38話 『氷界』ニッセルト=サガン
新暦1346年 ガレリア大陸 タルム女王国 ???
『タルム女王国』
100年ほど前に立憲君主制から共和制政治に変革した。
現在の決定権は軍務官、政務官経験者から選ばれる議会にあるため、女王は議会の進行役、議長という象徴でしかなく、参政権は一部の者に限定されてしまったと言って良い。
女王の権威が失墜して以降、議会の権力は増し続け、専制政治の体をなしてきている。
また、議員の選出が世襲になりつつあり、そういった家は三十三家存在している。
ゴウホウ山地から純度の高い鉱石が産出され、国の中央を流れるインロ川による恩恵を受けている。
「迷ったな。天気が悪いからな、うん。それは仕方ない、うん」
キュイェ
「うっ……。あーもう。はいはい、俺が悪うございました」
タルム女王国は西をゴウホウ山地、東を海、南をナルビス王国と面した右上が尖った四角形をしている。
王都タラレンティスは国のほぼ中央にあり、魔法学園都市クロウリアからはやや東よりに北上すればよかった。
しかし、小雨が降る中飛行を続けていたトキの行く先――街道を目印に北上していたのだが、その街道が突如として切れてしまっていたのである。
仕方なくそのまま北上していたのだが、途中ギンは右に方向を変えようとしたのに対し、トキはまだ北へ向かうことを固辞した。
結果頑として譲らなかったトキの言うままに従い、現在地が不明になってしまったのである。
太陽も出ていないため方角もわからず、曖昧な地図とにらめっこした状態が続いたが、結局東に方向転換することになった。
それから三日後、トキとギンは大きな湖にやってきたいた。
大雑把な地図にも明記されているその湖はゴウホウ霊山と並ぶ四大修験地のひとつシーサン湖。
ここから南西に行けばタルム女王国の王都にたどり着く。
湖の畔で一息ついていたトキとギンは水に浸かる絹一つ纏わぬ少女を目撃する。
深い青をした髪は湖の透明度のせいか浸っていてもなお先までわかる。
水温が低いせいだろうか、肌の色は白を通り越して青白くなっているように思える。
トキがいるところからはこちらに背をむけているせいで、長い髪から覗く肩と腰、腕だけが見えている。
(……よし、邪魔しちゃ悪いから陰ながら応援しよう)
トキはその場から木の陰に移動することにした。
その行動は火を除いた風林火山を体現していた。
疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、動かざること山の如し。
さらなる面倒事を露ばらいすることにトキは全力をあげた。
ひと休憩をいれたトキは湖の方を見ることなく出発した。
現在地がわかったことで水の流れを追って、翌々日に王都タラレンティスに着くことができた。
この国の王都はゴウホウ山地から北東に流れるインロ川の支流を治水工事し、川に挟まれた形で作られているため、平地でありながら高い城壁を必要としない自然の要塞となっている。
南側と北側に大きな橋が2箇所ずつ配され、南西から北東に川に沿うように細長い形をしている。
トキは南東側の橋から入ることにした。
川から引き込まれた水が街のいたるところに流れている。
遠くからはひとつの島のように思えたが、実際は小さな川によって大小の島が連なっているようだ。
街中では小舟が、街の外では大きな船が来航していて、多くの人で賑わっている。
このような街を作るとなると、規模から考えてもどれだけの人数と資金と時間が必要となるか想像もつかなかった。
おそらくはこの世界特有の魔法がその一旦を担っていたのだろうが。
道を教えてもらい、新設されたという魔法学園に向かう。
魔法学園は北東側の島を丸々使った白い建物だった。
カルティアのように改築されたものではなく、おそらくかなり前から創設が計画されていたのだろう。
その島に繋がる橋を青いローブを着た若い少年少女たちが渡っている。
トキも同じように渡るが、その中で一人だけ白い翼模様のある黒コートを着ていたためひどく居心地が悪かった。
ナルビスと同じく書類を提示して、学園長室に案内される。
タルム魔法学園の学園長は中年の男性だった。
薄い水色の髪を短く刈り上げ、目は鋭く、軍人のような鍛えられた体つきをしている。
とっとと依頼を済ませようとしたトキに対し、学園長は自己紹介から始めた。
「ようこそ、タルム魔法学園へ。私は学園長のニッセルト=サガンという。どうぞかけたまえ。お茶を出そう」
「いえ、お構いなく」
しかし、ニッセルトは秘書のような女性を呼び出し、お茶の用意をさせる。
「カルティア、ナルビスの魔法学園と情報交換をする旨は聞いていたが、まさか君のような若い子が来るとは驚きだよ。名前を伺ってもいいかな?」
「これは失礼しました。私はトキニア=ゼペルルクスと申します。今回はカルティアで登録をしている冒険者として依頼を受けてのことになります」
「年齢的に見て魔法学園の学生かと思ったんだが、冒険者だったか。ナルビスからも仕事を頼まれるとは優秀なんだね」
「魔法学園には来年受験する予定です。ナルビスの学園長からは特に何も話をせずに言いつかりました」
「ほう……。あの婆さんがか。……面白い。丁度いい。私からも君に返書を持ち帰ってもらいたいのだが、その前に君の実力を教えてもらおうか」
ニッセルトは人が悪い笑みを浮かべながら言った。
「一応……聞いときますが、拒否権は?」
「今、君はあると思っているのかね?」
「……ですよね。なんだかんだ理由つけられそうなんで、もう諦めときます」
「はははは。よく分かっているじゃないか。まだ入学前だというのに2つの国から、しかもあの婆さんが依頼を頼むほどの少年。興味を抱くなというのは無理というもの。それに、若い力は私を大いに刺激してくれる。だからこそ、私は学園長になったのだからね」
では、さっそく行こうかと言って学園長の後に従う。
野外修練場と言われた場所では、50名ほどの学生がそこで魔法の修練に励んでいた。
ニッセルトはその生徒を見ていた教師2名に話をつけにいった。
すると、声をあげて修練を中止させ、学生が整列してこちらを向く。
「我がタルム魔法学園学園長であり、剣魔十傑に名を連ねるニッセルト=サガン学園長が模擬戦を行う!相手は来年のカルティア魔法学園入学者のトキニア=ゼペルルクス!すでに国家からの信頼を受けるほどの実力者だ!君たちのライバルにもなりうる!一挙手一投足見逃さないように!」
「おい、おっさん。剣魔十傑なんて聞いてねーぞ」
生徒には聞こえないほどの大きさで文句を言ってやる。
ニッセルトはずっと顔を緩ませたままだ。
「言ってなかったからね。それより、地が出ているぞ?」
「遊び好きな大人にはこれで十分だよ」
「これは大人として指導してあげる必要があるかな?まぁ楽しもうじゃないか。そちらから、かかってきなさい」
楽しめるか、と内心叫ぶが、貴重な体験ではありそうなので相手を観察することに集中する。
ニッセルトは腕を組んでいて、武器を持っていない。
純魔法使いのようだが、相手の情報が少ないため油断はできない。
(ならば、先手必勝。一撃で終わらす!)
トキは腰の短剣を抜き、魔法を同時展開する。
二振りの風の刃と疾風の鎧。
ィィィイイイイイン
発動した魔法によって甲高い音を周囲に撒き散らす。
左剣で風の斬撃を放ち、それを隠れ蓑に自身は左前方に加速する。
消えるように加速したトキに周囲は驚きどよめいた。
ニッセルトは腕を組んだまま、まだ動いていない。
加速したトキは風の斬撃が当たるのと同時に右剣で突きをくりだす。
ガガッ
「遠慮がないいい攻撃だね。スピードは今まで見た中では上から2番目。その年では驚異に値する。だが、まだまだ」
攻撃を何かに防がれたとわかった瞬間、トキは後方に飛び退いた。
(あれは……氷!?氷魔法の使い手か!)
トキの表情は驚愕と感嘆と嫉妬が混ざりあっていた。
「改めて自己紹介しておこう。剣魔十傑『氷界』のニッセルト=サガンという。見ての通り氷魔法を使う。防御にも、攻撃にもね」
そう言うと、ニッセルトの足元から地面が這うように凍らされていく。
まるで襲いかかってくる白い大蛇だ。
風の斬撃で迎撃するがその勢いを止めることができない。
横に回避するとそれに追随してくる。
ならば、とニッセルトに攻撃に向かうが相手の氷の壁を突破できない。
削ることはできるが、次第にその壁は厚くなっているようだ。
さらに、気づけば辺り一面白い地面に覆われつつあった。
気温が急激に下がっていた。
(マジ無理ゲーじゃねーか!)
「逃げられないよ。どうするかね?」
白くなった地面に足をつくと、凍らされる未来しか想像できなかったトキは仕方なしに空中へ退避した。
「なっ!?」
空を飛んだトキに周囲はもちろん、ニッセルト自身も口を開けて驚いた。
トキは手を明かすことに抵抗はなかったが、空を飛んだからといって相手を倒す手立ては浮かばなかった。
「……はははは!まさか空を飛ぶとはね。これはどうしようもないね。トキニア君、ここまでとしよう。流石に空を凍らせることはできないし、遠距離攻撃をしても当たりそうにない。君も私の防御を崩すことはできそうにないから、ここは引き分けとしよう」
その言葉を聞いて、魔法が解除された地面に降り立った。
あっけない幕切れとなったが、これ以上しても消耗戦となっただろう。
魔法は解除されたが、気温は下がったままだ。
「なるほど。君が国から依頼された理由がよくわかったよ。ここへも空を飛んできたのかな?」
「……はい。短時間での依頼達成が理由だと思います」
「ふふふ。さっきまでの口調でかまわないよ。君は私に勝てないまでも、負けることがなかったのだからね。私は強者には敬意を払う。それが空を翔ける者ならなおのこと。依頼の件も君にお願いしよう」
「そいつはどーも」
その後、学園長室に戻った二人は個人的な情報交換を行った。
トキからは魔法習得に至った経緯を、ニッセルトからは自身を含む剣魔十傑についてを。
「私の氷魔法は先ほどのように攻防一体としたものが主だね。君は随分複雑な顔をしていたが、氷魔法に興味があったのかな?」
「ええと、少し憧れ……みたいなものはあったかな。適正が低いから諦めたけど」
「そうか。しかし、君の風魔法は氷魔法なんて目じゃないほどのものだよ。君がそうであるように私は空を飛ぶことに憧れるけどね」
「あ、ありがとうございます」
「誇るといい。それで、剣魔十傑についてだが、私が会ったことがあるのは2人だけだ。ナルビス王国のクロウリア魔法学園学園長のサリビエ=ストックフォード。土属性の使い手で私以上の防御を誇る。世界最硬と言われる婆さんだね。あとはわが国のSSクラス冒険者であるカイ=エン。雷魔法を使う。その攻撃速度は君より上だ。他は話を聞いたことがある程度だが、SSクラスの冒険者がサルンガ共和国とアルゼン帝国に一人ずつ。裏ギルドの闇医者アビスと暗殺ギルドの悪名高いガルツ=ルーパー。傭兵ギルドのSSクラスが二人。そして、君の国にいる剣鬼ロリック=シルバーだな」
「意外と国に仕えているやつは少ないんだな」
「いないと言ってもいいね。いつから剣魔十傑というものができたのかはわからないが、他にもそれに匹敵する実力者は存在する。そういった者を国は抱えているんだが、剣魔十傑というのはそれに属さない要注意人物といったところだね」
「なるほどね。俺も3人に会ったが納得がいくよ」
「どういう意味かな?……ん?一人はナルビスの婆さんでもう一人は誰だい?」
「……ガルツ=ルーパーさ。俺に飛行魔法を教えてくれた師匠が2年ほど前に殺されたんだ。その時にやつに会った」
「よく生きていたものだ。やつはまだ現役でいたのか」
「ターゲットにされていたのは師匠だけだったからな。あいにくと話に聞く暗殺術は健在だったよ。やつの魔法については何か知らないか?」
「話を聞けそうな者は皆殺されてしまったからな。いや、殺されたものもその術に気づけなかっただろう。私なら氷の結界を張り巡らせて近づけさせないことでしか対処がない。ずっとそうすることもできないがね」
「ということは体そのものを消しているわけではないんだな。ならそれ用の感知魔法を習得しなきゃな」
「まるで、自分が襲われることを前提にしているね」
「次があったら大変だからな。あんた対策も立てとくから安心してくれ」
「ふふふ。それは光栄だ。楽しみにしておこう。今日は大変有意義だった。生徒たちにもよい刺激となっただろう。礼を言うよ」
談話を終えて今日は王都の宿屋でゆっくり休むことにした。
キュエエ




