表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀翼の飛翔  作者: fey5
第2章 後悔と決意
11/142

10話 悪夢再来

新暦1339年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 パイオニル村




村の北側にある麦畑は収穫の時期を迎え、その実りは一面波打つ金色の絨毯のような様を生み出していた。


この世界での主食である麦はパンとして食卓にあがることが多い。


今年は天候にも恵まれ、十分といえる収穫量が見込まれていた。


収穫時には村人総出で取り掛かることになっている。


村には少ないが、子供といえどもこのときは皆と一緒に手伝う。


6歳のトキも例外ではない。


収穫が終われば、年に一度の祭りが催される。


去年から参加したトキは子供と言えぬ体力で収穫に貢献し、祭りのときに皆からよくがんばったと褒められた。


今年もがんばるぞと意気込む反面、去年食べた祭りの料理が脳裏に浮かぶ。


人間も目の前に人参をぶら下げられたら、ムチを叩かれずとも力を出すものだ。


村人は明日からの収穫に備え、いつもより少し早い就寝を迎えた。





そして、その夜半のこと。


突如としてそれはやってきた。






(家の外で動物の鳴き声がうっすらと聞こえる)


(やたらと騒いでるような)


(そんな鳴き声)


(いっぱいいる)


(近づいてくるみたい)






トキはふと目を覚ました。


夢の中で聞こえていた声は今は聞こえない。



(おしっこ……)



寝ぼけた眼で魔道具に火を灯しながら西側の厠に向かう。



「ふぅ……」



目の前の窓を見上げると、雲がかかっているのか星の輝きは見られない。


用を足した後、厠の扉を閉めようとするとあの鳴き声が聞こえたような気がした。



(寝ぼけてるなぁ)




 ギャアギャギギャアギャアギャ




「ん?やっぱ、なんか聞こえる?」



少し気になって、寝巻きのまま裏戸の扉を開けた。


南向きのドアの向こうには庭とその先に暗い森が広がっている。


が、特に変わった様子はない。


ヒュウと風が吹いた。


それに乗せたようにあの鳴き声がトキの耳に届いた。



(聞き間違えじゃない!)



目を大きく見開いて耳を澄ますと、今度は小さくとだがはっきり聞こえてくる。



(森の方じゃないよな?)



裏戸から表に回り込む。


家々が並んだその先、村を通りぬけ入口の広場まで来て立ち止まった。


正面、北側を見つめる。


暗闇にも慣れた目には闇色に染め上げられた麦畑が広がっていた。


村の入口から東にかけては弧を描いて街道が続いている。


街道は村から下りながらさらに右に曲がり、ここからは森に入るような形をしている。


目はかなりいいと自負しているトキだが、雲で星あかりもない今はよく見えない。


声はその方向から聞こえるようだ。


だいぶ距離はあるように思える。


目を凝らせても見えないので、先にロクスに知らせようかと思ったその時。


雲が切れて数瞬、星明かりが「それら」の目と僅かな輪郭を照らした。





ぞわっ!!





トキはすぐに駆け出した。



(あれはやばい!絶対人じゃない!しかも見えただけでも軽く30以上いた!向かってきてる!みんな、みんながやばい!)



距離が離れていても、その凶暴性が自分の身に突きつけられた。


人型のようだったが、顔の幅くらいまで広げられた大きな口。


明らかに肉食であろう大きな牙。


猫背のような姿勢で横幅のある体躯に、それにすら見合わぬ太い腕は何か棒のような物を握っていた。


そして、星明かりに照らされたあの赤い目は何も語らずともわかってしまった。




「食事」




否。




「餌」






(探している!餌を!)



「起きろーーーー!!魔物だーーーーー!!!起きろーーーーー!!!」



初めて目にした生物にもかかわらず、なぜか確信をもってトキは走りながら叫んだ!



『魔物』


魔力を過剰に溜め込んだことで、身体に異常をきたし発達、変化した生物。

または、その存在自体が魔力溜りによって発生するとされる生物を指す。

比較的、通常のそれより大きく、頑丈で力を増し、肉食であるものが多い。

4足歩行から2足歩行に進化したり、飛行能力・水棲能力などを得たものも存在する。

群れを形成するものも確認されており、繁殖方法は知られていない。

獣の場合は魔獣とも呼ばれる。

霊獣とは異なる存在。





全速力で走り抜け、家に着いたトキはロクスとリリーを起こす。



「父さん!母さん!起きて!!何かやばいものが村に向かってきてる!」


「ん~?トキなんだって~?」


「父さん!目を覚まして!敵が迫ってきてる!たぶん魔物!確認できただけで30以上!村の東側からこっちに向かってきてる!」



息子の必死な様子にただ事ではないと感じたロクスは飛び起きた。



「リリー!リアをここへ!……村人を起こして広場へ誘導、警備隊を東側に配置して……トキ、お前が見たのは東側だけか!?」


「南の森と北の小麦畑の方は見たけど、そのときは何もなかった。西は見てない」


「となると、用心のために各方に人を当てたほうがいいか。いや、人数的にみて現実的ではないか。くそ!30以上か……リリーは村人を起こして広場へ誘導!その後、状況を見て警護にあたってくれ!トキ、お前はリアを頼む」



指示をしながら防具をつけ、長剣を腰に差したロクスはトキを見つめた。



「トキ、リアを任せた」



大きな手で頭を撫でられ、頷くトキにロクスも無言で頷き返した。



「二人を頼む」


「あなたも。気をつけて」



リアを抱えたリリーごと抱きしめる。


そして、ロクスはすぐに家を飛び出した。



「トキ、私たちも行くわよ。広場までリアは私が抱えていくわ」


「わかった!」



家を出て、家々を覗き込んでは大声で村人を起こしていく。



「サクおばあちゃん!」



村の騒ぎで起きたようで、家を出ようとしていたところをトキと出くわした。



「あ~トキちゃん。広場へ逃げろって声が聞こえたんじゃけど、どうしたのかねぇ?」


「魔物だよ!魔物が村に向かってきてるんだ!もういつ村についてもおかしくない!急がないと!」



のんびりとしたサクおばあちゃんを急かして通りに出る。


魔物と聞いてサクおばあちゃんも事の重大性に気づいたようだ。


魔物といってもその強さにも差はある。


大きさまでは遠くてよくわからなかったが、あの体躯にあの数。



(1匹に対して2,3人がかりじゃないと危ない気がする)



警護隊や戦えそうな人をかき集めてもこの村ではいいとこ30人。


他は老人や女性、子供だけだ。


撃退しつつ逃げるしかないか。



(逃げる?どこへ?)



一番近い村へも徒歩だと5日はかかる。


それも魔物がやってきた方向だ。


サクおばあちゃんの手を引きつつ、広場が見えるところまできた。





ザザザァァザザァザザザァァザザァ





家と家の間を横切ろうとしたとき、奥から何かを引きずる音が聞こえた。


トキの身長くらいの長さの大きな斧のような刃物を引きずった「それ」をトキは見上げた。



(……オ、オーガっ!)



遠くからでは分からなかった魔物の大きさ。


そして、戦士ならば5人がかりで挑むとされる有角の人型の魔物。


青黒い肌と赤い目、口の大きさが人のそれとはかけ離れている。


成人男性より頭2つ分は高いその大きさは5mほど離れていてもトキが見上げるには十分だった。


近くならなおさらこみ上げてくる恐怖。


足がすくんで動けない。


オーガが左手に持った斧を振り回し、左肩に担ぐように持ち上げた。




ピッ




顔に飛び散った液体には目を向けず、トキはそれに気づいた。



引きずっていた「物」。



おそらく、その巨大な刃を振り下ろし、貫き、そのままにして引きずっていたであろう「者」。









「コニィ……?」








茫然自失となったトキに、オーガがコニーだったモノごと斧を振り下ろした。







ドッッ!








トキは突き飛ばされた。



横に。



サクおばあちゃんによって。









「……トキ……にげ、て……」








そして、



コニーだった者と、





サクおばあちゃんだった者は、





動かなくなった。






思考が止まる。



そんなトキに向かってオーガは歩み寄ってきた。


横に倒れた態勢のまま、歩みを止め目の前に立ったオーガを見上げる。


見開いた目は血走り、赤い眼が映る。


斧を振り上げるオーガ。




ドドドドスッ!




オーガの胸、頭、腹など各所に、星明かりに反射し光る何かが刺さった。



「トキッ!」



リリーが広場から駆けてくる。


間一髪のところで水属性による攻撃魔法を発動させたのだ。


リリーに抱きしめられてようやく声を絞り出した。



「か、母さん……コニーが……僕のせいで、サクおばあちゃんまで……うぅぅぁああああ!」



「トキのせいじゃないわ。大丈夫、大丈夫だから」



トキの背中を撫でながらあやすリリー。


気丈に振る舞いながらもリリーもまた、二人の方に視線をやり歯を食いしばり耐えていた。


背中におぶったリアをトキに渡しながらリリーは告げた。



「トキ、リアを。……もし、もしもお母さんの身に何かあっても、2人で生き延びることだけを優先しなさい。そして、自分に何かあれば妹も危険に晒されることを忘れないでちょうだい。いいわね?」



リリーの目には覚悟があった。


分かってしまった。


母は子供たちのために命を捨てることを厭わないと。



「僕はっ!……くっ……わかった」



優先すべきはリリーよりトキ、トキよりリアゼ。


理解しても、理解したくない気持ちが渦巻く。



そのとき、トキの背後――広場から悲鳴があがった。


村人に魔物が襲いかかっていた。


素早く立ち上がったトキとリリー。


だが、広場との合間に魔物が割って入ってきた。


その数7,8,9,10……まだ増える。



オーガよりもかなり小さいその魔物の名はゴブリン。


濃緑の肌をした角がない小さなオーガのようで、ゲヒャゲヒャとしきりに声をあげている。


大人よりも小さい背丈に反してパワーはそれを上回る。


魔物の中では弱い分類に属されるが、そのゴブリンが槍や棒を片手にぞろぞろ湧いてきている。


さらにトキたちの横からも現れ始めた。



(これだけの数……ここまでくるってことは……父さんっ……)



北も東も敵に囲まれて止む負えず森へと後退する。


リリーは絶えず魔法で攻撃するが、数が多すぎて焼け石に水となっている。


森の方へと走りながらちらっと広場を見ると、そこはゴブリンで溢れており村人の悲鳴も僅かなものになっていた。



(息が苦しい)



少し走っただけで息切れになっていた。


リリーが魔法で範囲攻撃を加えてゴブリンたちの足を止める。


もう少しで森といったところだ。



ドゴッ!



「がはっ!」



一番端の家の影から現れたゴブリンに左胸を何かで突かれた。


衝撃で倒れこみ、リアゼも放り出されてしまう。


ここまで大人しかったリアゼも泣き出した。



「トキッ!」



リリーが魔法を発動させようとするが、息があがってうまくできない。


魔力が尽きかけているのだ。


振り絞った魔力で追撃しかけていたゴブリンを射殺す。


どうやら1匹のみだったようだが、振り向くと範囲攻撃の後じりじりと警戒するようにゴブリンも迫ってきている。



「トキ!立って!」


「う、うん」



なんとか体を起こそうとした。





ドスッ





さっきまで喚いていたリアゼの泣き声が……止まった。






「「え……?」」





トキとリリーの声が重なる。





リアゼがいるところへ……槍が突き刺さっていた。




「リアァーーーーー!!」




駆け寄ろうとした二人。




ドスッ



「ぅはっ!」




同時に動き始めたリリーが後ろへ倒れる。


投擲された槍が下腹部へ突き刺さったのだ。



「か、母さんっ!」


「うぐっ……はぁはぁ……トキ。トキ、いるわね」



倒れたまま手を伸ばす。



「いるよ、ここにいる」


「いい?……よく聞きなさい。森に少し入ったら……東に向かいなさい。はぁはぁ……まっすぐ進んだあと街道を目指して北へ……いいわね?」



血塗れたリリーの手を握り、ただただ頷く。



「最後に、足止めの魔法を使うから……目を……つむって」


「最後なんて……。そんな、母さんとリアを置いてくなんて……」


「トキ……笑顔笑顔……。トキは……笑ってるのが一番よ」



笑えない、こんなときに笑えるわけない。


涙でリリーの顔もよく見えなくなっていた。



「トキ……愛してるわ。これまでも、そして……これからも、ずっと」



目前までゴブリンが押し寄せていた。



「目をつむって……いくわよ、3、2、1」



目を閉じていてもその光を感じた。


リリーの最後の魔法。


痛みに耐えリリーは空に向かって叫んだ。



「トキッ!行き……なさいっ。生きなさいっ!!」



その言葉を最後にして、トキは喚くゴブリンとリリーを残して走り出した。


全力で駆け抜ける。


森に入ってすぐに左に曲がる。


涙と涎で顔をぐちゃぐちゃにしながらただ走り続けた。


息が続かず、歩き出しても涙は止まらなかった。


何度も転けた。


それでも、止まらなかった。


やがて疲労で木にもたれながら倒れた。



夜が明けて、目を覚ました。


寝巻き姿で持ち物は魔道具のみ。


水を飲んでそれからすぐ歩き出す。


止まると昨夜のことを思い出すから。


疲れだけが思い出させずにしてくれた。


その日の夕方、森から出た。


街道が見える。


トキはそれを確認して意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ