102話 個人戦決勝 お仕置き
新暦1348年 ガレリア大陸 アルゼン帝国南東部 コロムロ
アリジニステンAチームが団体戦を優勝し、この時点でアリジニステンの総合優勝が決定した。
4位タルム、最下位クロウリアも同様であり、トキが勝てばカルティアが2位、負ければヒッポフが2位となる。
エレスの姿にやる気をもらったトキは気合を入れて個人戦決勝戦に挑む。
相手はグレン=ホオツキ。
(相手にとって不足なし!ではないだろうな。正直なとこ)
手の内を明かしてくれたケオランには感謝だ。
不用意に接近していれば、トキとてダメージを負って負けていたかもしれない。
未だ思うところもあるが、無理やり思考を切り替える。
(これに勝てばご褒美が待ってるんだ。ご褒美、ご褒美、ご褒美。雑念は振り払え)
雑念を雑念で上書きしていることには気がつかない。
係りに呼ばれ立ち上がり、最後の試合へと向かった。
「いよいよ、交流戦最後の試合となってしまいました。アリジニステンの総合優勝は決定しましたが、個人戦決勝ということで闘技場内の熱は天を突こうかとばかりに盛り上がっております」
「ここまで圧勝の連続であったトキニア=ゼペルルクス君ですが、決勝戦はわからなくなってきましたよ」
「と、言いますと?」
「準々決勝で見せたグレン=ホオツキ君の魔法ですが、私は火属性の派生、炎属性ではないかと見ているんですよ」
「なななななんと!?現在、炎属性の使い手はいないはずですが……確かに言われてみれば爆発のような魔法でしたね」
「まぁ見た目は似ているのでおそらくという推察です。彼の魔法は今大会随一と言っていいほど、大変火力が高いですからね。ゼペルルクス君とて一筋縄にはいかないでしょう」
「これは大変興味深い試合になりそうです!おっと、両者が姿を見せました!」
聞こえてきていた解説の声はトキの予想と同じものだった。
(十中八九そうだろう。あの爆炎の結界は防御と攻撃、両方を兼ねていた。普通だったら手の打ちようがないだろうな)
だが、それがわかった自分には通用しない。
真正面から相手を破るとトキは決めていた。
面紅蓮(グレン=ホオツキ)はくせのようにメガネをくいって持ち上げてトキを見た。
(準決勝のような重々しい雰囲気はない……か。まぁ関係ない。誰であろうと僕には勝てないよ)
面紅蓮は国内有数のグループ企業、面財団の御曹司だった。
幼少時より後継者として英才教育を強いられてきた彼は孤独であった。
一般的な高校である林香高校に入学したのも、教師や同級生には何も期待していなかったため、座間権太と同じように実家から近いというだけの理由でしかなかった。
勉強は常に学年トップで全国でも上位に入る。
ガリ勉で表情の変化がほとんどない人嫌いな生徒、それがクラスメートや教師が持つ彼の印象だ。
線の細い優男風の紅蓮だが、実のところ運動もできる。
文武両道を教育方針に、幼少時から個人競技は多くものの手ほどきを受けてきた。
剣道、フェンシング、柔道、空手、拳法、ボクシング、アーチェリー、テニス、ゴルフ、水泳、陸上、体操、スキー、スケートなど。
海外では銃の扱いやサバイバル術、戦争や戦闘に関する軍事教練も受けた。
そこまでする必要があるのかと他人が聞けば言うだろう。
彼はどの分野においても上級者のレベルになるまで練習していった。
このことは他人には話したことはない。
言う必要がなく、そのようなことを話す相手もいないからだ。
他者のことなど知ったことではないし、所詮生きる世界が違う。
それはこの世界に来てからも同様だった。
クラスメートと担任教師が殺された時も唯一紅蓮だけは顔色を変えなかった。
彼がその時考えていたのは、どうやらこの世界は理由があれば人を殺しても罪には問われないらしいというものだった。
経験という自分の糧とするために紅蓮は決意する。
魔法という未知の力を身につけること、人を殺してみること。
これを済ませた後に日本に帰ろう。
それまでは大人しく命令には従ってやるか。
一般的な高校生とはかけ離れた思考を持つ面紅蓮は訓練をこなし力を付けつつ、その機会を伺っていた。
準備もできたのでそろそろ戦争になって欲しいとさえ思っている。
相手を殺すことができないと聞いた交流戦に若干落胆したが、戦争の前座と考えることにした。
人質なぞどうなろうと知ったことではない。
紅蓮は生粋のエゴイストだった。
この場は培った自分の力に対して相手がどうするかを確認するためのものでしかない。
その点から言うと、これまでの試合でわかったことがある。
自分の魔法はこの世界での学生相手ならば十分通用するらしい。
次は大人の軍人と戦ってみたいものだ。
だが、その前にまずはこの相手を倒す。
面紅蓮は決勝戦に臨むにあたって用意した戦術の回想に入る。
決勝という舞台に立っても、グレン=ホオツキは意気込んだり、緊張したりという様子は見られなかった。
トキはそんないつも通りといった様子の相手を観察していた。
(可愛気がねぇ。やっぱりあのメガネ叩き割って泣かしてやりたいな。あ~ムラムラしてきた)
通常運転なのはお互い様だった。
そして、ようやく全ての準備が整い、最後の試合の開始が告げられた。
グレン=ホオツキは自然体のまま両手をトキの方に向けて開いていた。
それを見たトキはさっそく例の爆炎結界を発動したと察した。
瞬殺することもできなくはない。
だが、トキは決勝戦をそんな冷める試合で終わらせたくはなかった。
(見せてやる。エンターテインメントに必要なサービス精神というものを。非日常と言える驚愕、興奮、笑い、恐怖、解放感。そしてほんのちょっぴりのスリルというスパイス。まずは驚愕からだ)
トキが離れた距離から二剣を振るい、斬撃の刃を放った。
他の生徒が見せてきた風の刃の倍以上という速度で相手目掛けて飛来する。
そして、最たる特徴はその視認性の低さである。
しかし、ケオランの時と同様、それはグレン=ホオツキに当たる前に爆発の連続に巻き込まれて消えてしまった。
「なるほど……普通の相手ならば厄介でしょうね。ですが、爆炎陣を発動した僕には無駄です。自慢のスピードはどうしたのですか?」
メガネをくいっと持ち上げて言うグレン=ホオツキにトキは言い返す。
「なに、それじゃつまらんだろうからな。いっちょ盛り上げようかと思って。うし、次~いくぞ?今度は避けなきゃまずいからな?」
(驚愕には届かなかったか。今度こそ届け!驚愕、そして……)
トキは半身になって腰を落とし、二剣を縦に繋げるように後ろに引き、柄武器のように力強く薙ぎ払った。
「ほんのちょっぴりのスリルゥゥゥ!!」
「……!!?ぐぅ!!」
『大刃風』
それは以前、トキが範囲攻撃を模索する中で斬撃の刃の発展系として会得した魔法。
速度こそ先ほどと同等だが、威力は10倍以上であり、遠くにいくに従って湾曲した形で横に大きくなっていく。
肉厚は一本の線のように極薄で、上から見れば1mもの幅広の風の刃だ。
トキ自身その殺傷力には軽く引くくらいで、噂に聞くサリビエ=ストックフォードの金属性の防御以外では回避する他ないと思っている。
予想通り、グレン=ホオツキの爆炎結界を物ともせず切り裂き、その背後にある試合場を囲む1mの厚さの石壁を切り倒し、観客席を支える壁に数mという深さの切り傷をつけた。
ちなみに、人が壁後ろの通路にいないことは風の囁きで確認済みである。
グレン=ホオツキはとっさに自分を爆発と爆風で後ろに吹き飛ばして回避していた。
ガードした腕と服はボロボロで火傷を負っており、ほんのちょっぴりではないスリルを味わったのだった。
「なかなかいい反応と判断だな」
(よし、次は興奮だ)
剣を鞘に収めたトキは竜巻の散乱を発動する。
竜巻同士が合わさって3つの巨大竜巻となり、トキはそれをグレン=ホオツキを囲むように移動させる。
大自然の猛威と言えるそれを作り出したトキに皆驚愕する。
「くっ!!」
開始時より距離が開いていたため爆炎陣による直接攻撃もできず、火魔法による連射攻撃を行う。
グレン=ホオツキの爆炎陣は自分の周囲に爆発の種となる小さな火の粉を撒いておき(移動も爆発も操作可)、それが何かに当たると爆発するというもので、効果範囲は10mちょっとだった。
そのため、距離が離れてしまった今はそれによる攻撃ができない。
必然、違う魔法を発動することになった。
しかし、それもトキの前で起こる巨大竜巻の障害とならず、次第にグレン=ホオツキは追い詰められていく。
徐々に竜巻との距離が詰まっていき、爆炎陣による結界も意味をなさない。
そして、吹きつける暴風に体を持っていかれぬように腹に力を込めて耐えるしかない状況となる。
ギリギリの均衡を敢えて保つトキに対して、グレン=ホオツキは歯を食いしばり、顔を真っ赤にしていた。
「よしよし。段々とそのすました顔が崩れてきたな。じゃ~次だ」
(今度はいっぺんにいくぞ)
それぞれの竜巻に逆回転の竜巻をぶつけ霧散させる。
グレン=ホオツキは肩で息をしながら、その意図を掴めずトキを見る。
(僕は……遊ばれているのか?この僕が!?)
キッと相手を睨みつけ、攻勢に出ようとして特攻をかける。
爆炎陣の効果範囲に入れば勝てると踏んだのだ。
こうしてみると、試合開始時に相手の反応を見ようとして先手を譲ったこと、相手のスピードを警戒してカウンター狙いをして待っていたことが悔やまれた。
トキはそれを見て行動を取りやめ、グレン=ホオツキの行動を見届けようとした。
突撃するグレン=ホオツキは違和感を覚えた。
そして、それはトキとの距離が5mほどになって驚愕に変わり、足を止める。
爆炎陣による火の粉が自分の前方に来れないからだ。
発生させても後方へと流れていく。
まるで――
「向かい風……っ!お前か!?」
ため息をついてトキはグレン=ホオツキに告げる。
「てっきり戦う前から予想はしているもんだと思っていたんだがな。気づくのがおせぇよ。魔法にも相性ってもんがあんだ。お前の爆炎陣、だっけか?風を操る俺にとっちゃ意味をなさねぇっての」
トキがしているのはロリックと戦った際にもしていた風の囁きによる領域支配だ。
あの時は水属性による感知魔法の妨害という役割をしていた。
「なるほど……想定していた以上に厄介な相手のようですね。ならば!」
格闘術とゼロ距離による爆破を狙い、距離を詰める。
自分への影響もあるが、この際無視する。
「ならばって、自分でわかってたろ?俺の持ち味は何かってな」
トキは一気に加速する。
「もちろんそうくると思ってましたよ!」
両腕を左右にクロスさせ、横に向かってターンするように体を横回転しながら自分の近くで小規模の爆発を起こす。
「な、なにぃ!?」
距離を詰めていたトキはそれでも抜いた剣で相手を斬りつけた。
「や、やるな」
そうは言うが、疾風の鎧によってあの程度の爆発ならばダメージはない。
グレン=ホオツキのダメージも左上腕部をまるで狙ったかのように服だけを斬ったに過ぎなかった。
グレン=ホオツキは素早く火魔法の連射で畳み掛ける。
「くっ!」
トキは焦ったようにそれの回避に努め、大きく左に展開しながら相手に迫る。
距離が空いていればトキのスピードにもなんとか対応できていた。
その戦いぶりを見ていたケオランたちは――
「「ねえ」」
ユユとチーグルの声が重なった。
チーグルがユユに先を譲って2人に話す。
「トキは遊んでるのかしら?十分速いけど、あれはトキの全力ではないわ。スピードをわざと遅くしてるように見えるのだけれど」
「僕も同じこと考えてた。どういうつもりかな?」
「長引かせようとしてるのか?まぁなんか理由がありそうだな」
そんなケオランたちの疑問を他所に、トキは再びグレン=ホオツキに接近して横から斬ろうとしていた。
しかし、それも先ほどと同じように防がれてしまい、肩口から右上腕部の服を斬っただけだった。
同じように斬られてしまい、パラリと垂れ下がるローブと下に着たシャツ。
同様の被害を不審に思いかけるグレン=ホオツキの表情を見たトキは、すぐさま大きな気合の声を上げて突撃する。
「うおおおおおお!」
「何度来ようと無駄です!」
迎撃を優先するグレン=ホオツキに対してトキはニヤリと笑ってスピードを突如上げた。
「こっちだ」
トキの声はグレン=ホオツキの頭上から聞こえた。
心臓がドキリとして反射的に上空に両手を挙げる。
しかし、そこにトキの姿はない。
トキは頭上からさらに加速して背後を取っていた。
だが、トキは着地して剣を収め、グレン=ホオツキに背を向けて歩き出す。
着地の音に気づいたグレン=ホオツキは驚きながら背後を振り向き魔法を放とうとした。
「やめとけ。それより、寒くないか?」
パラリ
トキがそう言うと同時に観客から声が上がり、グレン=ホオツキはすーすーする寒気を感じた。
そして、上半身の服が前後に解けるように脱げそうになってようやく気づく。
反射的に胸を抑えるが、隠すべきはそこではない。
股下から上は丸見えで股間部は解放感に包まれていた。
トキは頭上から着地するまでに細心の注意を払って、グレン=ホオツキの両外側の服だけを斬っていたのだ。
観客の女性からは悲鳴が、男性からは笑いが巻き起こっていた。
その中、前側に座る一部の年配女性たちは――
主婦A「青い果実ってところね。若いっていいわぁ」
主婦B「いやだわ、奥様。そんな凝視するなんて」
主婦A「いいじゃない。目の保養よ、目の保養」
主婦C「でも、鍛えた若い体って素敵ね。あ・れ・も」
主婦A「そりゃあ日頃見るのが腹の出て萎れた旦那じゃあね」
主婦ら「「「ほほほほ」」」
グレン=ホオツキの背後に座る魔闘技選手である男たちは――
男A「どっちだろうな」
男B「何がだ?」
男A「ありゃ~相当鍛えてる」
男B「そうだな。格闘技もできそうだ」
男C「魔法だけじゃないってことか」
男B「あれで10代ってんだからたまらんぜ」
男A「ああ、10代の締まったケツはたまらんぜ」
男BC「「えっ!?」」
グレン=ホオツキは慌ててズボンを引き上げるが、そうすると上半身が裸になってしまった。
どうやら彼にも羞恥心というものはあるらしい。
加えて、焦りと困惑で顔が真っ赤だった。
そのまま戦えーというヤジを無視して、前と後ろのズボンを持ち上げ抑えながら控え室に戻っていこうとする。
「まだ試合は終わっていないぞ!」
そうはさせじと、キリッとした顔でトキがその前に現れる。
グレン=ホオツキにはこの時トキが悪魔のように見えていた。
トキは再度竜巻を起こしてそれを阻む。
だが、その目的はダメージではない。
いや、精神的ダメージは深ーーーく刻まれていた。
その目的は誰からも明らかなように残る布を剥がそうとしていたのだ。
まるでイソップ童話の「北風と太陽」に出てくる北風と旅人といった様相だが、外套と残る1枚の衣服という点が異なる。
「ちょっ!待て!タイム!ターーーイム!」
「脱がぬなら~脱がしてみせよう~ホーホケキョ」
その叫びが心地いいBGMであるかのようにトキは聞き流す。
審判団はこの時判断に迷っていた。
このような事態は初めてだっため仕方がないが、グレン=ホオツキの着替えをという懇願でようやくそれを認めた。
着替えを済ませたグレン=ホオツキは怒り心頭である。
「ざ~んねん。つまらないしがらみからお前を解放してやろうと苦労したのに。もっかいいっとく?」
「こ、殺す!!」
人を殺すという目的はあったが、特に思うところはなかった。
だが、トキのおかげで本気で殺したいという殺意を初めて覚えた。
グレン=ホオツキは戦術というものを忘れて飛びかかる。
一度思いっきりぶん殴ってやりたくしょうがなかった。
それを躱し続けるトキ。
「僕~一度公衆の面前でストリップしたかったんですぅ~。念願叶いましたぁ~。危うくイキかけましたぁ~」
そう言ってケラケラ笑う。
念願叶ったのはトキであるかのような言い草だ。
グレン=ホオツキは学んできたあらゆる武術を行使してトキを追いかける。
しかし、トキには当たらない、捕まらない。
そして、ここに至って奥の手を使う。
爆炎陣の爆発規模は元となる火の大きさに依存する。
小さなひとつの火の粉程度であれば人が軽度の火傷を負うくらいで致命傷には程遠い。
今まで爆発規模を抑えていたのは、視覚でわかりにくくするためと魔力消費量を少なくするため、そして自分へも被害が及ぶためだった。
派生型である炎属性もまた例に漏れず燃費が悪く、使い所を考えなければならない。
グレン=ホオツキが現在可能な(単発としての)最大威力は直径1mの火球を元にした大爆発だ。
爆発規模は今までの百倍以上で、試合場は自分もろとも吹き飛ぶことになるだろう。
制限された場所での使用はできない魔法だが、冷静さを失っていたグレン=ホオツキは構わず発動する。
その火球は普通の火魔法とは色あいが違った。
中心は白く、周りは青い。
見るものを魅了する美しい炎だった。
「へぇ~なんか危なっかしい炎だな。で……どうするよ?」
「……死ね」
「これは、まずいかもな。逃ーげよっと」
グレン=ホオツキがトキに向かってその炎を投げつける。
スピードは速くないが、熱量は凄まじい。
それを感じたトキは回避行動をとろうとする。
「爆ぜろ!」
ドォオオオオオオン
轟音と高温の爆風が闘技場を駆け抜けた。
観客にもその熱が伝わってきて、皆思わず腕で顔を隠す。
爆風が去り、試合場を見ると、倒れたグレン=ホオツキの姿があった。
トキの姿はなく、爆発に巻き込まれたと多くの者が思った。
すると、ある者が上空を指差して呟いた。
「あ、あれ」
そこには高速回転する風の渦があった。
下方に向けた突貫の颶風を纏って空中に退避していたトキがそれを解除して姿を見せる。
トキの無事と初めて完全な形で披露された飛行魔法に観客から興奮の声が上がる。
グレン=ホオツキは気絶してしまっているらしく、トキの勝利が告げられた。
「うっわ~自爆魔法かよ。もうちょっと盛り上げたかったんだけどな~」
優勝が決定してもトキは不満が残ったようだ。
(まぁ今回初めてひやっとしたし、よくやったと言っておこうか)
勝利を讃える声に空中でトキは手を挙げて応えた。




