67話 老師の仇
新暦1347年 ガレリア大陸 カルティア王国東南部 ナルビス国境
川の対岸、街道の向こうから白い集団が見えてきた。
ナルビス王国には4つの王国騎士団があるという。
近衛を任じられる第一騎士団、国内の警護を任じられる第二騎士団、他国との国境に配置される第三騎士団、国内外問わず情報収集を任じられる第四騎士団。
それらはそれぞれ白、青、赤、黒の色調で区別できる。
王族の護衛ということで、今回は第一騎士団が任務についていた。
白地の旗に二本の剣が交差し、背後には国花とされるラフラの絵が描かれている。
およそ200名ほどの騎士と馬車が5,6台。
中央に位置する先頭の馬車は他と違い、煌びやかな意匠がされている。
橋を渡り終えた集団はカルティアの騎士団を前に、その馬車を横付けした形で横陣を敷いた。
指揮官と思われる中年の騎士が下馬して口上を述べる。
「我らはナルビス王国第一騎士団。ナルビス王国第一王女、アリビア王女殿下の護衛で参った。其の方、カルティア王国王国騎士団に間違いはないか」
「任務ご苦労。我らはカルティア王国王国騎士団。アリビア王女殿下の護衛で参った。こちらにカルティア王国第23代国王、マルキス=カルディア陛下よりの書状がある。確認されよ」
お互いの素性を確認し合ったところで、王女の登場となった。
「遠路ご苦労様です。私がナルビス王国第一王女、アリビア=ナルビスです。王都までの護衛、よろしくお願いしますね」
騎士団一同が膝をつき礼をとったので、トキもそれに習う。
第一騎士団に別れを告げたアリビアは王国騎士団の中にいたトキに気がついた。
「まぁトキ。トキですわよね?しばらく会わないうちに大きくなられて。あなたも私の護衛に?」
「はい。お久しぶりでございます、アリビア王女殿下。殿下もご壮健そうな様子でなによりでございます」
「アリビア王女殿下はゼペルルクス殿をご存知でありましたか」
「はい、セルクス王子殿下との手紙を何度か配達していただきました。ツェラート団長、できれば王都への道中、彼に話し相手になっていただきたいのですがよろしいですか?」
「はっ。元々ゼペルルクス殿は王女殿下の傍に配置する予定でしたので問題ありません。では、出発準備が整いましたらお声をかけさせていただきます」
「御心気遣い感謝いたします。トキ、あちらで出発までお話しましょう」
人目があったのでこちらから声をかけるのは憚っていたのだが、アリビアはトキを覚えていたようだ。
1年半ぶりに会ったアリビアは相変わらず美しい銀色の髪をなびかせていて、若干少女の面影があった感じが消え去り、十分大人と言える美女へと変身していた。
専属の侍女であるサーナ以外は人払いをして話しだしたアリビアは外見とは違い、あの時と変わらない表情を見せている。
会っていなかった間のことをざっくりと話し合った二人は今回の経緯を話しだした。
「それで、今回はなぜトキが護衛に来たのですか?セルクス王子殿下の図らいかしら?それとも単純にお姉さんに会いたくて?」
「茶化すなよ。俺が来たのは宰相からの依頼だ。今は冒険者として護衛についている。その様子だと何も聞いていないようだな」
真剣な表情に変わったトキに、サーナとアリビアは怪訝な顔を浮かべた。
「俺を覚えてなかったら、もしくは人柄が変わってたら話すつもりもなかったんだけどな。……実は暗殺の情報が入ったんだ」
「王族が動けば何かしらそういうことが起きるのは仕方ないわ。でも、それだけなら騎士団だけでも十分なはず。他にも何かあるということ?」
「察しがいいな。……裏ギルドの動きが活発すぎるんだ。ロリック=シルバーの読みではガルツ=ルーパーが出てくる可能性がある」
「っ!!あの死神が……」
サーナは目を見開き、アリビアは体を硬直させた。
「そうさせないために俺が来たんだ。しっかりと守ってやる。だが、最悪の場合は連れてきた侍女も騎士団も放って、アリビアだけを連れて逃げる。俺がやられたらハクに乗って一人ででも逃げろ。そうなっても判断にケチつけるなよ?」
「……わかりました。トキを信じましょう」
「まっギンもいるし、あれから俺も強くなってるからな。感知魔法とギンで四六時中張り付いて見張ってるから安心しろよ」
「あら、着替えや寝るときもかしら?結婚前だというのに、トキったらおませさんね」
「お望みとあらば、セルクスにぃを満足させられる体に成長したのか確かめといてやるぞ?」
「弟が可愛くなくなっちゃってお姉さん悲しいわ。以前ならウブな反応で赤面していたのに。しかも、返しに汚れを感じるわ。純真な弟はもういないのね」
「最初っからそんなのいねーよ。冗談言えるくらいの方が守られる側も安心だろ?」
お互いにおかしくて笑い合う。
そうして話しているとツェラート団長が出発すると知らせてきた。
「さぁ、自分の国の王妃様になる女性がどれだけべっぴんさんか、国民に知らせてやるとするか。愛想振りまいて手でも振っとけよ?」
「任せなさい。猫かぶるのは大得意よ」
アリビアの手をとり、二人は立ち上がる。
王都までの長い旅が始まった。
王都からは、トキと同じくして騎士団500名が増員として送られていた。
合流予測地点は旅路の2/3といった場所にあるクレメンスという街だ。
敵が情報を手にしているならば、それまでのところで襲ってくると思われる。
ガルツ=ルーパーならば全ての道のりで可能性があるが、集団で襲ってくるならば5日目にさしかかる高低差のある連続した峠が危険だと推察された。
起伏が激しく左右には森が覆われており、全ての方向に偵察を送らなければならないだろう。
集団で襲うなら伏兵を配置するにはもってこいの場所だ。
そうなった場合は騎士団に任せることにし、トキはガルツ=ルーパーが来た場合に備えておく。
敵の注意を逸らせる必要がないほど自信があるなら、単身でやってくる可能性もある。
アリビアには心配無用と大言吐いたが、あれから3年――死神の実力がどうなっているか、トキの力がそれに及ぶのかは未知数だ。
馬車の窓から顔を覗かせるアリビアと会話をしつつ、トキは常に半径40mほどとなった感知魔法に注意を向けていた。
立ち寄った町や野営時には暗殺者の影は見えなかった。
こちらの警備に警戒しているのか、まだこちらを見る範囲には来ていないのか、神経を尖らせる日が続く。
5日目、警戒域に突入する朝を迎えた。
「おはようございます。トキ?寝ていないのですか?」
「おはようございます、アリビア王女殿下。ギンと交代で寝ておりますのでご、心配には及びません」
「護衛してもらっている身で心苦しいのですが、あまり無理はしないように」
「お心気遣い、ありがとうございます」
ツェラート団長の出立、という声で集団が移動を開始した。
宿場町を出発した一同はこれまで通り、騎馬4騎縦隊25列、王女殿下の馬車、騎馬4騎縦隊25列、輜重部隊、馬車の順に並んでいる。
王女殿下の馬車横にはさらに騎馬8騎ずつが左右に2列で並び、左側にトキ、右側にツェラート団長がその内側に位置する。
休憩を挟んで、昼過ぎになりいよいよ峠道に突入する。
今までは5方向だったが、2人1組での偵察を8方向に増やし、順次送る。
交代しながら偵察をするが、特に変わったことはないようだ。
ところが4の鐘が鳴る頃、定時になっても前方3方向へ偵察に向かった騎兵が戻ってこなかった。
異変を察知したツェラート団長は峠の頂上付近で足を止め、前方5方向のみへ一個分隊5名ずつを送ることにした。
(3方向で消されたとすると、ガルツ=ルーパーではないか。騎兵が同時にやられたということは、相手は隠れて複数箇所で待ち構えているか。各個撃破を狙ってそのまま動かないなら相手は少数。加速して突破もありだが罠を張ってる可能性は高いな。異変を察知されたと思ってこっちに来るなら、多勢か勝てる見込みがあるか)
現状解析しながら偵察の帰りを待っていたとき、
キュエエエエエ
ギンの声に反応して、トキとは反対の馬車の右方向を注視した。
トキはアリビアとツェラート団長の傍にハクをつける。
「アリビア王女殿下、賊が参ったようです。万が一のときはハクに乗って駆けてください。ハクに追いつける馬はいません。ツェラート団長、おそらく死神が来ました。他のことはお任せします」
言いたいことだけ言ったトキは宙に舞って草地に降りる。
足首くらいの高さの原っぱが50mほど続き、薄暗い森が奥に広がる。
感知魔法を発動させながら、トキは声をあげた。
「久しぶりだな、ガルツ=ルーパー。俺を覚えているか?」
トキの見る方向には誰もいない。
後ろからそれを見守る騎士団員には、いくらあの死神だろうと全く何も見えないのに本当にいるのか疑わしく思えていた。
例外として、広域の感知魔法を発動させていた者数名だけがトキの話しかけた相手を感じ取っていた。
「一応忠告しとくぞ?上空からの目からは逃れられないし、俺の感知魔法からももう逃げられない。俺のスピードがあんたより劣るとも思えない。あんたの残された道は俺を倒して目的を果たすしかないってことだ」
変わらずトキの独り言は続く。
森の木影からゆっくり歩き出した相手はトキの感知範囲に入った。
自分の言葉を聞いて自らこちらに向かってくるとは思っていなかったが、その言葉に偽りはない。
相手を注意深く観察する。
全身を覆う布、腰には細い直剣、細身で身長は170cmほど。
懐から何かを取り出すと、トキに向かって素早く投擲してきた。
キィン
短剣を抜き、そのまま叩き落とす。
細長くて黒い匕首のような金属武器だ。
「確認か?言葉もなしにとんだ挨拶だな。3年ぶりの再会なんだ。少しくらい話してもいいんじゃないのか?」
ヒュウっとトキが起こす風が吹きつける。
出てこいよ、と言わんばかりに。
そして、トキから30mほど離れた位置に黒い靄がかかるように姿を現した。
以前見たときと変わりない様相だ。
唯一覗かせる眼光がトキにあのときの光景を思い出させる。
重い、そう感じさせる声がその男から発せられた。
「お前は、あのときの弟子か。時の流れを感じるな」
「覚えていてくれたようで何よりだ。俺はあんたに会えてうれしいぜ?復讐なんざ考えてなかったが、自分の強さを確認できるいい機会だ」
「殺した者は全て覚えている。あの時の小僧がな。俺を見ることができる程度には成長したか」
「どの程度まで成長したかは後でたっぷりと教えてやる。二つ質問をしたい」
「…………」
無言を是と受け取り、トキは話を続けた。
「一つ目、今回の依頼はアリビア王女を狙ったものだな?依頼主は?」
「…………」
「まっ、これについてはどうでもいい。あんたが答えるとは思ってもいないしな。二つ目、あんた、なんで暗殺をする?金か?」
「……託されたモノのためだ」
「…………」
ガルツ=ルーパーの答えは抽象的で、色々な想像を掻き立てるものだった。
それ以上の答えが出ないため、トキは話を切り上げることにした。
「わかった。わかってはやれないけどな。あんたも人を殺してきたんだ。自分が殺される覚悟もあるだろ?今回がそうなる。じゃ……いくぜ?」
感知を強め、両剣を構えたトキは疾風の鎧を発動させた。
かつてそれを披露する間もなく敗れた師の業を、今度は弟子が目に焼きつかさせる。
(手加減は不要!全力を上げて、殺すっ!!)
爆発するような加速により、地面が爆ぜた。
ガルツは瞬時に闇に溶けて消え去る。
「だから見えてんだよ!」
チュィン
逆手に持った左剣の斬撃をガルツは黒剣で防いだ。
何もない空間で金属同士がぶつかる音が連続する。
ガルツは右手に持った黒剣と左手から放つ暗器で応戦する。
暗殺を得意とするなら戦闘力そのものは大したことはないかと思いきや、黒剣による刺突を中心にした巧みな剣術を操る。
加速によるかく乱を狙って回り込んでも、ガルツも感知魔法を使っているかのように的確な投擲を放ってくるため、トキも防御に回る事態になっていた。
(刺突の引くスピードが早い。懐に入れねー。入ったとしても暗器が、離れても暗器が飛んでくるか。無限ってことはないだろうけど、ネタ切れを確信できるわけでもねー。まずは刺突をどうにかするか)
トキが刺突の引きに合わせて踏み込み右薙を払う。
それを右に避けたガルツはトキの周りを右に弧を描くようにステップする。
すかさずトキはそれを追って左足を踏み込んだ。
すると突然、トキは何かにひっかかり前へと態勢を崩した。
その好機を逃さずにガルツが渾身の刺突を穿つ。
ワケがわからないながらもトキは自分の体を横へと吹き飛ばした。
「ぐっ!!」
転げ回りながらもトキは態勢を立て直す。
(やつは!?)
ガルツはトキを捨て置き、馬車の方へ走っていた。
「逃がさねーっつてんだろがっ!」
急加速したトキは一閃の矢の如く、ガルツへ突進する。
加速がつき猛進してくるトキに気づいたガルツは足を止めて後ろへ下がった。
ズザァァアアア
「言ったよな?王女の顔を拝むのは俺を倒してからにしろ」
再び両者が剣を構える。
(さっきのは……何も見えなかったが、何かに引っかかった。魔法か……感触からして紐のようなもの。見えないほどの細い糸を張り巡らせて引っ張った?となると、考えられるのは暗器に括っていたとかか。まぁいい。注意していれば二度はかからない)
態勢を崩すと同時に疾風の鎧で姿勢制御を行えばいい。
今のトキは3つの魔法を同時展開している。
疾風の鎧、風の囁き、そして風の鉤爪。
外見上は特に魔法を発動しているようには見えない。
その特性を生かし、ガルツの動きに集中してチャンスを待つ。
ロリック戦でのトキのような突きの猛攻を捌く、躱す、受け流す。
だが、懐には入らない。
そして、予備動作の大きい突きが予測できた。
(ここだ!)
右突きをフェイントに左腕を開き、急所を晒す。
狙い通りガルツが胸を刺しに来た。
左手で殴るかのように黒剣を防ぎ、捻って固定する。
それと同時に右上にそれを振り上げ、相手が態勢を崩したところで懐へ飛び込んだ。
(まずは右腕っ!)
右剣で下から右腕を突き刺す。
ガルツがグァっと声を漏らす。
それでも、左手からまたもや暗器を取り出そうとした。
だが、その反応はトキを上回るものではない。
風の鉤爪を解除し、刺さった右剣を引き寄せながら右の首元に左剣を深々と突き刺した。
「ぶぁ……」
傷を負ったことにより隠蔽魔法が解除される。
ドサっと後ろに倒れたガルツは血を口から流していた。
空虚な目は空を見つめ、そしてトキを見た。
その瞳を見たトキは何故か感謝と懺悔の気持ちを汲み取った。
「おい、人を殺したことを嘆く良心があったならなぜ止めなかった」
トキが聞いても、もうガルツは言葉を口にすることはできなかった。
そして、ヒュウヒュウという弱い呼吸は時経たずして聞こえなくなった。
「ちっ、なんとも後味悪い最後にしやがって。殺し屋なら最後まで殺し屋らしくしてろっての……」
人を殺していい気分になるはずもないのだが、何百人も殺してきた殺人鬼とは思えないような死に様だっただけに、トキの心中は複雑なものになっていた。
うぉおおおおおおおおおお
背後で気合を入れるかのような雄叫びがあがる。
トキがガルツ=ルーパーに勝ったための歓声ではない。
峠の先を見ると、騎士団に向かって数百の騎馬兵が向かってきていた。
「あんただけじゃなかったってわけね。もうひと仕事せにゃならんか」
首をコキコキと鳴らしたトキは軍勢に向かって走り出した。




