22話 ジジイの過去
新暦1342年 ガレリア大陸 ゴウホウ霊山本山頂上
あれからさらに1年以上が経ち、トキは8歳になっていた。
背は130cmくらいで、相変わらず幼さが残った顔立ちをしている。
リリーにもらったリボンを使うために後ろで短く結んで、サイドの前髪は垂らしたままだ。
修行のおかげでそこそこ筋肉はついているが、服を着ていると若干細めに見えてしまう。
今後の成長に期待、といったところだ。
トキは成長したギンの訓練も始めていた。
肩に止まらせたり、獲物を自分で取ってこさせたり。
口笛で呼んだら飛んで来るようになり、少しだけではあるものの意思の疎通ができるようにもなっていた。
ギンは既に親鳥と変わらない大きさまで成長している。
体重が重くて腕に止まらせることができないくらいだ。
その姿はとても美しい。
純白の体毛と白銀の翼はかつて戦った親鳥を思い出させる。
トキの疾風の鎧はかろうじて形にはなっていた。
だいぶ消費魔力も抑えられて、直線限定ではあるが加速することはできてきたし、浮くだけなら1時間くらいはできるようになった。
ただ戦闘となると話は別だ。
その頃になってから、トキは老師の魔法のすごさを改めて実感させられていた。
予想を遥かに超え、老師の魔法操作能力はとんでもないレベルだったのだ。
ただ加速するだけや浮くだけなら、トキもあまり時間がかからずできるようになった。
しかし、空中での立体機動はおろか、足を地についた状態でも連動した動きで縦横無尽に走り回ることは1年かけても不可能だった。
目の前の老いぼれがいかに化物じみた芸当をしていたのか、ようやく理解した。
さらに言えば、老師曰く、関節を節目に体の各部位毎、前後左右上下6つの方向に疾風の鎧を操作できると言うのだ。
まさに曲芸といえる技術である。
ある日、トキは疑問に思えたことを口にした。
「なんでジジイはそんな風にできるまで修行したんだ?」
「……褒められたかったから、やもしれんな」
最近老師はふと物思いにふけったり、真面目な応答を時々するようになった。
そんなせいか、誰に、とはなんとなく聞けなかった。
しかし、今日その話の続きを聞くことになる。
ピュエエエエ
ギンが気持ち良さそうに空を飛んでいる。
現在のトキは老師の記憶が生み出した敵対者との戦闘訓練、買い出し、老師との戦闘訓練もしくは魔法修行、ギンとの休日、というサイクルを回していた。
「ギンも立派に成長したのぉ」
今日の買い出し当番である老師が帰ってきて、そうトキにつぶやいた。
「ああ、もう一人前って言えるだろうな」
二人で並んで座り、空とギンを見上げる。
「のう、お主はなんで強くなりたいんじゃ?」
ふいに老師が空を見上げたまま聞いた。
「俺は……俺の家族は魔物の群れに殺されたんだ。6歳の時の話だけどな。村の皆も全員殺された。父さんも、母さんも……まだ1歳になっていない妹も殺された。生きていてもしょうがないとも思ったんだけどな。母さんが最後に言ったんだ。生きなさいって。それを守るために生きようとして、でも同じことを繰り返したくないから。だから守れる強さが欲しいんだ」
「……そうか」
「ジジイには家族はいないのか?」
「……妻がおったの。殺されたが。子供はおらんかった」
「その……奥さんも魔物に?」
「いや。……そうじゃの。いい機会じゃ。ちと、ジジイの独白を聞いておくれ」
「……ああ」
「20歳頃じゃったかの~。ある街で見かけた魔法使い風の女子に一目惚れしての。しかし、当時の儂は奥手で話しかけることができななんだ。そんなとき、その女子がある迷宮に一人で潜ろうとしておると聞いての。困ったところを颯爽と現れて助けてやろうと思ったわけじゃ。しかし、後からついて入ったはいいが見つからず、いつの間にか迷宮の主と闘うことになったんじゃ。あぁ、例の魔力吸収のやつじゃよ。その後、死闘を制したはいいが、ボロボロで死にかけておった儂はその惚れた女子に逆に助けられてしもうたんじゃ。これはカッコつかないと思ったが、礼をしたりしてる内に行動を共にするようになっての。人生何が功を奏するかわからんもんじゃて。儂らはそのまま結婚し、お互いに魔法使いギルドでSランクとなるほどの成果と実績を積んだんじゃ。そんな幸せの中、儂らはギルドで権力をかざすある貴族と揉めての。もちろん返り討ちにしてやったが、後から他の貴族も連れ出してきたんじゃ。そんな争いに嫌気がさして二人で引っ越すことにしての。じゃが、貴族たちは儂らに最悪の追手を差し向けてきおった」
「最悪の追手?」
「うむ。当時最年少で剣魔十傑となった暗殺ギルドのガルツ=ルーパーじゃ。闇魔法の使い手でな。気づいたら護衛対象が死んでいた、というほどに暗殺に長けた男じゃ。追手にも気をつけていたが、やつの手からは逃れられんかった。やつの存在に気づいたときには妻は胸を貫かれておった。儂は妻を抱え、当時はまだまだ拙い魔法で空を飛んで逃げた。復讐してやると憎悪に燃えたが、最後に妻が言ったんじゃ。恨まないで、生きて、とな。それから儂は生きる目的が分からず、ただ魔法の修練に励んだ。儂の取り柄はそれだけじゃったし、魔法と妻を除けば儂には何も残らんかったからの。やがて、相当な域に達しても妻を失った儂の内には虚しさだけが残った。そして、適当にただ生きるだけの生活に明け暮れたんじゃ。じゃが……ふぉっ、ちと話しすぎたかの。……どうしてじゃろうかのぉ」
「…………」
(家の裏にあった石は奥さんの……)
立ち上がった老師は話は終わりとばかりにテントに向かっていく。
ただ、その背中がトキにはいつもより小さく見えていた。




