39話 霊獣ブースホース
新暦1346年 ガレリア大陸 タルム女王国 王都タラレンティス
一人ぼっちにさせていたギンに一言詫びて、翌日ナルビスとカルティアへの返書を受け取ったトキはクロウリアへと出発した。
ナルビス王国方面への道中はなんの問題もなく、天候にも恵まれたため行きより短い日程で着くことができた。
その間にトキは12歳となっており、魔法学園の受験資格を得るに至った。
移動中だったので、特に感慨深くもならなかったのは仕方がない。
クロウリア魔法学園に着いたトキは再び学園長室に通された。
サリビエ=ストックフォードは以前と変わらない様子だった。
「ひっひっひ。どうじゃったかい?氷界の若造との手合わせは」
返書のことには触れず、そんなことを言い出した。
「……てんめー。あのおっさんと戦うように仕向けやがったんだな」
「ひっひっひ。簡単に予想はついたからね。楽しめたかい?お嬢ちゃん」
「クソババアが。てめーとの会話に意義は見い出せそうにねーわ。これでお暇すんよ」
「またおいで、お嬢ちゃん。ひっひっひ」
部屋から出てもサリビエの笑い声が続いていた。
要注意人物リストのトップにその名を加え、トキはカルティアに向けて出発することにした。
(剣魔十傑。英雄のような称号みたいにジジイは言っていたけど、実質は国に属さない要注意人物か。どいつもこいつも面倒そうなカンジだったな。ニッセルトのおっさんはまだマシな方か?戦闘狂っぽいけど。今後の課題が再確認できただけでも今回の依頼は意味があったかな)
課題は3つ。
殲滅力(範囲攻撃)、攻撃力(貫通力)、感知能力。
(卒業までの3年半でなんとか形にしときたいな)
可能性は低いが、剣魔十傑クラスの者と敵対した場合に備えることを決心する。
後悔をしないために。
キュエエ
ゴウホウ山地に差し掛かった頃、ギンがトキに声をかけた。
ギンがある方向にトキの視線を誘導する。
(あれは……)
かつてブースホースを見かけ、魔獣の狼に襲われた草原。
トキが休憩した南側とは反対側の北側には山々がそびえ立ち、その間は渓谷となっていた。
その渓谷の底に白いものと赤黒いものが見える。
ひとつは白毛のブースホースで、もう一つはそれより大きいブースホースだったが、体中から血を流して倒れている。
大きい方は既に死んでいて、気温が低いこの場でも腐敗が進んでおり、死後数十日はたっていそうだ。
辺りに漂う腐臭に顔を歪めつつ近寄る。
渓谷を落下しただけではない何かの爪痕があちこちついていた。
血が付着していない箇所の体毛や角の形、大きさを見るに以前見た群れのリーダーであるように思えた。
(あのときの狼にやられたのか?群れを守るために戦ったんだな)
親だったのか、小さい方(といっても普通の馬並である)はこちらを警戒しながらも死体から離れようとしない。
(他の仲間はいないか。小さい方は嫁さんか?それとも子供か?すでにかなり大きいけど。まだ状況を理解できてないのかもな。いや、理解していてもなお、なのか?)
よく見るとその体つきはやせ細っていた。
食事も満足に取らなかったのだろう。
このままにしておけなかったトキは死体を埋葬してあげることにした。
「お前の家族はもう死んでしまったんだ。このままじゃ可哀想だから、地面に埋めてあげよう」
言葉を理解したのか、トキが魔法で渓谷から出してあげようとしても、こちらを攻撃してくることはなかった。
(くっ……きっつい!)
トキはまだ自分以外のものを風で浮かせることを得意としていない。
老師のような域には至っておらず、さらに質量が減っているとはいえ大きい個体だったため、その負担はかなりのものだった。
体高は2mを超え、重さは1tを超えるであろう巨馬だ。
一度に持って上がるのは不可能だと判断したトキは一度下ろし、崖を削って岩棚を各所に作ることにし、休み休み持ち上げることにした。
結局草原まで運べたのは3日後だった。
その間も子供?に草原の草や水を与えてあげたのだが、口にしようとしなかった。
魔法で地面を堀る作業を進める。
これにもまる1日かかった。
3m四方の大きさを2mほどまで掘り続けた。
(肉食動物に掘り返されると可愛そうだしな)
埋め終わってから大きな石をその上に置いた。
墓の前で手を合わせる。
「……ん。さて、お前は群れに戻りな。あいつみたいな立派なリーダーになれよ」
群れまで引き連れていくのは時間がかかりすぎるため、世話焼きはここまでとする。
崖を登れるだけの脚を持っていたので、敵に見つかっても逃げることはできるだろう。
あとは体力と運次第。
ギンに合図を送り、空へ舞い上がった。
少し時間がかかってしまったが、許容範囲だろう。
キュエエエ
ギンが飛んですぐに鳴き声をあげて後方に下がる。
後方を見ると、さっきのブースホースが崖を下っていた。
ぴょんぴょん飛び跳ねるようにその脚は軽快だ。
(おいおい、まさか)
下りきったブースホースはこちらに岩を飛び移りながら向かってくる。
トキは岩がごろごろ転がる地面に降り立った。
目前まで来たブースホースはトキに対して首を上下に二度振った。
「?……どうした?」
ブースホースは何も言わず、黒いつぶらな瞳をトキに向けるだけだった。
黒い瞳と蹄を除いて、体毛もたてがみも尻尾も角も真っ白なそのブースホースは、高い視線から首を少し曲げてトキを見つめていた。
キュエエエ
ヒィィィブルル
ギンの鳴き声に反応し、空を見上げてブースホースが答えるように鳴いた。
ギンが下降してきて、トキの肩ではなくブースホースの背に止まる。
背中痛くない?という質問をしたかったトキだが、ギンが翼を開きながら二人?にキュエと声を出した。
それを聞いてゆっくり近づき首を撫でてみる。
嫌がる素振りは見えない。
ブルルと声を出す。
「お前……俺たちと一緒に来たいのか?」
ヒヒヒヒヒィ
なんとなく了承と感じ取ったトキは名前をつけてあげることにした。
「わかった。じゃあ、お前に名前をつけなきゃな。ヒヒヒってどっかの婆さんを思い出すから、ばあさんってのは「ブルルルル!」……わかってる、冗談だよ。シンプルにハクって名前にしようか」
最初は首を振り回して拒否を示したが、今度は気に入ったようだ。
ハクは空を飛べないし、痩せて体力がなさそうだったので、帰りはゆっくり歩いていくことになった。
(帰ったらジョーのおやっさんに馬具を頼まなきゃな)
ハクに歩いている途中で草を食べさせながら、トキは食費の心配をした。
(こいつ、無茶苦茶食うな。水は魔道具じゃ追いつかないくらいだし、王都の中じゃどれだけ金がかかるんだ?)
ため息をついたトキだったが、名前までつけて了承してしまったので諦めることにした。
想定外なことにより、トキたちが王都に着いたのはそれから20日以上が経過していた。




