11話 最後の願い、紡がれる想い
新暦1339年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 ファウスタイン侯爵家
「ここは……」
(そうか。俺は侯爵様の家で。そして……)
「うぅ……」
思い出すあの夜のこと。
あれほど泣き続けたのにもかかわらず、まだ涙が枯れることはない。
(なぜ皆が死ななきゃならないんだ、なぜ俺だけが生き残ったんだ、なぜ人並みの幸せが許されないんだ、なぜ――)
疑問が渦巻き、次第に膨れ上がっていく無力な自分と敵への怒り。
(俺がもっと強ければ。俺がもっと早く敵を発見していれば。俺があのとき攻撃を受けなければ。やつらが村に来なければ。そもそも俺が生まれたりしなければ……)
しなければ――。
しなければ、ロクスに剣を教えてもらうこともなかった。
しなければ、リリーに優しい眼差しを向けられることもなかった。
しなければ、リアゼのかわいい寝顔を見ることもなかった。
仮定を繰り返しても意味はない。
この世界でも、もう大切な家族はいないのだから。
(……死のう)
前世と同じ思考の停止。
しかし、前世では聞けなかった家族の最後の言葉が脳裏に浮かぶ。
『生きなさい』
あの状況、すべてをわかった上で遺したであろう母リリーの最後の言葉。
一人になったとしても、後悔することになったとしても、幸せになれないとしても――。
『生きなさい』
もはや根尽きた無気力な自分と母の願いが胸中で葛藤し始める中、ふとトキはあることを思い浮かべ、幽鬼のようにふらっと立ち上がった。
(家族の、村の皆のお墓を作らなきゃ)
部屋を出たトキは、前回とは違う使用人と思われる人に声を掛けた。
使用人に案内され、書類が積まれた執務室のような部屋でシリウスに面会した。
「トキ、もう体調はいいのか?」
「はい。ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした。先日のパイオニル村
で起こった出来事についてお話があります」
「そうか……聞こう」
トキは事の発端から詳しく状況を説明していった。
シリウスは自分の身に起こった今回の件をまるで他人事のように客観的に、そして淡々と話すトキに違和感を覚えた。
自分の親・妹・知り合いが目の前で殺されたいく様を見たにしては異様とも思えた。
ましてや、トキはまだ6歳のはず。
部屋に入ってから話している間も表情に変化がなく、子供らしい感情は垣間見えない。
賢い子ではあるが、精神的なダメージを受けていると予想するには十分であった。
話し終えたトキは現在の村の状況を伺った。
「村の様子から何らかの襲撃を受けたことはわかったので、侯爵領軍100名を向かわせて現在調査中だ。魔物などの姿は見られず……生存者が発見されたという報告も受けていない。近いうちにあの村は一旦放棄されることになるだろう」
「そうですか。家族と村人を弔いたいと思っていますので、私は村に行こうと思います」
「……わかった。では騎兵5名を護衛としてつけよう。それと、これは妻とも話したのだが、トキよ。戻ってきた後、私たちの養子にならんか?」
上級貴族から平民への養子縁組の打診。
王へ奏上する必要があるそれは、通常ありえないことである。
しかし、それに対してもトキは平然として答えた。
「過分な御好意大変ありがたいのですが、お断り申し上げます。申し訳ございません」
「そうか。いや、急なことを言った。まずは家族を弔い、自身をゆっくり養生しなさい」
トキはその日の内に侯爵家を出発した。
馬車を用意されたがそれは断り、騎馬兵の前に乗せてもらうことにした。
そして、トキは数日ぶりに故郷へ帰ってきた。
村の周辺では侯爵領兵の簡易キャンプが張られていた。
村の建物の多くが崩れ落ちているか、燃え尽きたかしている状況だったからだ。
村中にはびこっていた血の痕は先日降った雨のせいで流されつつあった。
しかし、未だ村人か魔物かの肉片が少し散らかっており、辺りには腐臭が漂いつつある。
そんな様の村を通り抜け、トキは我が家――ゼペルルクス家に向かった。
家は半壊半焼の状態だった。
いつも賑やかな笑い声が絶えなかった食卓は静寂に包まれ、家裏の森のせせらぎだけが時折聞こえてくる。
両親と子供たちの寝室は焼け落ちて骨組みだけが残っており、ベッドや家具は炭だらけになっていた。
そんな炭や灰だらけの中、父ロクスから誕生日祝いにもらったあのジャケットが見えた。
防火耐性のおかげで燃えずにすんだようだ。
手ですすを払うが、これは一度洗濯する必要がある。
いくつか思い出の品を探した後、リリーとリアゼを最後に見た場所へ足を向けた。
何もなかった。
涙を堪えながら村の南端にあたるところで墓を作り始める。
土を盛って適当な大きさの石を立てただけの簡単なものだ。
ロクス、リリー、リアゼ、サクおばあちゃん、コニー……。
家々の人を思い出しながら黙々と作業を進める。
いい村だった。
全員で100人にも届かない、小さいけど長閑な村。
よその家の子供である自分の誕生日を祝ってくれた村人たち。
軽い調子でみんなをよく笑わせていたコニー。
本当の自分の孫であるかのようにかわいがってくれたサクおばあちゃん。
流石は俺の息子だとよく褒めてくれた父さん。
厳しいときもあったけど笑顔がとっても似合う優しい母さん。
そして、かわいいかわいい妹のリアゼ。
生きていけたらきっと母さんに似た笑顔が似合う素敵な女性になっただろう。
裕福とは言えないながらも温かみのある家庭だった。
すべてが終わった後、トキは家族の墓の前に膝を抱えて座った。
30cmほどの墓石が二つとそれより少し小さい墓石が一つ。
その下に亡骸はない。
他の人も同じ。
おそらく、持って去られたか、食われてしまったのだろう。
拳を握り締め、歯を食いしばる。
どれだけ時間が経ったか、しばらくの間そうしていた。
母リリーの言葉を胸の内で反芻する。
『生きなさい』
(前世の家族も、もし言葉を遺せたとしたら同じことを言っただろうか)
(たぶん、いやきっと……そうだったろうな。いい家族だったし)
(だけど、俺は……)
今の家族には気づかされた。
最後に願われた。
しかし――。
(自分に生きる価値があるのか。一人で生きることに意味はあるのか。家族を失った生に耐えられるのか)
そう思いつつも……ただ、これだけは言える。
家族の願いを無下にしちゃいけない。
前とは違う。
自分は生きなければならない。
弱い、とても弱い自分だけれど。
後悔は――もうしたくない。
そして、自分の気持ちを決意して吐露する。
「強くあろう。生きるために。強くなろう。生きるために。強く生きよう。もう後悔をしないために」
トキは立ち上がり、村を後にする。
またくるね、と小さく呟いて。
侯爵家へ戻ったトキに、シリウスは養子でなくとも生活の面倒をみる旨を伝えた。
しかし、トキはその申し出も丁重に断った。
「身丈に合わぬ御温情に深く感謝致します。しかし、私は厳しい現実とあえて向き合いたいのです。その結果死ぬこととなっても、それはそれで自分に納得がつきます。母リリーの遺言を最後まで貫ければ、いつか再びお会いできることもできるでしょう。どうかそれまで、奥様共々御健勝であられますよう」
いつか、命を救われた恩を返すために戻ってくる。
強くなって帰ってくる。
ロクスの形見の長剣はそれまで預かっていてほしい。
そう告げるトキの眼には、村へ行く前にはなかった確かな決意が秘められていることをシリウスは悟った。
トキは旅に出る。
目的地のない旅へ。
晴れた空の元、黒のジャケットとコートをかぶり、腰にはロクスの予備の短剣とナイフが一本。
背嚢を背負って一人旅。
進路は北へ、まずは王都を目指す。
何が待ち受けようとも、後悔はしない。
いざ、強さを求めて。




