになっている。領地を持つ貴族を宮外貴族、持たない貴族を宮内貴族という。名誉爵というのは世襲されない宮内貴族のことだ。平民を叙勲する場合に与えられる位だな。国民は税金を国に直接か、貴族や領主を通して間接的に納める。それを国が管理し、公共事業や防衛費、爵位に応じて貴族への分配を行うのだ。名誉爵は伯爵位までしかないが、男爵位の場合は年に白金貨5枚が与えられる。宮内貴族の多くは何かしらの役職についていたり、行政機関で働いているが、宮外貴族の中には同じように働いている者もいる。まぁ名誉爵というのは悪く言うと首輪のようなものだ」
「首輪、ですか」
「ああ。領地は与えられないが、この国にいる限り金を与えるぞということ、そして他国への牽制を含んでいる。一代限りだが貴族としての特権も与えられているし、優秀な人材が他国に流れることを防ぐのだ。特権の例をあげると、国民は15歳以上の成人になれば人頭税を払わなければならんのは知っているな?それと家を持つと土地に対しても税金が発生するが、これらの免税が受けられる。他にも第二区画など貴族街へは自由に入れるし、時間はかかるが、国や王族への申し立てや謁見もできる。加えて、成人男性は15歳~25歳までで2年間兵役の義務が発生するが、これもなくなる。ただし、国の徴兵には普通の貴族同様に応えなければならない」
「え……?兵役の義務があったのは知りませんでした」
「ん?魔法学園では授業に行動訓練や武術を必須としているだろう?無事卒業できれば、それで免除されるのだよ」
「ああ~なるほど。だからあんなに厳しかったんですか」
「おいおい、トキよ。おそらく最初に説明を受けたはずだぞ?」
ハハハと受け流すが、全くもって記憶になかった。
ぼーっとしていたか、ケオランと話をしていたのだろう。
「トキは将来パイオニル村に帰るつもりなのだな?」
「はい、その意思は変わりません」
「そうか。復興、というより開拓になるか。開拓するにはその土地の領主、つまりトキの場合だと私だな。領主に許可を得てから開拓し、1年間の免税が認められた後、次の年からは戸数に応じて税金を払わなければならない。以前のパイオニル村の規模だと年間白金貨12,3枚ほどだったな。それとこれも次の年からだが、収穫された作物の1割を納めねばならん」
「なるほど。会計を任せている者とよく相談しておきます。あっ、シリウス様。ひとつお願いがあるのですが」
「なにかな?」
「その会計を任せている協力者は私のひと学年上でして、私が卒業するまでの1年間にシリウス様の下で統治の勉強をさせていただきたいのです」
「ほう。トキニア自身は必要ないのかね?」
「私もできましたら長期休暇にご指導していただきたいです」
「……いいだろう。私もできる限りの協力をしよう」
「ありがとうございます」
約束を取り付けることができてお茶を一口飲む。
「礼には及ばないさ。言っただろう、トキニアは息子も同然だ。それに将来、本当の息子になりそうだしな」
「ぶっ!」
突然の話題転換に驚いてしまった。
ニヤリと笑いながらウインクをするシリウスは、30を超える年齢だというのにいたずら好きな少年のような印象を受ける。
隣りのマルサは変わらない微笑みを浮かべ、イリアは顔を赤く染めて目線を下げている。
「親としてはトキニア、イリア両方の幸せを願っている。片方だけが幸せであっても私たちは悲しむだろう。正直、エレスティナ嬢を含めた話を聞いたときは心配に思った。ただでさえ、妻を複数娶る者は家内で確執が生じるものだ。それを最初から二人同時にとなるとどうなるか。それでもトキニア、お前はイリアを幸せにし、自分も幸せになれると言えるのか?」
「先のことは誰にもわかりませんし、今の段階で私に明言できることはそう多くありません。まず、家内に序列を作るつもりはありません。そして、私がお嬢さんに好意を寄せていること。彼女を妻にできないなら誰とも結婚しません。最後に、生涯何があろうと彼女を守り続けること。これだけは確約いたします」
「幸せにするから嫁にくれと頼まないのだな」
「もちろん幸せにしようとは思っていますが確約はできません。申し訳ありませんが」
「いや……だが、君の守るという言葉は何よりの信頼に値する。絶望の淵に立ってもなお強くなろう、強くあろうとした君の言葉だ。私はそれを信じよう。イリアが望むならっと、聞くまでもないようだな。いいだろう。2人を、いや、3人の仲をファウスタイン侯爵家当主として認めよう」
「ありがとうございます!」
「最初から認めていたのに父親というのは面倒なものですわね」
マルサの言にシリウスはバツが悪そうにする。
それからは和やかな会話がなされていった。
ファウスタイン侯爵家にはイリアの1歳下に長男がいるらしく、家のことはその長男が継ぐつもりらしい。
王都の幼年学校で寮生活をしているので、いつか機会があれば紹介すると言われた。
夕食をご馳走になったトキはイリアと次に会う約束をして屋敷を後にした。




