51話 ニブル、トキの逆鱗に触れる
新暦1347年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都 カルティア魔法学園
作業に追われる日々が続いていたある日、事件が起きた。
その日、職人部と商業部の部長、会計のジャクエル、建築責任者となっていたチーグルと現在の進捗状況の確認と工期予定について話し合っていた。
「やはり、問題なのは炉の方か」
「はい。鍛冶職人には既に材料の見積もりをもらって予算も組んでいますが、肝心の炉が未完成ですので、どうしても学園祭までギリギリとなってしまうでしょう」
チーグル以外の三人は先輩にあたるのだが、普段の生活を除きギルド活動中は今のような言葉遣いになっていた。
「俺は専門外だからな。作業の方は任せるが、人員が必要なことは他の部門に言っておいて、職人は作業に集中できるように調整してくれ」
「わかりました」
「さて、ちと現場の方も確認しとくか」
会計のジャクエルを残して、農園の方へ向かう。
外に出て歩きながら、前起こったことについてチーグルをからかってみた。
「そういえば、チーグル。あれからフェレア嬢とはどうなってるんだ?」
「え、え、えええ?いや、どうもこうも、にゃ、にゃんのことだにょ」
「猫かお前は。ひどい、というより逆にそう言えるお前がすごいとさえ感じるぞ。でもフェレア嬢の前でもそんなだと、相手されなくなるんじゃないか?」
チーグルがガーンと落ち込む。
部長たちも休日や放課後にハクとギンの絵を描いている少女のことを知っているようでカラカラと笑っている。
「フェレア嬢がこの学園に来るのもそう長いことじゃないんだから……」
ビヒヒヒヒヒヒィィィィィン
トキの言葉を遮るように馬の大きな鳴き声が響いた。
「ハクッ!?」
自分の愛馬の威嚇するような声に驚きながらも厩舎へ走った。
そこではハクに無理やり乗ったのだろう、太った男が手綱を引っ張りながらしがみつくようにハクに怒鳴っていた。
傍らには二人の男子生徒と倒れたように座っているフェレアの姿があった。
「チーグル!フェレア嬢を頼む!」
追いついてきたチーグルにフェレアを任せ、トキは魔法で加速して馬上の男に飛び蹴りをくらわす。
ドサアアアと吹き飛ばされた男に男子生徒二人が声をあげて駆け寄った。
そんなことよりもトキはハクを心配する。
空中に浮きながら、正面から目を見て首を撫でる。
「ハク、ハク?落ち着け。もう大丈夫だ。もう大丈夫」
次第に荒げていた呼吸も落ち着いてきた。
いい子だ、とひと撫でしたトキはオロオロしていた厩舎の管理人にハクを任せた。
そして、この事態を起こした本人に目を向ける。
蹴り飛ばした時に気づいたが、ハクに乗っていたのはニブル=ブンゴットだった。
殺気を出しながら睨みをきかせたトキは腕を押さえ座り込むニブルに質問をした。
「どういうつもりで他人の馬に手を出したのか?」
「黙れっ!貴様ぁ、辺境伯の長男である俺によくもこんな真似をしてくれたな!」
「人の質問に答えてもらおう。どういうつもりでハクに手をかけた?」
「あの馬は貴様のか。ふん、平民のものを貴族たる俺がどのようにしようが文句を言われる筋合いなんぞないわ!」
「ふぅーーーー。よくわかった。……死ね「トキッ!!!」
短剣を抜こうとしたトキを後ろからチーグルが抱きとめた。
「ダメだ!君ならわかるだろ!ここで、手を出すのは得策じゃない!」
そう強調して言うチーグルの手は震えていた。
その震えを感じてトキは少し冷静になれた。
「……わかった、わかった。……すまんな、チーグル。世話をかけた。もう大丈夫だ」
チーグルはゆっくりと腕を解いた。
証人は事欠かさないほどにいる。
ニブルには処分が下るだろう。
(もし、それが軽いものであったなら、そのときは俺の手で下してやる!)
生徒会と教師を呼びにいかせ、事情を説明することになった。
ニブルは貴族に手を挙げたことをギャアギャア喚いていたが、馬泥棒犯に対する正当防衛である。
フェレアは今日も絵を描きに来ており、管理人に怒鳴りながら無理やり厩舎からハクを連れ出そうとしたニブルを見つけ、それを止めようとしたそうだ。
その際、小柄なフェレアはニブルに突き飛ばされ足をくじいてしまった。
トキは彼女に謝るが、トキが悪いわけではないし、絵も完成するまで続けたいと言われた。
その意思を尊重し了承したが、ご両親には説明する必要があったので、今日は付き添って帰ると伝えた。
すると、そこでチーグルが自分が付き添って帰るし、ご両親にも説明して謝罪してくる、と言って来た。
(いやだ、もうなに?今日のチーグルさんかっこいい)
チーグルはただただ真剣な表情で、そこには照れや懇願といったものはなかった。
横でそれを見ていたフェレアは赤面して茹だっていた。
チーグルには任せた、とだけ一言言い、フェレアにも確認するとコクンと頷かれた。
(口出すもんでもなかったかな)
そう少し反省しつつ、再度ハクをなだめてからトキは学園長室へと向かった。
コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
ロリックの部屋には他に教師が一人いた。
先ほど報告した教師である。
「今回の件、大変お騒がせしました。ひとつ、確認したいことがあって参りました」
いつもの軽い口調ではなく、トキも真剣な眼差しでロリックを見やった。
「なにかね?」
「今回の件での処分について、学園長先生の意見をお聞きしたいのです」
「生徒に対する処分は学園長といえども、勝手に下すことはできん。それに事件の当人であろうと、一生徒にその件に関する学園長としての意見を述べるわけにはいかん」
「……そうですか。わかりました。では、失礼します。」
扉を閉めて部屋をあとにしようとしたトキに、待ったをかけるようにロリックが話しだした。
「ベルズモント先生、今回はちとやりすぎたと思わんかね、馬泥棒とは。これまで表沙汰にはならんかったことまで次々と報告がきておるしの。貴族であればこそ、なおさらあってはならんことばかりだ。おそらくそれらを知らない先生方も本校初の停学、退学処分となっても納得してもらえそうですな」
ベルズモントに話しつつもほとんど独り言のように胸の内を明かしてくれたロリックに、トキは無言で一礼して閉じかけていた扉を閉めた。
処分次第ではこの魔法学園に落胆することになりそうだったが、あの言い様ではその心配もなさそうだ。
翌日にはニブルに一時謹慎が申し渡され、それから5日後に退学処分が決定した。
調べていけば盗難事件が他に8件、暴行事件が5件、器物損害事件が2件と次々暴かれていった。
今まで辺境伯長男という身分に押し黙っていたものが今回の件を契機に訴え出たのだ。
貴族社会からの圧力も虚しく、学園は初の退学処分者を出すことを大多数の賛成をもって可決した。
ニブルは学園を追われ、実家に戻ることになった。
これを受けて辺境伯は怒り心頭で学園に抗議したのだが、いくつかの上級貴族が打ち消したとか。
なにはともあれ、トキをはじめ生徒の学園生活はより快適なものになった。
ちなみにだが、ニブルと一緒にいた二人は停学処分ですみ、以降静かに学園生活を送ることになる。
事件翌日、チーグルにそれとなくフェレアの様子を伺ってみた。
「あれから、男爵様が帰ってくるまで夫人とフェレアさんとお話をしたけど、あんまり覚えてない。男爵様も一緒に夕食をいただいたけど、何を食べたのかあんまり覚えてない。でも、男爵様が笑っているようで怒ってた、気がする。今日夢にも出てきてさ。フェレアさんの笑顔を覆うように男爵様が……ぁあああ!」
「わ、わかった。大変だったんだな。うん、チーグルはよくやったよ」
あの人の良さげな男爵が怒っているイメージがわかなかったが、やはり一人娘をもらうのは大変なんだなと人ごとのように思っていた。
僕、仕事、いくね、と幽鬼のようにふらりふらりと歩いていくチーグルにご愁傷様と心で祈った。




