68話 赤狼来襲
新暦1347年 ガレリア大陸 カルティア王国東南部
こちらに向かってくる軍勢はおよそ500騎ほど。
統一感のない装備だが、大きな旗を掲げていた。
黒地に赤い狼の姿が描かれている。
騎士団はそれを見てひるんでいる様子だった。
先ほどの雄叫びは騎士たちの様子を見たツェラート団長による鼓舞だったと思われる。
「ツェラート団長!ガルツ=ルーパーは倒しました」
「おお、それは朗報ですな。しかし、状況は危機的なものと言えます」
「場所的には高所の理があります。相手が問題なので?」
「ええ、悪名高い傭兵団です。赤狼の爪牙と呼ばれる500ほどの集団なのですが、かなりの手練揃いな上に残虐で戦場では恐れられております。さらに厄介なことにその集団を率いるのが剣魔十傑の一人で傭兵ギルドSSランクの赤狼、バクスターと呼ばれる男です。なぜあの傭兵団がこんなところにいるのか見当がつきません」
「剣魔十傑を二人も同時投入。依頼者は相当な資金力を持っているようですね。さらに情報は筒抜けと言っていい。偵察はどうなりましたか?」
「前方からの偵察ではなんとか帰ってきました。あの500は散っていたようですが、追いかけるうちに合流したようですな。他に敵影はないとのことです」
「仮に、王女殿下だけを連れて逃げたとすると、どう出てくるでしょう?それと、あの軍勢と今の兵力でぶつかった場合どうなると思いますか?」
「誰も見逃さないでしょう。やつらにとっては身代金、装備、馬や輜重に到るまで略奪と殺戮の対象となります。せめて兵数が同等であれば……。相手には魔法使いもいると思われますので、正直勝つのは難しく思えます。時間を稼ぐこともできましょうが、増員の派遣は間に合いますまい」
「そのバクスターという男の詳しい情報はありますか?」
「いえ、私も噂程度にしか知りませんが、傷を負ったことがないと聞いたことがあります」
「そうですか。……仕方がありませんね。乗りかかった船です。私が先行します。騎士の方々には撃ち漏らしの撃破に当たってもらいたい。」
「なっ!?相手は屈指の傭兵団ですぞ!?いくらなんでも無茶が過ぎます!」
「いえ、私の範囲魔法の巻き添えになるので下がっていてください。それによって死にたければ自由にしてもらって結構」
そう言ったトキは一人、こちらに突き進んでくる軍勢に立ち向かう。
そこで、アリビアが馬車の窓からトキに声をかけた。
「トキ!……無理をなさらないよう。ご武運をお祈りします」
「お任せあれ」
何か別のことを言いそうになったが、それを堪えるようにしてアリビアは気丈に振舞った。
それに対し、トキは立ったまま右腕を左胸に当て一礼し、コートを翻して戦場に向かう。
頭後ろの兜を着装する。
剣はまだ腰に差したままだ。
(さて、まずはやつらの足を止めるか)
峠を下り、騎士団から300mほど離れた位置でトキは宙に浮かぶ。
それを確認した傭兵たちは少し馬速を落とし、トキから50mほどの距離で停止した。
竜巻の散乱で先制攻撃を仕掛けるつもりでいたのだが、相手は未知なる敵に警戒心を高めているようだ。
(なるほど、戦場で生き残るだけの冷静さと臆病さは持っているか)
兵の間を割って、30代前半くらいの男が先頭に現れた。
胸や頭を金属で、他は革の鎧を着込んでおり、赤い髪が兜の間から見えていた。
名の通り赤い基調の装備で、肩に狼の剥製のような頭を乗せている。
やつが赤狼バクスターで間違いないだろう。
「てめーが噂に聞く暴風竜を狩ったっつうガキか?死神の爺さんは死んだか?」
「さてな、そんなことはどうでもいいだろう。一応聞いといてやる。何が目的だ?」
「あいつぁ目障りだったんだよ。うろちょろすんなとか抜かすしよ。殺してくれたなら御の字だ。目的はトキニアとかいうガキとナルビス王女の命、それと残りのもん全部だ。命も防具も武器も馬も女も食物もなぁ!ぎゃはははは!」
「ペラペラとまぁよくしゃべる刺客だな。よ~くわかったよ。俺がお目当てのトキニア=ゼペルルクスだ。その名においてお前らに言い渡す。全員、死刑」
何が楽しいのか笑い出す傭兵たちに、そう宣告したトキは加速して竜巻の散乱を撒き散らす。
巻き起こされる暴風に傭兵たちは笑うことを止めて、必死に馬にしがみつき耐えようとするが、次第に風力を増していく竜巻によって馬もろとも上空へと巻き上げられる。
巻き込まれる者は絶叫を上げて地表から上空へ、そして地表に衝突する。
阿鼻叫喚の事態になっても、さすがというべきか敵を見据えて攻撃しようとする者もいた。
だが、弓や魔法を放ったところで、散発的な攻撃では自由に飛びまわるトキを捉えることはできない。
巨大化した竜巻は2桁にのぼり、僅か数分で半数が戦闘不能となっていた。
先頭から順に周囲を囲むように攻撃していくことで傭兵団は中へと集められていく。
逃げ道をなくし、集めたところで一網打尽にするつもりだった。
しかし、多くの者が倒れていく中、バクスターの一喝が集まった傭兵たちの息を吹き返すことになってしまう。
「てめーら!前へ進め!乱戦になりゃこっちのもんだ!」
バクスターは土壁によって暴風に耐えていた。
どうやら土属性の魔法を使うらしい。
傷を負わないというのはその系統の硬化魔法と当たりをつける。
ナルビス王国のクロウリア魔法学園学園長のサリビエ=ストックフォードと似ているようだ。
バクスターの命令に従えれた数十騎が前進する。
地上に降りたトキは後方から順次、背を見せる傭兵たちを斬りつけていく。
まとまったものには斬撃の刃でまとめてなぎ払う。
その速度は馬をも上回り、加えて空中での立体運動を可能とするトキにとって、それは最早作業と化していた。
馬を疾駆させながらも背後から聞こえてくる仲間の叫び声に恐怖が伝染する。
姿が見えない敵が背後から迫る。
手練と自他共に認める自分たちがあんな子供に為すすべもなく殺されていく。
それは歴戦の傭兵たちでも体験したことがないものだった。
バクスターは背後からの悲鳴を聞きながら速度を上げるように声を荒げた。
しかし、その声に反応する気力がある者はいなかった。
言われずとも、誰もが必死に馬を全力疾走させていたからだ。
そして、トキの双剣がついにバクスターにも襲いかかり、騎士団まで50mを切った距離で突如、馬がバランスを崩したように倒れ込んだ。
素早い反応でバクスターは受身を取りながら地面を転がる。
「あとは、お前だけだな」
立ち上がるバクスターにトキが歩み寄る。
いつの間にか走り出した騎兵はいなくなっていた。
「クソガキがっ!よくも俺の部下を!愛馬を!殺すっ!!」
バクスターの得物は矛だった。
落馬しながらも手放さなかったのは褒めるところだが、騎乗した時こそその威力を発揮するだろうに、今は地上戦だ。
トキはそんなことには遠慮しない。
風の囁き、疾風の鎧の同時展開。
リーチこそ劣るが、竜王の角によって強化された短剣の切れ味は風の刃を必要としない。
「俺は赤狼、バクスター様だ!いくらお前が空を飛ぼうが竜巻を起こそうが、戦場で傷一つついたことがない俺様を」
ザシュッ
「悪い、話長くてつい斬ってしまった。んで、傷一つ何だって?」
「うぎゃあああああああ!俺の!俺の腕がああああ!」
名剣と呼べる短剣によって繰り出された高速の斬撃はバクスター自慢の硬化魔法を叩き斬った。
左腕を切り落とされたバクスターを興味がない目つきで見つめる。
「お、お、俺の硬化がきか、効かないなんてぇ!クソガキぎゃあ!」
「お前傭兵なんて辞めて芸人になったら?素質あるぞ?生き様が面白くて笑えるわ。ギャグみたいな反応しやがって」
「ぐぅおおおおおお!」
右腕一本で矛を振りかざしたバクスターにため息つきながら、トキは踏み込み右腕をなでるように斬りつけた。
スパンと音がしそうなほど綺麗に切れた右腕は矛を持ったまま宙を舞う。
「があああああああぅぅうああああ!畜生がぁあああ!」
「うっほ!コメディアン顔負けのナイスリアクションだな!」
パチパチと拍手するトキに後方で様子を見守っていた騎士たちはドン引きしていた。
そんな彼らに気がついたトキはツェラート団長に声をかけた。
「ツェラート団長!残党の討伐を半数で行ってください。あと、いくつか聞きたいことがありますので、バクスターを捕縛して治癒を。私は森の中に逃走した者を追います」
「あ、ああ、はい。わかりました」
ピュウイ
トキはギンを呼んで森の中の捜索に当たった。
ギンの目による索敵は的確で、トキが次々と討伐、無力化していき、追随する騎士に後を任せる。
ギンがもう見当たらないと返す頃には追撃によって3,40名を血祭りに上げていた。
死者340名余り、捕縛118名、竜巻による損傷で数が曖昧で500には届かなかった。
騎士団の所へ戻ってきたトキはカファを吹かして一服ついた。
「さて、赤狼さん。いくつか聞きたいことがあるんだが、いいかなぁ?」
尋問にはツェラート団長と中隊長2名、治癒魔法使い1名が同席した。
アリビアには少し刺激が強くなるかもしれないので離れてもらっている。
煙を吹きながら、あぐらを組み首に縄を巻かれ杭に繋がれたバクスターと視線を合わせた。
俺が仕留めた獲物と言って尋問を買って出たトキは薄笑いを浮かべており、先ほどの圧倒的な光景と相まって同席者達は冷や汗をかいていた。
「…………」
止血されたとはいえ、失った両腕の痛みが消えたわけでもない。
そのためバクスターの顔色は真っ青で、額には脂汗を滲ませていた。
「おいおい、芸人だったらいいともーくらいのノリじゃなきゃ売れねーぞ?ほれ、言ってみ?いいともー!」
「…………」
シュッ
ザシュッ
「ぐあああああああああああ!」
「な~んだ、リアクションできんじゃん。その調子その調子。おい、治癒。止血してやって」
「は、はい!」
「ゼ、ゼペルルクス殿、そんな拷問のようなことは……」
「ツェラート団長。あなたは職務放棄する気ですか?我々の情報が筒抜けな今の状況は非常に危険だ。できる限りの情報収集はするべきです。王女殿下の身を危険に晒すか、はたまた冒険者の若造を今後も盾にされるおつもりなら、私も騎士団に落胆しつつも引くことにしましょう。いかがか?」
「…………」
何も言えないツェラート団長から視線をバクスターに戻す。
「さて、バクスター君。俺は君の芸人としての素質が見たいわけですよ。できることなら色々とリアクションしてくれると嬉しい。さて、さきほどの問いに戻ろうか。質問に~答えて~くれるかな~?」
「……い、いいと……も」
ため息をつきながら、スラッと再び短剣を抜く。
「いいいいともーーーー!」
泣きそうな表情で叫ぶバクスターは実際、涙を流していた。
それは痛みからか、恐怖からか、嘆きからか、怒りからかはわからない。
ニカッと笑うトキの表情に皆が震えた。
「いいじゃない!いいじゃない!その調子でいってみようか!じゃあまず――」
素晴らしいリアクションを出し始めたバクスターからの情報を纏めると次のようになった。
依頼者は裏ギルドの人間を通していたため、傭兵団もおそらくガルツ=ルーパーも知らない。
条件はトキとアリビアの殺害でカルティア王国内と限定されていた。(ガルツの方はわからない)
アルゼン帝国の北東部から偽装船に別れて乗船し、海路で1ヶ月ほど前にミアザに着いた。
ミアザで補給物資を受け取ってから北上し、数日前からこの近辺で潜伏していた。
現地でも3人ほど顔を合わせた協力員はいたが、知った者はいなかった。
それらと連絡する手段はなく、追加情報などは常に相手から連絡をしてきていた。
報酬は半分の白金貨10枚を受け取っており、もう半分は依頼達成後に向こうから連絡してくる手筈となっていた。
他に雇われたものがいるかは知らない。
「さて、これらの情報から推測できることはありますか?」
中隊長以上の6人の指揮官を前にトキは堂々と会議を仕切っていた。
峠を少し進んだ場所にある拓けた場所で今夜は野営することになった。
「剣魔十傑二人を含む大隊規模の戦力を投入したのです。それ以上の策があるとは思えませんが」
「まず、そこがおかしいな。大隊規模となれば嫌でも人目につくし、街にいれば噂が流れるはずだが、我々が駐屯したときもそんな話は聞かなかった」
「内通者、いや協力者がいると見るべきでしょうね。しかもミアザで権力を持つほどの人物が」
「ゼペルルクス殿はそれが誰だと?」
「誰ということはこの際、あまり関係ないでしょう。王国に背く権力者がいる。暗殺の失敗を知れば慌てて動き出すはずです。その行動がさらなる過激な背徳的なものになる可能性も十分にありえる。国外逃走でもしてくれれば楽なのですが」
「どこから集めるのかは不明だが、次は今回以上、1個連隊クラスの襲撃もありうると?」
「それだけの兵数を所持している領主は道中の近辺にどれだけいますか?」
「カルティア王国東部のカイザラン辺境伯、ギリギリの兵数ですが最もここに近い南東部のミッツェラー伯爵、南部のファウスタイン侯爵、そして背後になりますが、ブンゴット辺境伯ですな」
「ファウスタイン侯爵はまずありえません。他の領主の人格と最近の情報は何かありますか?」
「カイザラン辺境伯は魔法を使わない武人気質の家系です。勤倹質素な人柄でして、領民からもよい評判で領地をうまくまとめております。これといった華やかさはありませんが、慎み深い方と記憶しておりますな。ミッツェラー伯爵は特産物などでうまく流通を回しております。商人気質なお方ですが、今は後継者問題を抱えておりますのでそれどころではないでしょう。ブンゴット辺境伯は最近いい評判を聞きません。以前からもご子息の問題に手を焼かせていたようですが、運輸業で大きな損失を受けて以来、金銭に難を抱えているようです。正直金に釣られて、という安易な想像がつきそうな人柄ではありますな」
「簡単に結論づけるのはまずいですが、つまらない幕引きになりそうな予感がプンプンしますね」
まったくです、と答える皆は苦笑いをした。
後方は距離をとって偵察、左右前方は以前通りに行うことにした。
距離を稼ぐように数日頑張れば増援もくる。
警戒を解かないように再度確認し合って会議を終えた。




