37話 配達に危険はつきもの
新暦1346年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア
あれから一件依頼を完了して王都に戻ってくると、聞かされていた国からの依頼が持ち込まれていた。
ナルビス王国とタルム女王国への書面が1通ずつ。
例によって箱入りである。
流通局を通した依頼になったため、局長の顔色が悪いのも仕様だ。
子供を使者として向かわせることは国として問題ないのだろうかと疑問がわくが、自分の責任ではないので割り切ることにした。
(文句があれば国にどうぞ、ってな。抗議文持って帰らされたりしないのかね)
王子王女殿下の件はあくまで個人的な親書であり、今回の件は魔法学園同士の事柄なので、受け渡しをする相手は国ではない。
普通に使者を送るより遥かにコストがかからず、早く、たまに事故やなんらかの襲撃で届かないことを鑑みるに、未だに依頼達成率が100%を誇る者がいれば、こういった懸案でその者に依頼するのは当然の選択といえた。
いつも通り準備を終えたトキは王都を出発してゴウホウ山地に差し掛かっていた。
(あの綺麗な馬まだいるかなぁ)
ブースホースと呼ばれる霊獣との再会を期待したが、以前見た場所に姿はなかった。
(残念。他の餌場に移ったのかな)
ブースホースがいた高原の木の下で眠りにつく。
ギュエエエエエエ
星明かりで若干照らされた夜中、突如として隣で休んでいたギンが大声をあげた。
トキはそれに驚いて飛び起きる。
「うおっ!ギン!?」
どうした?と尋ねる前に闇夜の草原から獣の唸り声が聞こえてきた。
闇の中でなんとか視認できたそれは、魔獣。
メスライオンくらいの大きさの灰色の狼だ。
目が赤く、上下4本の長い牙がある口周りには血がついている。
どうやら他でも狩りをしていたが、腹は満たされていないようだ。
周囲を警戒すると、崖を背にした形で半円状に囲まれてしまっていた。
ジリジリとにじり寄ってくる魔獣たちの数はおよそ20弱。
危険を避けたいトキは背嚢に手を伸ばし、空への緊急離脱を試みた。
しかし、飛び上がったトキを追いかけて3頭の狼が飛んだ。
空をである。
正確に言えば、空中を走っていた。
まるで透明な見えない道があるように。
(まじかよ!?)
その走る速度はトキを上回る。
ギンはまだしも、トキは逃げられそうにない。
しかし、このまま戦闘となれば空中戦を得意としていないトキには分が悪すぎると判断し、高原に舞い降りた。
すかさず、今度は地を走る狼たちが襲いかかってきた。
すぐさま二本の短剣を構え、3つの魔法を同時展開する。
疾風の鎧と風の刃。
正面から喉目掛けて飛びかかってきた狼を左剣で払い斬り、上下真っ二つにする。
即座に左右斜めから迫る2匹の内、右に対して右剣で風の斬撃を放つ。
これもまた不可視の飛ぶ斬撃で、母リリーの指導当初から考えていた魔法のひとつだ。
風の刃を飛ばす魔法で、使う機会があまりないため魔力消費はいまだ多く、射程も5m前後と短い。
しかし、その切れ味は射程内であれば風の刃とほぼ変わらない。
右側を斬り倒したトキは左からくる1匹に逆手に持ち替えた左剣を鼻先から突き立てる。
しかし、その質量に押され転がされてしまった。
ギュエエエ
遥か上空にいるギンの声に反応し、すぐ横に回避する。
連続してさらに2匹の狼が上から襲いかかってきた。
2匹目と3匹目は態勢を立て直し、避けざまに斬りつけてやる。
(星明かりがなかったり、疾風の鎧がなかったらとっくに死んでるな)
それにより高速戦闘を可能にする地上でのトキのスピードは狼たちを上回っていた。
しかし、休む間もなく狼たちは同時攻撃をしかけてくる。
普通の狼ならば、リーダー格を倒すかかなわない相手とわかると引く可能性もあったが、この魔獣たちはそれとは異なるようだ。
戦闘しながらトキは群れ全体にも気を配っていたが、指示を出すような個体は認められないし、いくら傷つけても死なない限り再び襲いかかってきていた。
(殲滅魔法覚えときゃ楽だったのかもなっと!)
思考しながら戦っている内に残り地上に6匹、空中に4匹となっていた。
最も近い狼に両剣で二度風の斬撃を放つ。
1匹目は避けようとして後ろ足を斬り飛ばしたが、2匹目は完全に躱されてしまう。
(ちっ、こいつら学習してやがる)
残り9匹。
地上から3匹、空中から2匹が襲いかかってきた。
(なら前進あるのみ!)
正面突破を図るべく、地上から迫る真ん中の1匹に突撃する。
両剣で3枚におろす。
かなりグロイ光景が広がっているが、こちとら命懸けである。
崖から離れてしまったため包囲されつつあったが、そこから左回りに旋回しながら順次撃破していく。
(後ろは任せた!相棒!)
背はギンに見てもらいながら、斬りつけ走り続ける。
残り5匹。
ギュエエエエエエエ
(後ろ警戒!)
右後ろから迫る1匹に右剣を振り向きざまに振り下ろす。
そのとき、視界の端で左後ろからもきていたことを知った。
避けられず左剣を顔の前に持ってきてガードする。
結果、牙によって右肩と首筋に裂傷を負い、体当たりにより吹き飛ばされうつ伏せに倒れてしまった。
しかし、視界が揺れる中でもギンの声だけは聞き逃さなかった。
敵が迫っているらしいが、方向がよくわからない。
今までの配置から前方に逃げれば良いと本能で感じ、反射的に飛び込み前転をして回避する。
そこから立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。
体当たりの衝撃と前転をしたおかげで、視野はぐわんぐわんと揺れている。
そこで、一旦地面を飛び立つ。
真上へ急上昇をしつつ、体調が整うのを待つのだ。
しかし、スピードが出ない。
魔法を発動させるためには集中力が必要で、今のトキのように意識が朦朧としていては100%のパフォーマンスは発揮できないからだ。
しかし、時間を稼ぐことができたようで少しは回復した。
敵を見ると地上で動き回っていた。
どうやらギンがカマイタチのような風魔法で遠距離攻撃してくれていたようだ。
(今日何度めだろうな、ギンに助けられたの)
戦闘が可能になるほどには回復したトキはすぐさま急降下して、ギンの攻撃を避けるのに夢中な狼の腹を突き刺した。
トキが地上と空中からの攻撃に悪戦苦闘したように、今は狼たちが逆の立場になっていた。
ギンが上空から遠距離攻撃、トキがそれを躱した敵を斬っていく。
初めての連携攻撃だったが、フレンドファイアといったことにはならず、ギンがトキのいる方向へうまく誘導するように攻撃していた。
(ギンさん、マジ優秀!)
最後の1匹を斬り殺して戦闘は終了した。
舞い降りてトキのそばに着地したギンをねぎらってやると同時に感謝した。
トキは疲れ果てて座り込んでいる。
負った傷を水で洗い流し、止血の軟膏を塗っておく。
かろうじて撃退したものの、久しぶりに死ぬ覚悟をしたトキは範囲攻撃がないことに危機感を覚えていた。
(ギンがいなけりゃ死んでたな)
何度もギンを撫でてあげる。
ギンは気にするなと言っているようだった。
倒した魔獣の牙や毛皮をはぎとり、その場から少し離れた見通しの良い場所で寝ることにした。
翌日からの旅は打って変わって平穏なものだった。
魔獣どころか獣にも襲われることなくナルビス王国のクロウリア魔法学園に到着した。
魔法学園都市クロウリア。
来るのはこれが初めてだ。
クロウリア魔法学園の門を抜けると、どこかの公立高校のような校舎が立ち並んでいた。
建物はコンクリートではなく石を積んだものだが、四角く角ばった形容と透明の窓がそれを連想させた。
この世界では金属を磨いた鏡のようなものはあると聞いたことがあるが、透明なガラスのような物を見たのはこれが初めてだった。
校舎を入ると下駄箱……はさすがになかったが、案内所のような受付があったのでそちらへ行ってみる。
案内の人に書類を提出すると、学園長室と掲げられた部屋に案内された。
部屋の中には老婆が一人椅子に座っていた。
事務机でなにかを書きつけていたようだ。
その姿は佇まいからして『魔女』である。
しわくちゃ婆が大きい黒の三角帽に黒のローブを着て、こちらを見ながらひっひっひっと笑っている。
トキの直感がまともに相手をしてはいけない、と告げていた。
「カルティア王国の依頼によりこちらをお持ちしました」
「ひっひっひっ。まさか、こんなお嬢さちゃんが届けてくれるとはね。カルティアは人不足なのかい?それともお嬢ちゃんが凄腕なのでかい?」
「たまたまそういった縁があっただけです。どうぞ。それと、俺は男です」
「そうだったかい。それは失礼したね。どれ」
全く謝罪に心がこもっていないが、何も反応はしなかった。
書面に目を通して、老婆が言った。
「特に問題はないようだね。タルムに行くのだろう?これもついでに持って行っておくれ。頼んだよ、お嬢ちゃん」
「……わかりました」
他国の人間に任せて大丈夫なのか、話を聞いてないのか、など言いたいことはあったが口を閉ざし、了承だけを伝えた。
(食えない婆さんだ。楽しそうに笑っっちゃいるが、目は笑ってねーし)
ナルビスからの書面を受け取ったトキは一晩宿をとってからタルム女王国に向かうことにした。




