9話 誕生日
新暦1339年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 パイオニル村
今日でトキは6歳になる。
ささやかながら夕食はいつもより豪華になるということで、早めに帰ってくるように言われた午後。
サクおばあちゃんに呼ばれて家を出た。
「ごめんください。サクおばあちゃ~ん、きたよ~」
「よくきたね~トキちゃん」
奥から顔を覗かせたサクおばあちゃんが腰に手をあてながら出てきた。
頻繁に家にやってくるにもかかわらず、毎度サクおばあちゃんはよくきたね~と笑顔で歓迎する。
去年くらいからちゃん付けは止めてと言っているが、ほっほっほっと笑うばかりで変わる気配がない。
「も~。ちゃんは止めてって言ってるでしょ」
サクおばあちゃんとのいつものやり取りだ。
「で、今日はどうしたの?薬草取り?」
「いんや、今日でトキちゃんも6歳じゃろう。だから、お祝いをあげようと思ってね。まぁこっちでお茶でも飲みなさい」
ルルバの葉を煎じたお茶をサクおばあちゃんは好んでいるが、トキはまだこの良さがわからないため気分が少し落ち込む。
ルルバ茶は喉に清涼感を与えるが、苦味が強い。
(もし、ルルバの葉1年分を渡されたらどうしよう)
少しずつルルバ茶に口をつけながら待っていると、サクおばあちゃんが小さな箱を手にやってきた。
「これは?」
「開けてごらん」
木製の箱を開けてみると黒い布に包まれたものが入っていた。
トキの手に収まるくらいのそれは黒光りする金属でできており、長方形の何かの道具のようだった。
「なんなの?これ」
「それは魔力をよく通すある金属でできててね、何種類かの魔法が発動する魔道具じゃよ」
「魔道具?へ~すごい!どんな魔法が使えるの?」
「すごいといっても、旅に便利程度なんじゃがな。小さな火を出すのと水を出す、それと光を灯すといったくらいじゃ。トキちゃんは魔法が使えるから、それほど必要ないかとも思ったんじゃが……」
「そんなことないよ!魔力の節約にもなるし、僕、火と土属性は全然だめだから!水と光も適正はそこそこだから燃費悪いもん!それにこれかっこいい!サクおばあちゃん、これ大切にするよ!ありがとう!」
「ほっほっほっ。どういたしまして。喜んでもらえたならよかったよかった」
『魔道具』
魔力を通しやすい物質に魔法を固定させることによって、魔力を流すだけで魔法が発動する希少な道具。
魔法を物質に固定させる技術は現在では存在せず、主に遺跡や迷宮などで発見される古代の遺産。
希少と聞いて、トキはその価値に少し気遅れしながら聞いてみた。
「サクおばあちゃん、すっごくうれしいんだけど、そんな希少な物を僕なんかにくれていいの?」
「それは死んだじいさんが残した物なんじゃがの。なんでも古物商からタダに近い額で譲ってもらったらしいんじゃ。その古物商も魔法使いではなかったからか、その価値に気づかなかったようでのぉ。ほっほっほっ」
「おじいさんの……形見?そんな大事なものっ!」
「いいんじゃ。残り少ない人生じゃしの。その魔道具も埃かぶっとくよりトキちゃんに譲った方がうれしいじゃろ。なに、じいさんとの思い出ならこの家だけで十分じゃよ」
「サクおばあちゃん……ありがとう。絶対大切にするね」
そう言うと、サクおばあちゃんはうれしそうにいつもの笑い声をあげていた。
その後、おばあちゃんとルルバ茶を啜りながら亡くなったおじいさんの話を聞いた。
おじいさんは行商人でサクおばあちゃんと2人であちこち旅をしていたらしい。
そして、30年ほど前にこの村に住むようになったとか。
楽しそうに語るサクおばあちゃんはこれまでの人生に満足しているようだった。
その日、サクおばあちゃんの家を出て村を歩いていると、近所の人やあまり話したことがない人からも誕生日を祝われた。
昼食を食べに帰ってきた狩人のおじさん、畑で水をまいているおばあさん、家の前で雑談していたおばさんたち、村の周りで稽古をしていた警護隊のお兄さんたち。
コニーは便乗しようと夕食のときにロクスと一緒に帰ると言ってきたが、同僚に一家団欒の邪魔をするなと蹴られていた。
(コニーっていつもあんな扱いだよな)
長閑ないつもの光景を見て回ったり、剣と魔法の修行をした後、木の下で昼寝をしたり、のんびりライフを満喫して家に帰った。
家族揃っての夕食時。
「トキ、誕生日おめでとう。これで6歳だな。これは父さんからだ」
ロクスは黒いジャケットをトキに渡した。
「ありがとう、父さん!うわぁなんかきれい」
袖のない若干厚手のそのジャケットには外側と内側、そして後ろ側に銀糸で縫われた収納ポケットが付いており、メッシュのようなその生地は軽く、防刃素材のように頑丈にできている。
さらに、今のトキには少し大きいようだが、収縮性にも優れているようだ。
内側を見る限り何かの革のようだが……。
「見たことない素材だけど……これ、どうしたの?」
サクおばあちゃんにもらった魔道具と違い、これは見るからに高品質で、我が家の家計からはひねり出すことが到底できないように思われた。
それこそ悪事に手を染めたりしなければ。
トキの心配そうな視線を受けて、ロクスは苦笑いを浮かべた。
「ああ、心配するな。それは父さんの知り合いの伝で手に入れたものだ。6歳を迎える息子の誕生日に丈夫な上着を、と注文したんだがな。ホムラオオワシっていう予想していたものより、遥かにいい素材で作ってくれてな。父さんも驚いたんだが、昔世話になった礼だとさ。だから気にせず受け取りなさい」
「そっか。父さん、ありがとう!作ってくれた人にもいつかお礼を言うよ」
「ああ、その人は王都にいるからいつかご挨拶しなさい」
「うん」
ホムラオオワシはガレリア大陸中央部東寄りのアルゼン帝国、タルム女王国、ナルビス王国、カルティア王国の4国、その国境にそびえ立つゴウホウ山地の崖に巣食う火を吐く珍しい鳥らしい。
ロクスもその素材は初めて見るらしく、防火耐性もあるということだ。
「値段はわからん。とにかく高いことは確かだが、性能はピカイチだろう。修行のときや森に入るときは着て行きなさい」
「わかった」
「じゃ~次は私ね」
そう言って、リリーはじゃじゃーんと、黒くキラキラ光るリボンのような長い布を取り出した。
「これはね、そこらへんにある布を縫って、マラカイコの銀糸で模様をつけたの」
(いや、そこらへんの布って……)
内心、その言い方はどうなんだろうとも思ったが、ありがたく頂戴する。
「ありがとう、母さん。でも、それ何に使えばいいの?」
「よくぞ聞いてくれました!これはこうするのです!」
スタッと立ち上がったリリーはトキの後ろに回り込んで髪を結い始めた。
数秒で髪を纏め、リボンで結んだリリーはよし!っと満足げに頷いた。
「これで、トキはその綺麗な髪を切らずにずっと伸ばせれるわね!」
「いや、マシにはなったけど、ずっと伸ばすなんて「リリー!」……」
トキの声を遮ったロクスは厳格な態度をとっていた。
(あ~うん。言わなくてもわかるよ)
「よくやった!」
我は一家の主である、といった低めの声で発したそれは、トキの予想どおりの言だった。
(ですよね~)
「でしょ~!トキ、大事にしてくれるわよね?ね?」
「あ~~うん、でも「キャーー!あなた聞いたわよね!?トキ、リボンも髪も大事にしてね!」
「あ~うん。でも……」
もう話を聞いていない二人にトキの声は届かない。
ふと見たリアゼはキャッキャッと、楽しそうな両親につられてか笑っていた。
(まぁいいか)
妹に長髪嫌い、と言われるまでは我慢しようと物思いにふけるトキを交えて、ゼペルルクス家は騒がしくも楽しい夕餉のひと時を過ごしていった。




