101話 団体戦決勝 奮闘
新暦1348年 ガレリア大陸 アルゼン帝国南東部 コロムロ
フォート=ライレリックの棄権が伝えられ、観客からは大きなどよめきが起こった。
彼に賭けていた観客の反応は言わずともわかろう。
様々な推測が飛び交い、その内半分はトキの名前が出ていた。
あいつが何かやったに違いない、というのが主な内容だ。
不服を申し立てたいが事実ではあるので、トキは黙秘を貫いた。
棄権を観客席で聞いたヒッポフの生徒は無理やり連れてくるぞと走っていった。
普段から姿を消す、さぼるといった行いがあったのだろう。
彼らの表情にはまたか、ここでもかというものがあった。
そして、いよいよ団体戦決勝戦、個人戦決勝戦が行われる。
トキは控え室から出て壁をよじ登ってエレスたちを見守る。
最後の試合に臨むエレスには無茶をしないようには伝えたが、任せなさいと自信満々に言う彼女のことが心配でならなかった。
注意すべきはヒッポフAチームを一撃で粉砕したチヅル=シラスカの氷魔法。
剣魔十傑の一角、氷界の異名を持つタルム魔法学園学園長、ニッセルト=サガンとは違った系統の魔法を放つ使い手だ。
彼女の魔法は他の属性でも可能な攻撃ではある。
だが、その規模は今回の交流戦で見られるものとは桁が違う。
恐らく多いであろう、豊富な魔力量に任せた力技だ。
できれば聖属性による治癒魔法を使うオウカ=サカノウエを倒した後、早い内に彼女をなんとかしたいところだ。
(今んとこは攻撃魔法しか見せてないけど、おっさんみたいに防御も優れてたら厄介だな)
決勝ではエレスは弓を持っていなかった。
遠距離での攻防を避けるつもりなのだろう。
ルウを真ん中に左右には盾を持つロックケーツとウェッテン、その後ろにエレスとケリンが並ぶ3-2という陣形だ。
アリジニステンAチームはこれまで同様に男が前衛、カナコ=フジガサキを中衛にした2-1-2という陣形をとっている。
あちらの作戦は変わりないように見える。
両チームが対峙し、試合開始の合図がされた。
先制はアリジニステン。
オウカ=サカノウエの光の矢が飛ぶ。
狙われたルウは回避しつつ、相手に接近する。
ルウは近接格闘を得意としながら遠距離魔法も使えるオールラウンダーだ。
相手の戦いぶりを見て、前衛2人を1人で相手取るつもりらしい。
ロックケーツとウェッテンは左右に大きく開き、そのまま後衛を叩きに行く。
そうはさせまいと中衛のカナコ=フジガサキが動こうとすると、エレスとケリンが合間を縫うように魔法を放って足止めする。
「ちーちゃん、狙いは私たちみたいね」
「私たちというより、まずは回復役の桜花を優先するんじゃないかしら?正しい選択だけど、そうはさせないわ。加奈子、お願い!」
そう言われたカナコ=フジガサキが左右から迫る相手の前方に向かって大きめの水球を打ち出す。
盾を構えたものの、前方の地面に当たったため水がかかる程度で済み、狙いが逸れただけと考えそのまま直進するロックケーツ。
右側から迫っていたウェッテンも同様だった。
同じように外れたことを疑問に思ったエレスだったが、すぐにそれが罠だと気づく。
「?……あっ!二人共止まって!!」
エレスの叫びも時すでに遅し。
地面に手をついたチヅル=シラスカが魔法を発動して、地表の水を凍らせる。
チヅル=シラスカはニッセルト=サガンほどの熟練度がないため、このような前段階がなければ離れたものを凍らせることはできないため、予想以上の成果にうまくいったと内心ほっとしていた。
濡れた地面から伸びるように凍っていき、地面に当たり跳ね返ってついた水滴を伝って下半身は完全に氷に覆われ動かなくなる。
こうなれば後はいい的でしかない。
まずいと思ったエレスは瞬時に判断した。
「ごめん!耐えて!」
火魔法を凍ったロックケーツの下半身目掛けて放ったのだ。
それと同時にオウカ=サカノウエの光の矢が飛来する。
アリジニステン側や観客も驚愕するが、一番驚いていたのはロックケーツ本人だった。
敵からも味方からも攻撃されるが、避けられないため耐えるしかない。
盾を構え腹に力を込める。
「ぐおお!」
光の矢は防いだが、火球の衝撃と熱はどうしようもない。
なんとか耐え抜いたロックケーツ。
しかし、左足は力を入れると氷も砕けて自由を得たが、右足は依然として凍ったままだった。
そこへさらにエレスが追い打ちをかける。
さらに火球を打ち込んできた。
自分を助けようとしているのか倒そうとしているのか、よくわからなくなってきていた。
左足を上げて片足立ちになり、それにも耐えたロックケーツはようやく自由となった。
しかしながら、精神的にも体力的にもかなり消耗してしまった。
そうしている内に反対側で凍らされていたウェッテンは氷弾を受けて倒されてしまっていた。
これはエレスほどの絶妙な加減ができないケリンの火魔法が少し上の方に当たり、その痛みで盾の構えを解く形になってしまって直撃した、という結果であった。
目に見えて動揺するケリンにエレスは声をかける。
「ケリン!集中して!ウェッテン君の分まで、勝つわよ!」
「う、うん。うん!」
状況は悪い。
ロックケーツに対してカナコ=フジガサキがとどめを刺そうと立ち向かう。
ルウは数的不利な状況でも予定通りなんとか前衛を引きつけている。
後衛が自由になった以上、このままではルウも倒されてしまう。
エレスは状況を整理した上で決断する。
「ケリン、私たちで後衛を叩くわ。右から回り込むわよ!」
仲間が耐えている間に後衛を倒す。
最初から、長期戦となれば敗北は濃厚だと判断していたからだ。
相手の後衛と自分たち2人の実力を比較するとやや劣ると思っていた。
だが、やるしかない。
そうエレスは判断した。
エレスとケリンは全力で走り出す。
途中、行きがけの駄賃とばかりにルウの相手に牽制を放つ。
放たれた石弾はキョウヘイ=ショウブに向けられた。
「キョン、危ない!ぐあっ!!」
奥側でそれに早くから気がついていたトラヒコ=アサヒナがキョウヘイ=ショウブを庇う。
ドンと盾で押したことで石弾はトラヒコ=アサヒナの右肩に被弾し、剣を落とす。
「とらっち!?」
助けられた形となったキョウヘイ=ショウブは憤慨して仕返しをしようとするが、ルウがそれを阻む。
舌打ちをして負傷したトラヒコ=アサヒナの前に立ち、それに応戦する。
ここでの攻防は実力に優るルウが優勢となった。
「桜花、ここは任せて寅彦の治癒をお願い」
「ちーちゃんは大丈夫?」
「心配いらないわ。けど、そうね。京平にあれお願いって伝えて」
「わかった。じゃ、行ってくるね」
それを見届けたチヅル=シラスカは距離を詰めてきたエレスとケリンに氷の礫を放つ。
質よりも量を選んだ範囲攻撃だ。
これを見てエレスは土壁を瞬時に作って防ぐ。
それを氷塊で粉砕するが、すかさず左右から出てきてさらに前進する。
エレスの方が脅威だと思ったチヅル=シラスカはケリンを放っておいて、エレスだけに攻撃を集中した。
威力、魔法の速さは向こうが上。
発動速度と精密さ、バリエーションは自分が上だと考えたエレスは、相手の魔法に自分の魔法を当てて逸らしながら足を進める。
その力量に観客から大きな歓声が上がる。
中距離の風魔法を得意とするケリンが負けじと横凪に上下二本の風刃を放つ。
速度にも優れたそれを回避不可と見たチヅル=シラスカは氷壁を作り出した。
風刃は氷壁を削るに止どまる。
だが、相手からの攻撃が止まり、チャンスとばかりに距離を詰めようとした。
「ケリン!!」
ルウが突如叫んだ。
「かはっ!!」
ケリンの脇腹に黒球が直撃。
息ができないほどの激痛にケリンが倒れた。
それはキョウヘイ=ショウブによる牽制球。
素早く慣れた動きで背後に投擲したそれを、まるで予期していなかったルウに防ぐ術はなかった。
ケリンは苦しみの声を上げて蹲る。
「これで3対4。いえ、どうやら2対5になったようね」
氷壁が瓦解し、チヅル=シラスカがエレスに告げる。
状況は最悪だった。
足をやられたのか、立ち上がることができなくなったロックケーツとそれに見切りをつけてルウを包囲するカナコ=フジガサキ。
トラヒコ=アサヒナは治癒魔法によって回復しており、ルウは3人に囲まれてしまっていた。
治癒を終えたオウカ=サカノウエはチヅル=シラスカの元へと馳せ参じてエレスと対峙する。
エレスの頬を汗が伝う。
3方向から責め立てられるルウはいつ倒されてもおかしくない。
「まだ戦うつもり?」
その勧告にエレスは数瞬悩んだが、はっきりと答える。
(ルウ、ごめんなさい。トキ君、我が儘だけど許してね)
「例え負けが見えていても、仲間がやられておいて無傷で負けを認めるわけにはいかないわ」
「……わかったわ。桜花、サポートをお願い」
「う、うん」
(私は生徒会長。そしてケルスト家の人間。無駄なことだと言われてもいい。それでも私は諦める姿を見せるわけにはいかない)
エルスの瞳には強い決意が現れていた。
手数も上回る相手にエレスは防御を強いられる。
間もなくルウも敗北し、5人を相手取ることになってもエレスは粘りに粘った。
土弾で魔法を逸らし、水矢で牽制し、風で相手の態勢を崩す。
自分のできることを全て出し切って戦い続けるエレスの姿に、カルティアの生徒を始め、全ての観客が胸を打たれた。
やがて、魔力も体力も底を尽き、膝をついて倒れ、気を失ったエレス。
とうとうアリジニステンはその手でとどめを刺すことはできなかった。
審判がアリジニステンAチームの勝利を告げると、勝者ではなく、敗者に対しての大歓声が鳴り響いた。
それを見ていたトキもエレスの健闘に拍手を送る。
(イリアといい、エレスといい、カッコイイ婚約者ばっかだな。エレス……お疲れ様)
生徒会長としても、婚約者としても、彼女を誇らしく思うトキだった。




