27話 閑話 おくるモノ②
新暦1294年 ガレリア大陸 ナルビス王国北東 魔法学園都市クロウリア北東 迷宮前
(緊張するな。もう来るかな?もう来るよね?)
リックはドキドキしながら迷宮の入口付近の岩陰に隠れて様子を伺っていた。
日の出前から張り込みを続けており、何組かのパーティが入っていったが、まだ例の彼女は現れていない。
岩の洞窟のような入口をしたここをはじめ、迷宮は古代の遺産と言われており、その多くが地下に何層もの空間を広げている。
各層には下へとつながる階段が存在し、上層ほど広く下層になるほど狭くなっている。
ここの迷宮も地下発展型で、迷路のように細い通路が張り巡らされており、最下層までたどり着いた者はいないと言われていた。
リックの緊張がピークを超えた頃、彼女はやってきた。
どうやら、本当に一人のようだ。
(よし、行くぞ!今だ!)
片手片足を上げたまま動けないリック。
(今だ、今しかない!行け!)
ヘタレ全開フルスロットルなリック。
そうこうしてる内に彼女の姿は見えなくなった。
(諦めるな。まだチャンスはあるはず。……たぶん)
後を追いかけて迷宮へと入る。
しかし、先へ進めど進めど彼女は見つからない。
実を言えば、リックは今日初めて迷宮というものに入ったのだった。
彼女のことばかりに思考が向かって、迷宮のことは世間話に昔聞いたことがあるくらいだったのだ。
きっと彼女はこの先にいるはずと信じて進むリックは、元々高かった魔法の腕を遺憾なく発揮して、あれよあれよと数日かけて最下層までたどり着いてしまった。
リックの想い人は違うルートを辿り、中層手前で引き返していたとは知らずに。
泣きそうになりながらも主との死闘を制したリックは、もう先がないことを知ってようやく帰ることにした。
準備も万端でない状態で戦い続けたせいで、リックは精神的にも肉体的にもボロボロになっていた。
(腹へったのはもういい。み、みず。水が飲みたい)
なんとか上層までたどり着いたものの、力尽き倒れてしまう。
(ここで、死ぬのか)
薄暗い迷宮で一人死ぬ。
あっけない最後だったと観念し、目を閉じる。
暗い空間にある自分の体が起こされた気がした。
水が口から少しずつ入ってくる。
うっすら目を開けるとそこに彼女、カルエ=ストックフォード嬢がいた。
そして、なぜかつい出た言葉。
「けっこん、してください」
言ってしまってから、リックの意識ははっきりとしてきた。
彼女は無表情のまま動かない。
「ばっかじゃないの?」
「ふぎゃっ!」
潤いのある唇が一刀両断の言葉を結び、リックの顔を踵で踏みつける。
悶絶するリックを放って彼女はそのまま行ってしまったが、足元には食料と水が置かれていた。
手繰り寄せてゆっくり口にする。
(戻ったらお礼をしなきゃな)
なんとか戻ってこれたリックは元気になった3日後、彼女を探しに学園へと向かった。
朝から夕方まで校門から出てくるのを待ち続けてさらに3日。
リックは変質者のような目で見られていた。
1つのことに夢中になると、周りがみえなくなるのがリックだった。
そして、とうとう彼女が現れた。
「あ、あの、この前、お礼を、ありがとう」
緊張しまくりのリックだが、話しかけることはできた。
「結構です」
短く答え、去りゆく彼女になんとかついていこうとする。
「け、けど、僕、命を救ってもらったわけで。そ、それに、変なことも言っちゃって」
「結構です」
彼女の中ではすでに過去のことで、それ以降、リックにもう関わりたくないように無視し続けた。
彼女はこうすることで、学園の中と同じように面倒な人付き合いを避けていた。
が、しかし、リックはしつこかった。
相手が貴族なのにもかかわらず、もはや犯罪者だった。
学園の外へ出るといつもいて、ずっと付きまとうのだ。
食事中、買い物中、ギルドの中、そして現在のように迷宮の中までついてきては話しかけてくる。
「いい加減にして!しつこい!なんなの、あなたは!」
「助けてもらった恩もあるし、君にはプロポーズまでしちゃったからね。君は僕が守ります!前にも言ったけど、僕の名前はリッケンボルト=スティンガー。リックって呼んでよ」
連日の成果で、まともな会話はできるようになっていたが、まともな受け答えはできていないのがリックだった。
「会話になっていないわ。……はぁ~」
そんな呆れ果てていたカルエの背後から魔物が現れた。
「危ない!」
「きゃっ!」
ガキン
カルエを抱き寄せ、放たれた矢を短剣で防いだ。
次いで魔法で加速しながら接近して魔物の首を刎ねていく。
カルエはその加速速度と殲滅スピードを見て呆気にとられていた。
「あなた、強かったのね。上層で倒れたから、外見通り弱いかと思ってたけど」
「失礼な。確かに背もカルエさんより低いし、外見はこんなですけど。まぁ加速する魔法を使ったのは今が初めてですけどね。カルエさんのおかげです」
「どういうこと?」
「あ~ある魔物と戦ったら今の戦い方ができるようになったんです」
(あなたの後をつけ回してたらとかは言わない方がいいだろう)
「へ~そうなんだ」
「はい。カルエさんが迷宮に入るときは僕が守りますので、安心してください!」
「はぁ。もう好きにして」
カルエは処置のしようがないと判断し、諦めた。
それから、段々と共に過ごす時間が増えていくことになる。
卒業とともにパーティを組み、迷宮に潜ったり、リックの研究を一緒にしたり。
カルエは魔法学園を主席で卒業することを条件に、将来の自由を実家と約束していたのだが、リックによる指導もあり、見事達成することができたのだった。
報告を聞いたリックは自分のことのように喜び、二人でお祝いをあげた。
そしてリックが21歳、カルエが17歳となる年、以前から細い伝を頼りに頼って依頼していた物がリックへ届けられた。
ある依頼の帰り道で、少し前を歩くカルエにリックは聞いた。
「カルエ」
「なに?リック」
「最初僕たちが出会ったときに、言ったこと覚えてる?」
「あのときのことは忘れたの。忘れるようにしたの」
「……え?な、なんで?」
セリフを考えていたリックは予想外の反応に戸惑う。
アドリブの効かない男の手には例の物がすでに掴まれていたが、慌てて後ろに隠した。
「~~~~もう!なんだっていいでしょ!」
「そ、そう……」
急に気落ちしたリックは手を後ろに回したまま、モジモジしていた。
変な言動はよくあることだが、カルエはその様子からリックが何かを隠していることを察した。
そして、話し始めた内容からそれに予想がついた。
男性から女性へプロポーズするときに準備する物を。
以前言われたが、今度は本気のようだ。
カルエの顔が赤くなる。
二人は立ち止まったまま、時間は過ぎていく。
未だモジモジするリック。
ずーっとモジモジし続けるリック。
そして、ついにキレたカルエ。
「あ~もう!ウジウジしてないで、はっきりしなさい!」
「は、はい!結婚してください!」
「はい。……で?……なんか色々台無しだわ」
「えっとこれ、特注で作ってもらったんだ!」
「そう、プロポーズの時に男性から女性へ贈る物、そう、こういう見事な短剣。……短剣?」
「すごいでしょ、カルエ!現在最高と言われる名工に注文した傑作だよ!……ゴホン……僕が君を守る。僕が守れずともこの剣がきっと君を守るから安心して欲しい。結婚しよう!カルエ!(キリッ」
(よし、噛まずに全部セリフ通りに言えた!)
「……アリガトウ、リック。……とりあえず、試し切りしなくちゃね」
「え?カ、カルエ?それよく斬れるから、こっち向けない、ぎゃあああああああああ!」
この世界でもプロポーズで贈るのは指輪であり、後日包帯を巻いたリックは本来の贈り物を買いに行くのであった。
順風満帆な日々を送る二人だったが、魔法ギルドでとある貴族と問題が起こってしまった。
実家から自由を得たカルエだが、彼女が伯爵家の次女であることに違いはなく、リックのような平民と結婚したことに文句をつけてきたのだ。
このとき二人はSランクという高ランカーであったのだが、貴族という特権階級を笠に着た愚か者はカルエに手を出したことでリックの怒りを買い、返り討ちになってしまう。
その後、類が友を呼び、膨れ上がった愚か者どもの反撃に嫌気を差した二人は、とうとう直接暴力を振りかざしてきたやつらの手先を全て倒し、長く生活してきたこの街を離れることにした。
そんな二人に貴族たちは最後で最悪の手段を用いることにした。
引っ越しの移動中で野宿をしていた二人。
用を足しにカルエと離れたリックは得体の知れない殺気を感じた。
武器を構えて魔法を発動する。
周囲に人影はない。
異変を感じたリックは風を纏い、カルエの元へと戻った。
「カルエ!無事か!?」
「リッ「ドスッ」……」
こちらを向いたカルエが背中から黒い剣で刺される。
「っさまーーーーーーーー!!」
リックが背後の男に斬りかかるが、消えるように躱される。
スピードをあげ男を追って、カルエと引き離す。
そして、急反転してカルエを抱きかかえ空へ飛んだ。
まだうまく制御できないせいでスピードも高度も出ない。
カルエを抱えているのでなおさらだ。
そうこうしている内にカルエは血を流していた。
「リック……聞いて。私ね、幸せだった。いっぱい、あなたに、幸せにしてもらった」
「そんこと……カルエ……」
認めたくなかった。
でも、カルエはもう助からない。
「リック、あなたは……生きて。恨んだりしないで……生きて。リック……愛してるわ……」
「僕も、僕も愛してるよ……カルエ」
「フフフ……知ってる、わ……」
カルエは笑ったまま目を閉じ、リックの腕の中で果てた。
リックの慟哭が燦然と輝く星の下、夜空に響き続けた。
カルエの墓をゴウホウ霊山に連なる山のひとつの頂上に作った。
自由を求めて飛び出したカルエ。
空を初めて抱いて飛んだ時、上から眺める光景に喜んでいたから。
その後もよくお願いされて一緒に空からの色んな景色を楽しんだ。
「ここからの景色は絶景だろう、どうだい?カルエ……」
つぶやくリックに答える者はもういない。




