28話 新たな目標
新暦1345年 ガレリア大陸 カルティア王国東北部 ゴウホウ霊山山中
老師の家の裏手――言葉通りに奥さんの隣に亡骸を埋葬した。
二つ並んだ墓石に手を合わせる。
もうあの騒々しい老人はいない。
想い返すと、随分と長い間一緒に暮らしていた。
「最初は、あんたが笑ってて、俺が怒ることが多かったな。次第に、俺が笑ってて、あんたが怒るようになった。ギンが生まれたときとギンが空を飛んでたときくらいしか一緒に笑った記憶はないな。まぁ結構、楽しかったよ。ありがとな。今後は静かにしててくれ」
笑いながら話しかけるが返事はない。
ピュエエエ
代わりとばかりに、上空のギンが返事を返した。
「最後にひとつだけ。あんたからもらったこの短剣。銘は聞いてなかったから、勝手に名付けさせてもらうから。ギンと同じくシンプルにな。あんたの短剣は『ジジイ』、嫁さんの短剣は『ババア』!ふははは!不服があるなら言ってみろよ?そのときは変えてやんよ。じゃ、行ってくる。またいつか来るから、嫁さんと仲良く待ってな」
話を聞けなかったトキが知る由もないが、二対のそれは短剣の中でもソードブレイカーと呼ばれる刀剣で、銘を『舞風』『舞華』という。
老師が妻へ護身用に送った、当時最高の名工と呼ばれた刀匠に依頼した傑作であった。
決して『ジジイ』『ババア』と名づけてよい一品ではない。
そんなことはつゆ知らず、トキは老師の家をあとにするのであった。
老師の家から直線にファウスタイン領の領都フリーレンを目指すことにした。
空を飛んでいたため少し迷いもしたが、無事ファウスタイン侯爵家の屋敷がある街に着いた。
屋敷はフリーレンの北に構えられており、この町は農業と林業によって栄えてきた。
ギルド証を見せて街へと入る。
ギンは一応上空に待機中だ。
以前見た雰囲気とさして変わりはないように思える。
王都ほど人はいないが、人々には活気がある。
通りを北へ進み、侯爵家の屋敷に着いた。
「私はトキニア=ゼペルルクスと申します。侯爵様へお取次ぎ願いたいのですが。ロクスの息子が来たと言って頂ければ伝わるかと」
アポは全くとってなかったし、5年も音沙汰なしだったので少し不安もあったが、門番の兵士の一人が以前トキと一緒に村へ動向した者で、トキを覚えていてくれたため問題なく取り次いでくれた。
使用人の後に従って、昔侯爵夫妻と会ったリビングに案内される。
そこには屋敷で目覚めた時に会ったレイスがいた。
「トキニア様、お久しぶりでございます。すぐ、旦那様と奥様も参られますので、もう少々お待ちください」
こちらも挨拶をしたが、すぐさま出て行ってしまった。
(あの人相変わらず怖いな)
用意されたお茶を飲みながら待っていると、侯爵夫妻が登場した。
すかさず立ち上がる。
「トキニア!久しいな。随分大きなった」
「お久しぶりね。立派になられて」
「ご無沙汰しておりました。侯爵様、奥方様」
「堅苦しいぞ、トキよ。名前もな、シリウスと呼んでもらえるとうれしい。マルサも同じだ」
「はい。シリウス様、マルサ様。ただいま戻りました」
「おかえり、トキ」
それから、この5年間どうしていたのかという話をした。
「それでは、ずっと修行の毎日であったのか」
「はい。良い、とは言い難いですが、優秀な師と出会えましたし、旅の連れもできました」
「連れとは……はは~女だな?」
「あなた、茶化さないでください」
「女かどうかはわかっていませんが、紹介してもよろしいでしょうか」
「うん?ああ、もちろんだとも。街にいるのかね?」
「いえ、ですが呼べばすぐ参ります」
トキは2階のテラスに出て、ピュイと口笛を鳴らした。
すると、すぐに上空からギンが舞い降りてきて、トキの左肩に止まった。
いきなりの事態に二人は部屋の中へ避難してしまっていた。
「驚かせてしまい申し訳ありません。私の相棒で霊鳥ホワイトロックのギンといいます。ギン、お二人にご挨拶を」
ピュエエエ
「これはまた。いや、驚いた。なんとも立派で美しい鳥だな」
「ええ…この世で最も美しい生物と言われても納得してしまいそうです。トキと並ぶと絵になりますわ。とっても懐いていそうで、賢いのですね」
「少しの意思疎通はできます。ゴウホウ霊山を登っているときに、たまたま親のいなくった卵を見つけまして、育てているうちにこのように」
「なるほど。霊鳥という存在は知っていたが、実際見るのは初めてだ。触ってみてもかまわないかね?」
「はい、大丈夫です」
「ほほ~これは素晴らしい手触りだな。体毛のなんと柔らかいことか」
夫人は無言で撫でくりまわしている。
十分に堪能した夫妻とギンを空へ帰したトキは、ソファーに戻って話を続けた。
「そうか。そなたの師は……」
「はい、相手は剣魔十傑のガルツ=ルーパーでした。昔果てせなかった依頼を終わらせに来たと言っていました」
「ガルツ=ルーパーだと!?そなたの師はよくあやつから一度は逃れられたの」
「シリウス様はあの者をご存知ですか?」
「私も見たことはないし、狙われた者は皆殺されたということしか聞かん。しかし、最近では名を聞くこともなかったし、もう60歳くらいのはず。死んだのではないかとも言われておったが、生きておったのだな」
「…………」
「トキよ、復讐など考えるでないぞ」
「……ええ、わかっています。師にも死ぬ間際に言い聞かされましたので」
「そうか……。それで、今後そなたはどうするつもりなのだ?」
「まずは村に戻って墓参りをしようと思っています。その後は、冒険者をしながら強さを磨いて、いつかはパイオニル村を再興できれば、と思っています」
「そうか。あの村をな。それは険しい道ではあるな。もちろん私も協力するが、そなた一人の努力でできることではないぞ」
「重々承知しています。なので、そういった知り合いや仲間を集めることも冒険者をする目的ではあります」
「ふむ。冒険者か。それより学園に入ってはどうかね?競争相手もいる、強さも磨ける、同年代の仲間も見つけやすい。どうであろう?」
「それも考えてはみたのですが、私が強くなるためには魔法が必要となります。そうすると、魔法学園ということになるのですが、国内にはないためナルビス王国に行くことになり、カルティアの村へと集う仲間はいないのではと思いまして」
「考えてはいたのだな。しかし、トキよ。カルティア王国に魔法学園があるとしたらどうする?」
「え?国内にですか?初めて聞きましたが」
「実はな、来年から国内に新たな魔法学園ができるのだよ。以前から、国外へ魔法使いが流出することが問題となっていてな。なかなかきりだせなかったのだが、今代の国王陛下は教育や医療に力を注ぐ方で、とうとう発足が決まったのだよ」
「それは知りませんでした。年齢規定や試験などは他と変わりないのですか?」
「ああ、基本的にはナルビス王国のクローリア魔法学園と同じ形態になる。タルム女王国でもそうなる可能性が高い。場所は王都にある通常の学園を改築することになっていて、今は工事の真っ最中だ」
「王都の冒険者ギルドには行きましたが、そうですか。そうなると入学できるのは2年後ですね」
「その学園は北地区だからな。トキ、入学する気はあるか?」
「はい。王都であるならそれ以上の条件はないでしょう」
「そうか、わかった。入試費用は金貨5枚、寮に入るなら年間金貨50枚が必要となる。用意できるか?」
「はい。いくらかは貯めています。あとは2年あれば大丈夫かと思います」
「そうか、ならば何も言うまい。お墓参りは明日にして、今日は我が家で休んでいきなさい」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
夕食もご馳走になり、魔法や学園、ギンのことを語り合い、その日はゆっくりと寝ることが出来た。
トキはたくさんの人に助けられていることを実感していた。




